第10話 [寡黙令嬢の襲来]

「…………」


 アホ毛を持った女子こと、九条静音は言葉を一言も発すことなくて、教室を見渡している。

 クラスメイトも呆然と彼女を見ていた。だがそこで、一人のクラスメイトが話しかけた。


「どうしたの静音ちゃん! もしかして俺に会いに来たとか〜?」


 あいつは確か……――田辺たなべ狂吾きょうご。金髪黒目で鋭い目をしている。

 何かと九条を気にかけており、事あるごとに彼女にちょっかいを出しているらしい。

 九条と同じ金持ち家なのだが、裏では怪しい組織とつながっている噂があるとかないとか。


「ねぇ、ちょ、聞いてる?」


 田辺と言う奴は無視されていた。


(……あいつからは嫌なオーラがするな。根っこが邪悪っぽい……)


 あまり好感は持てないな。

 俺には悪い奴と善い奴の区別がつけれるくらいには人を見る目があるのだ。


「――っ!」


 俺とバッチリ目が合うと、少し目を見開き、こちらにズンズンと近づいてきた。

 俺の前までやってくると、昨夜と同じようにアホ毛をピョコピョコと跳ねさせていた。


「……俺に何か用か? 九条……さん」


 一応ご令嬢と聞いてたし、さん付けしておこう。


「やっと……見つけた」


 ボソッとそう呟くと、俺の両手を掴んで顔を近づけてきた。


「な……なぜあの寡黙令嬢様がっ!?」

「一体どんな関係なんだ!」

「あんなに積極的なの初めて見ましたわ」

「俺はまず声を初めて聞いたぜ?」

「強谷、マジで何者」


 クラスもざわつきを取り戻す。


「あの、本当になんなんだ?」

「ん、お礼するために来た」

「ああ……別にいらないよ、九条さん」

「……? やだ」

「え?」


 ふるふると顔を横に振り、何かを拒否する九条さん。

 不思議な人だな、感情が全く読めない。


「九条さんとか、や。名前でオケ」

「あ、ああ……。じゃあ静音」

「ん……よろしぃ。それで、お礼」

「いや、だから俺は構わない――」


 ギュゥ〜ッと俺の手を掴む力が少しだけ強まった。『絶対に逃がさん』という強い意志を静音から感じる。


「あなたが良くても、私が、構う……!」

「…………はぁ、わかった。好きにしてくれ」

「! 言質、取ったり」


 少し、ほんの少しだけ静音の口角が上がっている。アホ毛はテンション爆上げヒャッハー状態で暴れている。


「……そういば、あなたの名前、わからない」

「俺は最上強谷だ。よろしくな」

「ん、よろ」


 やれやれ。別にお礼とかいらないんだけどな。ここはもらわない方が逆に迷惑だろう。


「……でも、お礼決まってない……」

「決めてなったのか……」

「ん、探すことしか頭になかった」


 俺と静音が話している最中も、クラスメイトからの視線を集中豪雨のように集めていた。さらには、他のクラスの者たちが廊下の窓から覗いていた。

 田辺は、俺を呪い殺すような勢いで俺を睨んでいた。


「んー……。思いつかないから、強谷のして欲しいこと、なんでもしたげる」

「「「「「んなッ!?!?」」」」」


 静音の発言で、クラスが一丸となって驚きの声を上げていた。


「……いいか、静音。『なんでもする』とか気軽に言ったらダメなんだぞ? もし俺が危険な奴だったらどうするんだ」

「? 違う。あなただから、この提案した」

「え? どういうことだ??」

「あなたは絶対に、そんなことしないって、わかる」


 ジィーッと俺の目を見つめる。目の奥の奥にある心を読まれた気分だ。


「なぜ言い切れる」

「んー……私、勘がいいから……?」

「疑問形じゃないか……。ま、俺もそんなこと一切する気ないからな。当たってるよ」

「いぇーい」

「感情がこもってないな」


 『なんでもする』か。と言っても、別に何もないんだよなぁ……。


「今して欲しいこととかないし、今は保留ってことにしとくよ」

「むぅ……。まあいい。いつでも呼んで。はい、これ」

「ん? ああ、わかった」


 そう言ってポケットからスマホを取り出し、連絡先の交換のページを開いていた。


「あ、あれだけ連絡先の交換をしてこなかった九条様が自ら交換を志願した……だと!?」

「羨ましい超えて、逆に何も思わんッ!」

「さすが強谷! 俺たちにできないことを平然とやってのけるッ!」

「そこに痺れる、憧れるゥ!!」


 またクラス内が騒がしくなった。

 俺は気にせずポケットからスマホを取り出し、静音と連絡先を交換した。


「じゃ、また来る。バイバイ」

「じゃあな」


 フリフリと手を小さく振り、このクラスから立ち去った。

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