第34話 [唯花の過去②]

 おじいちゃんが僕の間に割り込むと、男はたじろいで逃げ出そうとしていた。

 けれど、おじいちゃんは逃がすつもりなんてさらさらなかった。


「桜仙式……【桜吹雪】!」

「ガハッ……!!」


 男はおじいちゃんの刀術で吹き飛び、ガクッと意識を失って白目を向いていた。随分と呆気なくやられていた。


「――ケホッ……」

「お母さん!!」


 もう死んでしまったと思っていたお母さんが、血を吐きながらも咳こんていたのだ。


「お母さん、お母さん!!」


 僕はすぐさまお母さんに駆けつけた。


「待っててお母さん! 今救急車を――」

「大丈夫よ……唯咲……。もう……間に合わないから……」


 僕は救急車を呼ぼうとし、ヨロヨロの足で歩こうとしていたが、お母さんは僕の足を掴んでそう言ってきた。


「そんな……そんなこと言わないでよ……! じゃあおじいちゃん! 仙式ってやつで治せないの!?」

「……すまん、唯花。儂でもわかる……いや、わかってしまったのじゃ……。すまん……本当にすまん……!!」


 ボロボロと、ダムの水が流れ出るように目から涙が溢れてだした。


「唯、花……最後に、顔……見せてほしいわ……」


 手をゆっくりとあげ、僕の頰に手を添える。

 そして、お母さんが自分の髪に結んでいる組紐を震える手でほどいて、僕の右側のもみあげに結んだ。


「これを、お母さんだと思って……大事にしてね……」

「ぅ……ううぅ……」

「ふふ……泣かないで……。笑ってたほうが……あなたらしいわ……」


 お母さんは僕の頭を撫でながらそう言ってきた。だけど僕は、笑うことなんかできなかった。


「……ごめんなさいね……」

「謝らないでよ……お母さん……」

「……ダメなお母さんね……謝ってばっかで……」


 目の光はどんどんと消えかけており、瞼はどんどんと閉じていっている。


「唯花……あなた……おじいちゃん……」

「お母さん!!」

「最後……に、これだけ……言い……たい」


 お母さんは最後の力を振り絞っているようだった。そして――


「ぁ…………――」


 最後に何かを言いかけたのだが、言う前に瞼は閉じ、僕の頭にあった手も離れていった。


「わからないよ……最後になんで言おうとしたの……! お母さん……」


 僕はお母さんの手を両手で掴み、さらに涙の量が増えた。お母さんは冷たかった


「――――」


 僕は、文字に起こせない程、泣きじゃくった。

 その涙は水栓のない蛇口のようで、おじいちゃんが頭を撫で続けてくれても、止まることはなかった。



###



「すまんのう。早く帰ってこれなくて……」

「……おじいちゃんは悪くないです……。僕が……僕が弱かったから……!!」


 数分後、僕が泣き止んだ後に警察が家にやってきて、男は逮捕された。

 それと同時に、お母さんとお父さんはその場で死亡の確認がされた。


「強くなったと思ってた……! だけど全然動けなかった、救えなかった! 自分が嫌だよ……!!」

「まだ若いのにこんな思いをさせてしまうとは……。唯花、お前はあの男が憎いか?」

「憎いよ! お母さんとお父さんを……!」

「そうか……。唯花、お主に話さなければならないことがある」

「?」


 おじいちゃんがしゃがみ、僕の肩に手を置いて話しかけてきた。


「あの男は、社会の闇に潜む悪い組織のメンバーの一人なんじゃ。だから、あの男の仲間がまだこの世界にいる。そしてわしはそれを追い続けていたのじゃ」


 真剣な眼差しを僕に向けている。


「そしてあやつはまだまだ下っ端なのじゃ。だから、お主があの男の仲間を倒したいのならば、お主はもっと強くならねばならん。強くなりたいか? 唯花」


 そんなの決まってる。


「うん……強くなりたい!!」


 僕は頰から流れるものなど気にせずそう答えた。


「よく言った。稽古をみっちりつけてやる。だがそのあと、お主はまだまだ強くなれるじゃろう。だから、師匠を探せ。

 強くなった自分よりも強い奴を見つけ、弟子入りするのじゃ。そしたらあやつらとも渡り合えるじゃろう」


 そこから、僕は必死に修行を続け、剣道の世界大会で一位を撮れるほど強くなった。

 けれどそれと同時に、自分より強いものが現れないことに絶望した。


 けれど、そこに現れたのは師匠こと、最上強谷だったのだ。

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