第七話 鮮血帝

 ペロロンチーノがフールーダ邸に戻った時、その腕には帝国旗にくるまれた女性の姿があった。


 もちろんその姿を見て、ジルクニフは何がおこったか十全に理解した。しかしできたことは涙を流すことでも、叫ぶことでもなく、ただ静かにこぶしを血が滲むまで握りしめることだけだった。


 ペロロンチーノはフールーダに話をし、客間のベットに第二王妃アーデルハイドの亡骸を横たえると、家のモノたちに清めるよう依頼した。


 最低限、整えるべきことが終わり、ペロロンチーノはジルクニフが待つ執務室に剣を持って向かう。


 そこにはジルクニフとフールーダが無言でたたずんでいた。


 待っていた。というものではないだろう。すでにジルクニフは状況を把握し、フールーダは意見を求められていない。だからふたりは無言でたたずんでいたのだ。


 ペロロンチーノはそんな状況の部屋に入ると、腰の剣を外すとジルクニフの前に置き、膝をつき首を垂れる。



「第二王妃様をお助けすることができませんでした」

「お前のせいではない」



 ジルクニフは静かに宣言する。



「いや。俺のせいだ。俺が変なこだわりをして治癒魔法をおろそかにしなければ。せめて、最低限のポーションなり持っていけば……」



 ペロロンチーノの言葉にジルクニフはため息をする。


 世間の一般常識であれば、魔法の習得は簡単ではない。たとえヒール系の魔法の習得を目標としたとする。それを目標に学び、修行して、多数の時間を研鑽に費やしやっと習得できる。下手すると勉強しても自分では確認できないスキルレベルが到達しておらず取得条件を満たせない。そんな可能性さえあるのだ。


 対してペロロンチーノは違う。転生したからなのか理由はわからないが自分のステータスというものを理解できているのだ。ゆえに効率的に学習し、イメージ通り経験値がたまるのだ。つまり、所有スキル的にもヒールを取得する下地はあったが、ビルド構成で下位のヒールはとらず、目標の第六位階になっても転移を優先したのだった。



「お前が取得する魔法やスキルを選んでできることなど、とうに把握している。むろん爺もな」

「えっ」



 ジルクニフの言葉にペロロンチーノは面を上げて聞き返してしまう。



「私はお前を知っている。おまえは最善を尽くしたこともだ。それで責任を問うなら命じた私にだ。それにな……」



 ペロロンチーノはジルクニフの濃紫の瞳を見る。そこに揺らぎはなく、もし何も知らないものがみれば、母親の死を悲しまない情のない男というだろうか。

だが……ペロロンチーノは知っている。



「両親の死に加えて、親友の死など見せてくれるな」



 ペロロンチーノは立ち上がる。



「母上がこうなった以上、フールーダに裏を取らせたが父上もであろう。ほぼ間違いない。朝までに動かせる騎士団を動かす。夜明けとともに帝城を含む重要拠点を抑える」



 ジルクニフは取り出した一枚の地図にいくつかの情報が書き込まれる。



「ペロ。あの時の約束。今こそ実現するぞ」



 ペロロンチーノは静かに頷くのであった。




***




 翌朝、日の出とともに500の騎士が隊列を組んで帝城に向かう。


 朝の早い帝国民は、その異様な光景に何が起こるのかと固唾をのんで見つめることしかできなかった。また、その光景は帝国議会。帝国情報局。そして帝都の出入り口たる四方門すべてが騎士団によって封鎖された。


 もちろん各所で小競り合いや混乱は起きていた。


 しかしもっとも大きな問題が起こるであろう帝城では、事情が違っていた。



「ジルクニフ・ルーン・エル=ニクスの帰還である。門を開けよ」



 先頭に立つ皇太子にそう宣言されれば、帝城の門番も否ということはできず迎え入れるしかなかった。


 そしてジルクニフが城門に入ろうとした時、付き従うペロロンチーノは馬上で素早く弓を構え、三本放つ。


 まるで打合せ通りといわんばかりに、弓を持った三人が落ちてくる。実際は純然たる弓の早打ちの技術で三人の狙撃者を射殺し、第一位階の風魔法でこちらに落ちるように押しただけなのだが、あまりに早すぎて何がおこったのかは、狙撃者が落ちてきてはじめて、ほとんどのモノは把握することとなった。


 ジルクニフは、そんな状況でも気にせず進み、城の前で馬から降りる。付き従う半分は帝城の入り口を封鎖し、残りはジルクニフに付き従う。


 もちろんジルクニフの歩みを止めようとするものもいた。



「たとえ皇太子様といえども、どのような権限でこのようなことをされるのですか!」



 ある近衛兵は叫ぶ。



「帝国の権威を、なんとお考えになりますか!」



 ある法衣貴族が叫ぶ。



「帝国の権威か……。実力あっての権威であって、権威あっての実力ではない。ゆえに皇帝は私に騎士団の指揮権を与えたのだ」



 しかしジルクニフは歩みを止めることはなかった。むしろ力づくで止めようとする愚か者は、例外なくペロロンチーノによって排除された。


 その中、一人のメイドがジルクニフの前に跪く。



「ターニャか。首尾は?」

「寝室にございます」



 ジルクニフは頷くとそのまま後宮に入り、王の寝室の扉をあける。


 そこには、静かに眠る皇帝の姿があった。



「大方朝起こしに来たものを第一発見者とするつもりだったのだろう。最後にこの部屋から出たのは?」

「夜番の者に確認したところ皇后様とのことです」



 ジルクニフはベットに歩み寄り皇帝の状態を確認する。そして静かに膝まづく。


 わずかな時間。祈りの時間であったのだろうか。



「ペロ。確認を」



 もちろん医者でもないペロロンチーノだが、人の生き死にぐらい確認できる。喉の静脈、ライトの魔法を併用した瞳孔の確認。


 そして小さく首を振る。



「これより、亡き皇帝への弔いである。全貴族を集めよ。応じぬものは背信ありとして拘束せよ。これはジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス最初の勅である」



 その日、多くの貴族・関係者が拘束された。反乱を起こそうにも、夕方には第二騎士団。翌日には第三騎士団が帝城および帝都に到着し、治安維持と反乱をとらえてまわったのだ。


 その一週間後。



――帝国貴族の三分の一が処刑された。表向きは事故や病死と記録されているが……



 その中には、前皇后の一族も含まれていた。

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