四日目

 朝十時、目が覚める。

一段と冷え込む朝に、二度寝をしようかと布団にくるまる。このまま眠れそうな気がするが、ゆっくりと起き上がり、布団から出た。

お腹がすいたのだ。お腹がすいたと感じるのは、いつぶりだろうか。そういえば最近、何か食べていたのだろうか。思いだすことができない。

 部屋を出て、台所に辿り着いて、給湯器のスイッチを入れた。温かいお湯で顔を洗う。やはり、今日は寒いのだ。もう雪が降ってもおかしくないくらいの季節になってきたのだ。私はリビングにある暖房の電源を入れて台所に戻り、インスタントの味噌汁にお湯を入れた。インスタントの白飯をレンジで温めてできあがったら机に並べる。椅子を引いてゆっくりと座った。

設定温度が高いおかげか、すぐに部屋は暖かくなった。

「いただきます」

私はインスタントの味噌汁を口にした。甘くて塩っぽい。インスタントの味噌汁はこんな味がしたんだと思いだしながら白飯を食べる。温かくて美味しい。

こんなにおいしいご飯はいつぶりだろうか。ゆったりとした時間、ご飯を美味しいと思える時間、心が満たされる時間……

私はいつから、この幸せを忘れてしまっていたのだろうか。美味しいご飯を食べながら、自然と涙がこぼれてきたのだ。味噌汁にポタポタと入ってしまい、さらに塩っぽくなってしまったようだ。

「……ふふっ」

思わず笑ってしまった。結婚してから、こんなに心が温まることがあっただろうか。どこで間違えてしまったのだろうか。疑問が絶えず私の頭の中を過るのだ。

「でも……今日で終わり」

そうつぶやくと、私は残りの朝ごはんを黙々と食べるのだった。


昼十一時、寝室の箪笥から、いつのかわからないが化粧品を出した。結婚したら化粧は不要と、姑に言われて旦那にも文句を言われてここに封印していたのだ。

化粧品にも寿命がある。新品を開けてしまえば、中古になる。開けたら早く使わねば、徐々に劣化して肌につけて良いものではなくなってしまう。

新品なら大丈夫というわけではない。何にでも寿命はある。時間は有限なのだ。徐々にむしばまれて、気づけば駄目になってしまうのだ。

私は古くなった化粧品をゴミ箱に入れた。不要なものは捨てなければならない。その足で姑の部屋に行った。化粧台にたくさんの化粧品が散らばっている。化粧台の三段目を開き、新品の化粧品を手に取った。姑は人に会うときは必ず化粧をして出かけるのだ。だが、もう人に会うことはないから不要なものだろう。

化粧台の前に座り、鏡を見る。いつから自分の顔をまじまじと見ることをやめたのだろうか。しわが増え、目の下のくまは自分の目より大きく見える。唇は皮がむけてボロボロで、やせ細って生気が感じられない顔が映ってた。

新品の真っ赤なリップを開けて、口元に塗る。久しぶりで上手く塗ることができないが、何度も重ね塗る。

一瞬にして口元が華やかになった。私は口角を上げてニッと笑った。

そして、アイブロウ、アイライナー、ファンデーションを次々に開けて顔全体に塗りたくった。

完成した顔は全然知らない人の顔だった。鏡越しに私に対してにこりと笑っているのだ。皺も目の下の隈もない、まっさらの陶器のような綺麗な肌だ。口元は真っ赤でとても健康的で、若々し見える。

「……まだ……まだ足りない」

私はそう呟き、姑のクローゼットをあさり始めた。


どうして手に入らないものにすがったのだろう。


どうして不要なものを捨てることができなかったのだろう。


どうしていらないものを大切にしていたのだろう。


今までの私が集めていたものすべて。

そう、すべてを捨てたら解放されると思っていた。だが、満たされないのだ。どんどん貪欲どんよくになっていっている気がする。

次は何がしたい、あれが欲しい。

要求がどんどんあふれ出てくるのだ。


そこでふと、気づいたのだ。

それが、普通の人間の感覚だったということに。


?時、私は誰よりも幸せな顔で外に出た。

行きたい場所、好きなところ、どこにでも行けるのだ。

私はもう自由なのだ。これからは好きなことをしていこう。

そう、時間はまだまだあるのだから――

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時間 紗音。 @Shaon_Saboh

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