第35話 [本物へ]
「……という感じで出会って、師匠にしたいな……と思ったんです」
唯花から聞いたのはだいぶ端折られいたが、きちんと理解した。
父と母が殺され、殺した男が裏のやばい集団の仲間。そしてそれに対抗すべく、強くなった自分より強い奴を見つけてさらに強くなりたい……という感じか。
「理解した。が……傷は……深かったみたいだな」
「あ、れ……? もう、割り切ったはずなのに……なんでまた……」
唯花の目からは涙が流れていた。
心の芯から傷ついた思い出っていうものは、人間である以上は消えないんだよな。
「僕はもっと強くならなきゃいけない……だから……泣くなんて……」
「はぁ、全く……」
俺は溜息を吐き、何も言わずに唯花の頭を撫で始めた。
唯花の母親が最後に言いたかったことは、自分の実親を一度も見たことない俺でもわかっている。
唯花は苦しい過去を振り返りたくなかったから母親の言葉がわからなかったのだろう。
親が子を愛しているのならば、絶対に出てくる言葉だ。
それは――
「『ありがとう』……じゃないのか、お前の母親が最後に言いたかったのは」
「あ……あぁ……」
唯花の話の中で聞いたように、線がない蛇口のように涙が溢れ始めていた。
その涙からは悲しみは無かった。あるとするのならば、〝安堵〟と〝幸福〟だろうか……。
唯花は強かった。けれど、まだ弱かった。
声を上げて泣くことはなかったけれど、俺の手を掴んで頬ずりしながら、泣き疲れて眠った。
「…………」
俺も数分考え事をした後、睡魔に襲われて眠りについく。
そして今日は普段は全く見ない夢を見た……というか、見せられた。
その夢の中は桜が咲き乱れる桃色の世界。風が強く、桜が舞い散っていた。
そして、奥には唯花と、その両親であろう女性と男性がいた。
三人は嬉しそうに抱き合い、笑顔で泣いている。
俺が遠くから見つめていると、唯咲以外の二人がこちらを向き、一礼してきた。
次の瞬間、強い風が吹き、あたりを埋め尽くすほどの桜の花びらが舞い落ちてくる。
その桜吹雪で俺は目を覚ました。
「お母さん……お父さん……」
目が覚めると、時刻は五時ぐらいだった。
唯花は俺の手をギュッと握りながら、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「……手が痺れた」
俺はもう片方の手で唯花の頰をペチペチと優しく叩いた。
「おい、起きろ。いつまでも幸福に浸っているつもりだ?」
「んぁ……おかあ……じゃなくて師匠……?」
「ああ、そうだ。弟子なんだから、俺より早く起きる努力しろよ? じゃないと破門だ」
「え……し、師匠……?」
唯咲は目をまん丸にして驚いた様子だった。
「どうした、早起きできないのか? だったら弟子失格にしてやろうか?」
「師匠!!」
唯咲は俺の腰あたりに抱きついてきた。
「師匠ありがとうございます! 僕、師匠みたいに強くなります!!」
「ま、できる限り師匠として頑張るけれど……最強の座は俺のものだ。覚えておけ」
「はいっ!!」
こうして、俺たちは本物の師弟関係となった。
……もちろん悩んだ。
だが、あんな思い出話を聞かされたら断れないじゃないか。
全く、自分性格が嫌になってくる……。そんな性格になったのはおそらく……いや絶対、俺の師匠兼育ての親のせいだな。
俺も……また師匠として腹を括り、頑張るしかないな。もう失敗はしない。
遠い過去に死んだ愛弟子と同じ道は絶対に歩ませてはならない……。
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