二十五口目 時空の塔⁉
「何、だ……これ……」
エレベーターから降りた俺の視界に飛び込んできたのは、巨大な地下空間だった。
黒を基調としたデザインは、先程の〈集会所〉とは真逆の印象を与えた。全体的に薄暗く、地面から放たれる青白い光が神秘的な空間を演出する。
「ここが〈異空間連絡港〉――通称〈
落ち着きを取り戻したルミナが見つめる先、部屋の中央には巨大な黒扉があった。その左右にはこれまた巨大な城壁塔のようなものが建てられており、まるで扉自体が城のようである。
そして、その扉の前には多くの学生が長い列を組んで並んでいた。
「ほら見てなさい、開くわよ」
ルミナがそう言うと、黒扉が鈍く大きな音を立てて開いた。
「……っ⁉」
瞬間、俺は言葉を失った。
そこには何もないがあったのだ。
目の前の光景をどう表現するのが正しいのか分からないが、まるでブラックホールに飲み込まれるような、そんな底知れぬ不気味な感覚に襲われた。
「お、おい、あの子達は大丈夫なのか?」
列の先頭にいたのは仲の良さそうな女の子三人組。
彼女達はどんどん扉に近付いてゆく。あれでは自殺行為だ。
「黙って見ていなさい」
「……分かった」
腕を抱えて壁にもたれかかるルミナに
言いしれぬ不安に駆られて見ているこちらがどうにかなりそうだが、それでもなお、少女達は微塵も臆することなく扉の中へと足を踏み入れた。
刹那。漆黒の空間がぐにゃりと歪み、虹色に発光した。
そして――
「消え……た?」
扉の反対側から出てくることはなく、少女達はどこかへ消え失せてしまった。
「ね、大丈夫でしょ?」
「いやいやいやいや、消えてるから! 大丈夫じゃないから!」
「
「だ、だってさ……」
「あのね、焦り過ぎ。心配し過ぎ。丸過ぎ」
ルミナは呆れた様子で首を振った。
だが初見で、しかもこの世界の常識を知らない者は皆同じような反応をすると思うのだが。……ていうか、最後の台詞は扉とか関係ないし。
「あの子達は別の世界に行っただけ。消えたわけでも失敗したわけでもないわ。……ほら、あれ」
ルミナは黒扉の左右にある大きな塔を指差した。
時空の塔――時間と空間を
左の〈時間の塔〉では外界との時間の流れに歪みを生じさせることで、数百日、数千日と時間を引き延ばすことができ、右の〈空間の塔〉で空間を固定することで、あらゆる世界の行き来を安全に行うことができるようになる。
「時間を引き延ばすのは、あたし達が作業をする時間を確保する為よ。ま、ゲームをプレイする側からしたら、ボタンを押してからものの数秒でリセットが完了するんでしょうけど」
確かに。気に入った作品を周回する際には、それまでのゲームデータを消去する必要がある。
プレイヤーが使用したアイテムを修復したり補充したりするのが全て手作業であるならば、そこには時間の矛盾が発生するはずだ。
その問題を解決する装置が〈時空の塔〉であり、こちら側の世界と扉の向こう側の世界とでは、時間や空間の流れが異なるらしい。よくもまあ、これだけ凄い話を淡々と語ることができるものだ。
「実際にやってみれば分かるわよ」
「……了解」
ルミナは俺の気持ちを察する素振りも見せずに列の最後尾に付いた。俺も彼女に
「にしても本当に凄いな……」
歪んだ空間が、人が通る度に虹色に発光する。
俺はその光景がとても不気味に思えてしまうのだが、生徒達に怯えた様子は微塵もなかった。
また、依頼の中には複数人で受注できるものもあるらしく、友人と話しながら順番を待つ子らが多く見受けられた。
「あのさ、ちょっと前にも感じた事なんだけれど……やけに女の子が多くないか?」
「そりゃあそうよ。だって、この学院に通う男は一割程度だもの」
「何……だと⁉」
速報。転生したワイ、学院に通うも女子生徒ばかりだった。
「男性だって零化士になれるけど、女性の方が加護を得やすいらしいわよ。その
「まさしくハーレム状態だな」
「しかも
「お、おお……」
お嬢様――なんて甘美な響きであろうか。
気高くも
「ま、鶏のあんたには全く関係の無い話ね」
「……」
皆まで言わずとも重々承知している。
きっとこの世界で人間だったらモテモテだったし! 悲しくなんてないんだからねっ!
「もしもあんたが人間だったとしても、ここには気が強い
「なっ……ま、まさか俺の心を読んだのか⁉」
ルミナ……恐ろしい子ッ!
これではプライバシーもへったくれも――
「そう顔に書いてあるわよ」
「……フュ〜フュ〜♪」
下手な口笛を吹いて誤魔化そうとする俺に対し、ルミナはとても冷ややかな視線を向けた。
「ま、あんたがどんな妄想をしようと勝手だけど、まずはこの仕事が終わってからにしてちょうだい」
言われて前を見ると、いつの間にか俺達に順番が回ってきていた。
「こ、この扉まじでデカイな……」
途端に恐怖が全身を貫き、俺の身体を硬直させた。冷や汗が背中を伝う。
「あー……ここで一つ提案なんだけどさ、やっぱり行くの明日にしないか?」
「はあ?」
「いやー……その、先に学院の中とか案内してもらった方が良いのかなって」
「……はぁ。仕方ないわね」
「わ、分かってくれたか!」
血も涙もない系女子だと思っていたら、なんだよ。他人の心境を察することもできるじゃないか。感心感心。
「よし。そうと決まればさっさと上の階に戻ろ――って、あれ?」
来た道を引き返そうとした瞬間、俺の身体は宙に浮いた。
いや違う、ルミナに首根っこを掴まれたのだ。
「あのー……る、ルミナさん? ま、まさかとは思いますが、このまま突っ込むつもりじゃあないで」「それじゃあ行くわよ!」
ルミナは俺の話を最後まで聞くことなく、扉に向かって駆け出した。
「いや、ちょ、待っ……い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁああ!」
一匹の鶏の悲痛な叫びだけを残して、学院から二人分の反応が消失した。
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