第五話 積み上げるモノ

 ペロロンチーノが皇太子ジルクニフの手を取ってから二年の月日が流れた。


 学校では勉学もだが、コネクション作り。屋敷ではフールーダによる教育が行われた。そして最近になって軍権の一部を皇帝より移譲されたジルクニフの指示による軍務も行われるようになった。


 あと最近、ペロロンチーノは護衛だけでなく密偵というかアサシンのような仕事もするようになった。もりとん正体がバレないようにではあるのだが。


 ビルド的に、アーチャースキルとスカウトスキルのシナジーは高いのでペロロンニーの的には問題ない。レンジャー系に進むか、スカウト系に進むかの選択の結果であり、どちらが強いということはなく、条件が違うというだけなのだ。


 そんなある日。


 ペロロンチーノはジルクニフの護衛として、ジルクニフの公務に随伴していた。


 帝国内の治安改善を目的とした、普段の警邏活動では対応できない規模のモンスターや賊の対処だ。そしてその国内の軍事行動は皇太子の名の下で実施された。



「諸君らの働きのおかげで、帝国はまた一歩平和に近づくことができた。諸君らの功績は皇太子ジルクニフ・ルーン・エル=ニクスの名の元、報いよう」



 作戦に参加した騎士たちを前にジルクニフの演説は続く。この後、論功行賞があり、上位者には直接感状と金一封などが渡される。また隊長級以上にも同様の感状などが渡される。


 この感状というのが曲者だ。貴族・騎士が受け取れば、それはその家の格を補強するものである。もし一般人兵が受け取った場合、騎士への取り立てや再就職などの指標になる。



「ほんとジルは豆だよな。上位者だけでなく、功績をあげた一般兵の名前までしっかり憶えて、本人の前で一人一人労をねぎらうんだから」

「声をかけられた方は、一生の思い出。下手すれば一生の臣下になることでしょう」



 ペロロンチーノの言葉に、同じ護衛騎士であるアルベールが同意する。


 ジルがこの手の式典にでると、基本長い。それは二人の言葉の通り、功績が高いもの一人一人に声をかけるからだ。なにより、ジルの頭脳では一度覚えた顔と名前は忘れない。他の作戦で功績をあげ、再度同じ場に立った場合、しっかりとその件も含めて賞賛の言葉を贈るのだ。


 そんなことをされた騎士の心境はいかに。


 下手すれば貴族に顎で使われることさえあるのに、皇太子は名前まで憶えて報いてくれたのだ。


 そりゃあ人望が違うわ。


 実際、帝城の守備に専念する近衛以外の騎士団には多くの皇太子シンパがいる。いや、一部は、学院の縁で近衛にも増えている。それらは今後、ジルクニフの政治においてきっと味方になってくれることだろう。そしてそれを想定して軍権の一部を移譲した皇帝の戦略に恐れ入る二人であった。




***




 式典からの帰り、ジルクニフとペロロンチーノ馬車にのり帰路についていた。



「変わったな」



 ペロロンチーノは警戒がてら馬車からの帝都の町を見ていた。



「何がだ?」

「帝都の活気」


 ペロロンチーノはジルクニフの質問に簡単に答える。もともと帝都は多くの人口を抱え、活気はあった。さが、ここ数年確実に流通が改善し、人の流入がさらに増えている。もちろん人が集まりそれを支える食料基盤、治安、仕事、それらが順次改善。



「まだまだこれからこの国は良くなる」

「ああ」

「それで、二週間どうだった?」

「悪い意味で想像以上だった」



 ペロロンチーノは目を閉じ、直前の任務を思い出す。



「エ・ランテル経由で王都に入った。表向きは行商という立場でな」



 ペロロンチーノは、二週間という期間限定であったが、王国に潜入していたのだ。



「そこまで腐っていたか」

「住んでる国民は悪くない。個々の人間も悪いわけじゃない。しかし街道は低級のモンスターがいるどころか、食うに困り賊に落ちたものもみたよ。見かねて四回も戦うことになるとはおもわなかった」



 戦った賊は、死の間際に懺悔をするものもいた。理不尽を嘆くものもいた。もちろんペロロンチーノの責任など一端もない。だが、死にゆく姿は前世でみた下層で生きるモノたちと同じにみえた。



「都市を守る兵士の質も低い。うちの領なら、一兵卒から叩き直しになるレベルだ。なにより武器を含めた装備の質は最悪だ。あれは流通している数打ちの質も低いから、職人の数が少ない上、既得権になって職人人口も増えてないな」



 エ・ランテルや王都で見聞きした流通の話になる。人の絶対数こそ王国の方が多いようだが、そのほとんどが生かされていない。多くは開拓町のような場所で、一次産業に従事しているようだが、それは死と隣り合わせといってよいレベルだ。なぜなら、移動中見つけた小さな町はろくな防壁もなく各家がつくった柵程度しかないのだ。これでは、モンスターや、賊に襲われればひとたまりもなかろう。なにより、騎士団などの討伐など年に1度もないらしい。



「王都はどうであった?」

「行く先々で袖の下を要求されるわ、一本裏を見れば八本指の関連とおもわしき店が堂々とあるわ。そのくせ貴族は防諜のぼの字もない」

「ってことは、どこかに忍び込んだか?」

「まあね」



 王都にいけば少しはましになるかと思えはひどくなった。


 各所で袖の下を要求されへきへきしながら、商品を卸し、仕入れるという体裁で、各所に接触を図った。だが、見かけばかり派手で価値のありそうなものばかり売れ、真の意味で価値のあるものは、むしろ裏社会のモノが買い付けていった。

また王宮と貴族の館に、どの程度の防諜レベルかの確認を依頼されていたので、忍び込んでみれば、ほぼ防御なし。そして出るは出るは汚職やら交渉材料になりそうな情報の数々。



「で、あまりのレベルの低さに年端もいかぬ娘をさらってきたと?」

「まあ……タイミングがな」



 ペロロンチーノが最後に潜入した貴族の館で、その貴族が麻薬や他の領の村民を拉致して奴隷としたてあげているというネタを見つけたのだ。それだけなら、ペロロンチーノは情報だけ抜いてそのまま立ち去っていただろう。目の前で美少女が……まあ、エッチィことだけなら無視したのだが、さすがに嗜虐という単語がふさわしい状況だったので手が動いてしまった。



「面倒はみろよ」

「いや十三才の娘さんだから面倒はみるよ?」

「それでいい。お前の相手は俺が後々見繕ってやる」

「貧乳合法ロリでお願いします」



 つい本音がでたペロロンチーノだが、ジルクニフも動じず考えておこうとだけ言い、あっさり流してしまう。



「しかし、聞きしに勝る腐敗ぶりだな。王国は」

「帝国の貴族もむごいのは結構いるが、あそこまではひどくないとおもうぜ」

「じゃあ、結論を聞こうか」

「もし、帝国でなにかあっても二カ月は何もできない。最悪、ヘッケル領と六軍がいれば、一年はもたせられる。もちろん、それ相応の準備を今からすればという前提付きだが」



 ペロロンチーノの言葉に、ジルクニフは目を閉じ思惑をめぐらす。その姿を見ながらペロロンチーノは嫌そうな顔をしながら言葉を紡ぐ。



「なにかありそうか?」

「ある」

「回避はできないか?」

「これは最高機密だが、皇帝の病はすでにな」

「年始の謁見の時、元気そうだったんだが」

「そう見せてるだけにすぎん。それに近衛以外の軍権を私に与える理由がない」



 現皇帝にして父親の死期を前に、ジルクニフはさらりと答える。



「皇帝の病を治すには、三十年ほど前に王国領内で一度だけみつかった薬草が必要といわれている。薬も薬草も現物もなく、あやふやな記録のみ。一応探させてはいるが、可能性は低かろう」

「なおの事、帝城にもどって顔を出すなり一緒にくらしたほうが」

「人並の幸せを望むなら皇帝にはならぬよ。父上も私もな。」 



 ジルクニフは当然のことのようにつぶやくと、馬車の外の流れる景色に目をやる。


 ペロロンチーノからすれば、そんな形で帝国を息子に継がせる皇帝も、すでに覚悟を完了している皇太子も、ひどくいびつな生き方に思えてならなかった。



「そんな顔をするな。今日は母上との半年に一度の夕食だ」

「第二王妃様はどうも…俺の年齢をお前と同じとおもってないようなんだが?」

「あれは母上なりの親族への愛情だろう」

 


 ジルクニフは小さく笑いながら答える。


 第二王妃様は、ペロロンチーノにとっては父親の姉に当たる。どうもペロロンチーノが父親の子供の頃にそっくりらしく、ご尊顔を拝見するようになると、どうも子供というか弟をかわいがるような雰囲気や行動があるのだ。


 叔母という血縁ではあるが、王妃という立場の違い。親友の母親。なかなか難しいものだとペロロンチーノはやれやれという仕草をして、次の話題にはいっていくのであった。


 こんな日々が続けばいいと思いながら。

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