二十四口目 依頼⁉
「えっ……これって……」
確かな質量を持った金槌に目線を落とし、この
すると、ルミナは俺の肩を掴んで揺さぶりながら、興奮気味に
「ちょ、ちょっと、一体これはどういうことよ! どど、どうしてあんたが指輪の効果を使えるのっ⁉ さあ、とっとと白状しないと踏んづけるわよ!」
「お、落ち着けって! 俺も何が何だかちっとも分からねえんだ」
「嘘よっ! だって見たもの、あんたが何もないところから金槌を出したところを!」
「そ、そうだけど、嘘じゃねえんだって! 俺がやったのは事実だけど、本当に何も知らん!」
そう主張した直後、俺の
「ほら見なさい!」
「いや、今のは……ほ、ほら、指輪だってしてないだろ?」
と、両翼を広げて見せる。
ルミナは僅かに目を細めて、俺の翼をじっと見つめた。一瞬の沈黙が流れる。
「……飲み込んだりしてないわよね?」
「絶対にない。ていうか、指輪なのに指に
「それはっ……し、知らないけど……」
「おいおい。そんな曖昧な知識で俺の事を責めてきたのかよ」
「……う、うるさいわね。どっちにしても
ルミナは俺に向かってびしっと指を突きつけて、高らかに宣告した。
だが、最初から手伝うつもりだった俺としては何の問題もない。勿論答えはイエスだ。
「ああ、別に構わないぞ」
「……ふ、ふーん、随分と素直なのね」
俺の反応が意外だったらしく、ルミナは目を泳がせていた。もしかすると俺が拒否した場合の台詞を用意していたのかもしれないな。
「ふんっ、馬車馬のように
「……鶏だけどな」
家畜として鶏から馬に昇格(?)し、俺は正式に彼女の手伝いをすることになったのであった。
◇◆◇
そんなわけで数分後。
青空の下での特別授業を終えた俺達は〈集会所〉と呼ばれる場所に来ていた。
そこは白を基調とした近未来的な空間で、広い休憩スペースでは数人の女子生徒が楽しげに談笑している。集会所の中央には円形の受付カウンターがあり、その上には大きなモニターが三百六十度ぐるっと設置されていた。
「……ここで静かに待ってて」
俺はきょろきょろと周囲を見回し、一番近くにあった白いソファーに腰掛けた。
「……」
落ち着かない。初めて来た場所であることも関係しているが、それ以上にこの空間の女性率の高さに驚いた。
祭壇に召喚された時と同様に、周りにいるのは全員女性。門番が男性だったので、この学院には女性しかいないなんてことはなさそうだが、それにしても男女比があまりに極端であるように感じた。
は、早く帰ってきてくれ……。
そう念じ始めてから三分が経過した頃、受け付けを終えたルミナが戻ってきた。何故だか頬を紅く染めている。
ルミナは何も言わずに俺の隣に座ると、顔を隠すようにしてテーブルに突っ伏した。
「……最悪」
ぼそっと吐くルミナ。その後も口の中で何かを繰り返し呟いている。
「と、ところで何をしてきたんだ?」
彼女にだけ聞こえる声で訊ねた。
十秒程待って、ようやく回答が返ってくる。
「……依頼を受けてきたのよ」
「依頼?」
「そ。カウンターの所にモニターがあるでしょ」
「ああ、凄い大きいやつな」
見ると、画面上には様々な静止画や文字列が表示されており、数秒毎に更新されていた。
「あれが依頼。零化士を必要とする世界は、仕事内容や達成報酬を設定して学院に注文するの。まあ、ここに来るのはあくまで学生向けの仕事だけどね」
ちなみに高難易度の依頼は街の集会所で受注が可能とのこと。
「生徒は自分の実力に見合った依頼を選んで、中央の受付カウンターで申請するの。そうしたら受付のお姉さんが色々やってくれるから、あたし達は担当する世界に行って所定の作業をすれば良いのよ」
「なるほどな。報酬も出るみたいだし、派遣のバイトみたいなものか」
「ま、そんなところね」
お姉さんやルミナの言葉が正しければ、画面に表示される依頼の数だけプリセフィナとは別の世界が存在していることになる。今更彼女達が嘘を吐いているとは思わないが、この世界には俺の知らない事が無限にあるんだと改めて実感した。
そこで、俺は仕事の流れについて詳しい説明を求めたが、ルミナは「行けばわかるわよ」とだけ言って立ち上がり、足早にエレベーターに向かってしまった。
「百聞は一見にしかずって言うけどさ、事前情報くらいは必要だろうに……」
俺は本人に聞こえないように不満を漏らしつつ、静かにルミナの背中を追った。
すれ違う生徒達は振り返って好奇の目を向けてきたが、俺は気にせずエレベーターに乗って地下へ。
「……」
「……」
空気が重い。
エレベーターの中には俺とルミナの二人だけであるにもかかわらず、両者共に一言も言葉を発さない。そんな張り詰めた空気に耐えかねた俺は、先程から気になっていることを素直に訊ねてみることにした。
「あのさ、違っていたら申し訳ないんだけど、さっきから怒ってないか?」
「……」
「ルミナさーん?」
「……」
「おーい」
「……」
返事はない。ただのデジャブのようだ。
「もしかして、気に障るような事しちゃったかな……?」
まるで身に覚えがないが。
女心と秋の空とは言うけれど、年頃の娘を持つ父親というのは同じような心境なのだろうか。
「……」
「……」
再び静寂が訪れる。彼女の心が読めずに暫く
「……笑われたのよ」
「ん?」
「だから、受付のお姉さんに『可愛いお友達とご一緒なんですね』って笑われたの! あんたのことよっ!」
と、ルミナは涙を
「おかげでこっちは……ああもうっ、どうしてくれるのよ!」
「そんなことを言われてもなあ。
「ふんっ!」
「な、何だよ……」
この娘、こういうところがあるよな。難しい年頃なのだろう。
「何よ、文句あるの?」
「……いや、ないです」
「いい、このあたしが動物と喋る美少女って思われたのよ、分かる?」
ルミナはぐりぐりと俺を足蹴にした。
自分で自分のことを美少女と評価した事に関しては触れないでおこう。実際可愛いし。
……にしても踏み過ぎだろ。暴力はダメ。ゼッタイ。
「ふ、ふまん。俺が悪はったかあ。踏まらいれくれ」
頬を踏まれて上手く喋ることができない。
絵面として大丈夫なのか心配になっていると、ようやくルミナが足をどけてくれた。
「痛てて……でもまあなんだ、俺としては動物と会話する女の子っていうのも悪くないと思うけどな」
「はあっ⁉ あんた、あたしのこと馬鹿にして――」
「可愛いじゃん。動物好きっていうのは純粋に好感が持てるし、君は元が可愛いから、相乗効果的なので良い感じになると思うぞ」
可愛いは正義。生きる世界が変わっても、それだけは絶対不変のこの世の真理なのだ。
「ななな、何言ってんのよ! ば、ばっかじゃないの!」
そう言って、ルミナは俺の
「い、いきなり何すんだよ、離せっ!」
「ああ、あ、あんたが変なこと言うからでしょ!」
「ぶんぶん振り回すな! 俺は、君が可愛いと思ったから可愛いって言っただけだぞ!」
「〜〜〜〜〜〜〜っ⁉」
ルミナのミルクのように白い肌がみるみる紅潮してゆき――
チンッ。
と、恥ずかしさが限界に達した彼女のオーバーヒートを知らせるように、目的地到着の合図が鳴った。
「……あ。おい、到着したみたい……がはッ⁉」
扉が開いた途端、俺はエレベーターの壁に投げつけられた。
「……っ、痛え!」
「うるさいっ!」
ルミナはぷんぷん怒りながら行ってしまった。
「何に怒ってるんだ……?」
女心を理解することの難しさを文字通り痛感しながら、俺はエレベーターを降りた。
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