第31話 [約束と和菓子]

「し、静音……?」

「…………」


 黙ったままで微動だにしない静音。

 最近、静音の威圧感の質が急上昇してきている気がする。


「強谷、このピンク、誰」

「コイツは桜路唯花、俺の弟子になりたがってるやつだ。だから弟子ではない」

「こんにちは!」


 解説する俺、嫌悪感たっぷりの静音、元気溌剌な桜路……どういう状況だコレ。


「ふぅん……また厄介な……」

「俺も好きでこうなったわけじゃないからな……?」

「あっそ」


 つ、冷たい……。ソフィの神獣氷魔法より冷たいと俺は感じる。

 このまま絶対零度な静音を相手するのはあれなので、機嫌を直してもらいたい。


「なぁ」

「つーん……」


 相変わらず無表情……かと思いきや、少し頬を膨らませている。アホ毛はギザギザである。

 どうする……? 前世で深い女関係があった時なんかほとんどないぞ。

 いや待てよ。その関係の時、『女子は買い物が好き』だとかは言ってたな……。試してみるか。


「静音、今度の土日のどっちかに買い物とかどうだ? ……みたいな」


 自信なさげに言ってみる。すると――


「……! 行く、行きたい!」

「お、おう……」


 今までで一番大きい声量で提案に乗ってきた。それに圧倒され、俺は少したじろいでいた。


「ちょ、あたしも行きた〜〜い!」

「俺も行きてェーーッ!!」

「僕も僕も!」


 ソフィ、朔、桜路の順で便乗してくる三人。


「ソフィア……あなたは馬鹿。再来週の月曜にある中間テスト、いいの?」

「はッ!? べ、勉強……くぅっ!!」


 苦しそうな顔をし始めるソフィ。そういば中間テストがあるんだったな。


「朔、桜路、今回は諦めてくれ」

「ぐむむむ……まあいいぜ」

「わかりました……」


 俺は数学以外だったら満点は余裕だと思うし、まあ一日費やしても大丈夫だろう。


「んふ……楽しみにしてるから。詳しくは、連絡して決めよ。……じゃ」


 少〜しだけ口角を上げ、言葉を言い残すと、教室から立ち去った。


(……なんとかご機嫌とりには成功しそうだな。アイツに感謝だな)


 安堵の溜息を吐き、残りの弁当を食べ進めるのであった。



###



「ししょー! 帰りましょ〜〜!!」


 ……安堵するのは早かった。まだこっちの問題があるんだった!


「だぁから、師匠じゃないって言ってるだろッ!!」

「僕は諦めませんよ! 例え師匠が火の中水の中へ行こうとも僕はお伴します!!」


 ギャアギャアと桜路と口争いをしていたがこいつが諦めることなかった。半端諦め気味に、俺は自分の家へと帰ることにした。


「では師匠! 家までお伴します!!」

「はぁ……好きにしろ……。けど師弟関係じゃないからな」


 階段を降り、俺たちは下駄箱へと向かって靴を履く。そして、帰り道を歩いた。

 ちなみに静音は用事があるらしいので、今日は一緒には帰っていない。ソフィはモデルの仕事があるらしい。

 ……改めて思うが、モデルをテイムしちゃうとかほんと……。はぁ、過去の俺を殴りたい。


「師匠、師匠。ふと思ったんですけど、師匠はなんであんなに強いんですか?」


 横で歩く桜路が、人差し指を血色のいい唇にピトッと当ててそう質問してくる。


「この世界でも最強を目指しているからだ」

「おお……! さっすが師匠!!」

「師匠ではない……」


 そんな話をしながら歩いていたら、すぐに駅までついた。


「よし、桜路はここで帰るんだ」

「ついていきます!」

「駄目だ」

「えぇぇぇ!?」


 連れて行くわけがないだろうに。俺に何の得もないことだし――


「剣道の大会で優勝した時、老舗高級和菓子店の饅頭もらったんですけど……」

「…………は?」

「流石にこんなのじゃダメですよね、すみません。それじゃあ僕はこれで――」

「待て」


 踵を返して帰ろうとする唯花の手を掴んで引き止めた。


「し、師匠……?」

「きょ、今日だけならいいぞ! 別に和菓子に釣られたとかそういうんじゃないからなッ!?」

「本当ですか!? やった〜〜ッ!!」


 満面の笑みで万歳をする桜路。

 ……正直に言うと、和菓子に釣られた。だって、仕方がないだろ? 〝老舗高級和菓子店〟とかいう神単語、聞き逃すわけにはいかないからな。


「んじゃ行くか、桜路」

「………桜路じゃなくて名前で呼んでほしいです!」

「ん? じゃあ唯花」

「やった! それじゃ師匠行きましょー!」

「師匠ではない」


 駅の中まで入り、改札扉を通ろうとしていたが、唯咲が固まっていた。


「どうした?」

「師匠大変です! お金がありません!!」

「…………」

「あうっ! 師匠、痛い……」


 俺は桜路……もとい、唯花に近づき、おでこにデコピンをする。

 次の駅までの分の金をあげ、俺たちは電車で帰路を辿った。

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