第六話 暗殺

 フールーダ邸についたジルクニフとペロロンチーノは、第二王妃の到着前に準備を進めていた。もっとも二人のする準備は身ぎれいにし、相応の衣装を身にまとうぐらいだ。他は家の者たちが準備をほぼ終わらせていた。


 二人は晩餐室に案内されると、先客がいた。



「げっ」

「爺か。珍しいではないか」



 この館の主であるフールーダが珍しく晩餐室にいたのだ。


 フールーダは白いひげを撫でつけながら、にわかに殺気をたたえた目でペロロンチーノを見る。



「たまには顔を出すのも家主の務めであるからな。それよりペロ。おぬしは明日特訓じゃぞ。どこまでできるようになったか、じきじきに見て進ぜよう。そろそろ第六位階に取得したか?」

「あ~。いける感覚はあるんだがまだだ」



 ペロロンチーノ的には第六位階でほしい魔法は二つ 転移テレポーテーション、そして大治癒ヒールだけだ。実際は転移テレポーテーションはすでに習得しているが、まだ習得していないことにしている。そしてそれ以外を習得する気がないのは、無駄な魔法を覚える理由がないからだ。


 かつての親友のビルドのように無制限とはいえないが、尋常じゃない数の魔法を覚えるというロマンを感じなかったわけではない。しかし最強の人間種アーチャービルドをめざしている以上、取得できる魔法の数はおのずと制限される。なら習得する魔法は厳選しなくてはならない。


 もし、第六位階を習得したことがこのフールーダにバレると、それこそ今まで以上に拘束されるかもしれない。いた、絶対に魔道研究に付き合わされることだろう。


 うん。音楽性の違いなのだ。あきらめてほしい。


 そんなだほら話をしているが、第二王妃様は一向に到着しない。


 普段であれば時間前に到着し、時間通りに晩餐会が開催となるはずなのにだ。


 ペロロンチーノは外を見れば、雲で夜空は隠れ、いまにも雨が降り出しそうな風が吹いている。


 なにか嫌な予感がする。


 これは虫の知らせか? それともただの勘違いだろうか。


 ペロロンチーノがジルクニフの顔を見れば、同じ結論に達したのだろう。



「ジル」

「ペロ。考えすぎなら良い。行ってくれるか?」



 ペロロンチーノはフールーダの方に視線を送る。



「おぬし一人がおらずともジルの身を守ることなど造作もない」



 ふっと鼻で笑うようにフールーダが答える。すくなくとも人類国家で、この爺に正面切って戦いを挑むような愚かものはいないだろう。いたとしても、この屋敷はフールーダの魔道工房でもあり、防御陣でもあるのだ。



「母上をたのむ」

「いってくる」



 ペロロンチーノはジルクニフのめったに見ない表情と言葉を胸に、動き出すのだった。




***




 悠長に準備をする時間はなかった。


 剣と矢筒を腰ベルトに固定し、左右の腕には手首のスナップで銅貨が出てくる暗器。そしてメインの弓をつかむ。


 部屋に三十秒もかからず最低限の武装を整えたペロロンチーノはフライの魔法を唱え、窓から飛び出す。


 帝城からフールーダ邸までのルートはいくつかあるが、警備を考えれば三つ程度。帝城方面に飛びながら暗視のスキルと鷹の目のスキルを駆使し、第二王妃様が乗った馬車を探す。


 気が付けば雨が降りだし、勢いを増していく。



「こんな時に」



 馬車は見当たらない。何かありルートを変えたことを想定し、馬車が通れそうなルートをかたっぱしから探す。



「あれか」



 本来であればありえないほど、遠回りした場所に横転した馬車と思わしきものを見つけた。なにより、周りに武装した者たちが取り囲んでいるのだ。



 「転移テレポーテーション



 ペロロンチーノは、悠長にフライで飛んで移動しては間に合わないと判断し、視線をトリガーに転移テレポーテーションを使う。


 転移先は、横転した馬車の真上。すでにフライの効果は切れ、重力に引かれ自由落下がの中、状況を把握する。

 


――武技;剛撃

――スキル;レインアロー



 ペロロンチーノは問答無用で矢を放つ。


 放たれた矢は、二つ、四つ、八つ瞬く間に増え、雨のように馬車を囲むものたちに降り注ぐ。アーチャーレベル十で覚えた一日に五回しか使えない面制圧のスキルである。そこにこの世界特有ともいえる、ダメージを上乗せする武技まで乗せたのだ。取り囲んでいた者たちは、例外なく撃ち抜かれていた。


 地に着く瞬間にフライを発動し、着地の衝撃を消し飛ばす。


 見回せば、敵と思しき者たちの他に、馬車を守るように戦ったであろ者たちが血濡れで倒れ伏していた。いや。確認をするまでもなく、皆息絶えている。



「王妃様ご無事ですか!」



 ペロロンチーノはあえて声をあげながら、横転した馬車の扉に手をかける。よほどの衝撃で横転したのだろう。扉はひっしゃげており簡単には開かなかったが、力ずくでこじ開ける。


 そこには。



――……


 そこには血まみれの第二王妃アーデルハイドの姿があった。



「王妃様!!」


 ペロロンチーノは横転した馬車の底に横たわるアーデルハイドの傍らに降り立つ。横転の際、頭を打ったのだろう頭部から血をながしている。しかしひどいのは下半身だ。普通に考えればありえないことだが、取り付けられていた座席が壊れ、押しつぶしていたのだ。それこそワザと崩れやすくし、さらに中には修理備品という名の重量物がはいっていたとしか思えない状況だった。



「王妃様」

「あっ」



 ペロロンチーノの声で、意識を取り戻したのだろう、か細い声でアーデルハイドが答える。



「いま応急処置をして人を呼びます」

「そこにいるのはペロね」



 まるで見えていないような反応をするアーデルハイド。


 ペロロンチーノは急ぎ応急処理をと、馬車に取り付けられていたカーテンをナイフで裂き、手早くアーデルハイドの頭に巻き止血をする。しかし



「もう無理だから」

「そんなことございません。いまお助けします」

「これでも武門の女。どんな状態かわかっています」



 そう。下半身はすでに……。


 そんな状態でなおアーデルハイドは、苦しいといわず言葉を紡いでいるのだ。



「ペロ。ジルに伝えておくれ」



 ペロロンチーノはアーデルハイドの手を握り、その言葉を一語一句記憶するのだった

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