第36話 [不穏な気配]

「さて、と。とりあえず朝ごはんと弁当の用意をするか。稽古とかは……日曜日でいいか?」

「わかりました。明日はあのしずねさん? っていう人と買い物に行くんですよね!」

「そういうことだ」


 ……と、言ってもなぁ。明日着てく服とかどうしようかな。一応女子と買い物行くんだし、恥ずかしくない格好をして行きたい。

 けど服に興味を持ったことなかったから、あまり持ってないんだよなぁ……。


「とりあえず下に行くか」

「はい」


 下の階に降りて、俺は朝ごはんと弁当の用意をした。その際、唯花も手伝ってくれたので大分時間が余った。

 コーヒーでも飲みながらゆったりとし、時間になったら登校し始めた。唯花と並んで歩いているのだが、ヒソヒソと周りから話し声が聞こえてくる。


「あらぁ〜兄妹かしら」

「カップルかもしれませんよ?」

「ん? でもあれって男物の制服……」

「最近は女子でも男の子の服着れるんだぜ?」

「美男子と美少女……眩しいっ!」

「ありゃ敵わねぇや」


 まあ、周りの人が唯花のことを女だと勘違いするのはわからないでもない。

 女々しい顔してるし、身長も低いからなぁ。


「勘違いされてるな」

「ん? 師匠どうかしました?」

「いや、周りからお前が女だと思われてる」

「えぇ!?」


 唯花は雷に打たれたかのような顔をしていた。ショックを受けているみたいだ。


「確かにお母さんとかから『可愛い可愛い』言われ続けていましたが……僕は嫌です! 正真正銘の男ですよ!!」

「わかってる。でも別に問題ないだろ?」

「そうですけど、僕のプライドが許しません! なんならここでズボンとパンツを脱いでもいいんですよ!?」

「やめろ。警察を呼ばれ……いや、変態が寄ってくるから」


 そんなことを話しながら歩き、電車を乗って学園に到着。金曜日ということもあって、みんななんだか嬉しそうだった。

 朔もそのうちの一人だ。


「へいへ〜い! 今日は金曜日、明日は土曜日! さぁいこうだぜェ〜〜!」

「はいはい、そうだな」

「乗り悪ぃな。……というか、唯花はんと一緒に登校? 偶然そこであったのか?」

「いんや、昨日俺の家に泊まったからな」


 俺がそう発言すると、クラスが一瞬で静寂に包まれた。


「なっ……んなバカな……ッ!」

「すでに昨夜、一線を越えていただとォ!?」

「我らの天使が堕天したのか……」

「いや、我らのイケメンが失われたのか!?」

「グハッ……」


 デジャヴを感じるこのクラスメイトたちのヒソヒソ感。もはや定番になってきている気がする。


「モ〜ガミんっ、おっはよ〜う!」

「ソフィ、おはよ――ってどこに連れてくんだ!」

「待ってくださいよ〜!」


 手と尻尾をフリフリしながら挨拶してきたソフィ。そして流れるように腕を掴まれ、廊下まで連行された。

 唯花も俺たちの背中を追ってついてきた。


「モガミん、明日シズと買い物行くらしいけど、ちなみにどこに行くの?」

「近くにある大きなショッピングモールに行く予定だけど」


 眉間にしわを寄せ、指を口に当てて何か考えている様子だった。そして、真剣な眼差しを俺に向けてくる。


「実は、そのあたりから〝嫌な気配〟がするんだよね……。モガミんなら大丈夫だと思うけど、一応気をつけておいてね」

「わかった」


 『嫌な気配』か。神獣の中でも最も警戒心が強い氷神獣フェンリルが言うことだから本当のことなんだろう。

 大して問題はないとは思うが、バレないようにしなければならないな……。


「師匠のピンチなら僕も行きます!」

「いや、多分一人でも増えたら静音が怒るだろうからダメだ」

「むぅー……」


 そんなこんなで、コソコソと三人で話していると、後ろから気配がした。


「――今度は三人で内緒話……?」

「わっ、静音!?」


 アホ毛はギザギザだが、いつもよりはマシな方かもしれない。

 しかし、ここで失言でもしたらまた怒るな……気をつけて発言するか。


「いや、明日の買い物のことでちょっとアドバイスをもらっていてだな。明日が楽しみでな!」


 怒らせる要素は無しなはず。


「むふん、そーだったんだ」


 ルンルンという音楽が聞こえてきそうなほどアホ毛はピョンピョン跳ねていた。

 そして踵を返して歩き始めた。


「明日は絶対来ること。ね」

「わかってるよ」


 楽しそうで何よりだ。

 そう思いながら、俺たちも教室に戻った。


 ――だが、この時もっと危険視するべきだった。ソフィが言っていた『嫌な気配』のことを。

 早めに対処しておけば、は起こらなかったというのに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る