二十三口目 魔獣蟲⁉
祭壇のあった洞窟から外に出ると、森の中だった。
剣歯虎に追いかけ回された森と違って
「あれだな、何ていうか零化士の仕事が平和なものでよかったよ。言ってしまえば、壊れた物を直せば良いってことだろ?」
建物や道具の破損した箇所を修復し、アイテムが不足している場合は作って補充する。担当する世界や仕事量によってはそれなりに体力を使うことになるだろうが、仕事内容は非常にシンプルだ。
それくらいなら未経験の俺でも大丈夫そうだと考えていたのだが、ルミナの首が縦に振られることはなかった。
「そうね……まあ正直、修復作業に関しては慣れだと思うわ。だけど、あたし達の仕事はそれだけじゃないのよ」
そう言って、ルミナは歩く速度をやや緩めた。
「勿論とても大切な事だけど、建物や道具の修復はあくまで副次的な仕事。零化士がなすべき最も重要な役割、それは〈
魔獣蟲――物質のスキマに巣食い、世界の
その生存理由や行動原理をはじめ未だ解明されていない部分が多いが、魔獣蟲に侵された者は急速に凶暴性を
「つまり、魔獣蟲は何らかの不具合を発生させる存在ってこと。あたし達の仕事は……まあ、インフラ整備もする
「ふうん。その魔獣蟲っていうのはどんな姿なんだ?」
「姿も能力も相手のランクによって変化するわ」
【階級】
・
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・
・
・
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「最下級の〈
「そんなのと対峙して、零化士はどうやって
「残念。そのまさかなのよ……本当はね」
そう言って、ルミナは大きく溜め息を吐いた。
「あたし達がさっきまでいたのは〈
「それがあの時の儀式ってことか?」
「そ。加護を得ると〈聖零術〉ってのが身に付いて、同時に〈
この竜具自体にも聖霊竜皇の加護が宿っており、使用者の望みや状況に応じて様々な道具や武器に形状を変化させることが可能である。ただし、使い手の技量や性質によって限界があるので注意が必要とのことだった。
魔獣蟲との戦闘では、零化士が扱う聖零術もしくは武器化した竜具での攻撃が有効なので、それらを得る為の儀式は零化士になる人間にとって欠かせない通過儀礼なのだ。
「そっか……そんなにも重要な儀式を行っていたのか」
「そういうこと」
「零化士って凄いんだな。あ、ちなみに君が神様から貰ったのはどんな指輪なんだ?」
百聞は一見にしかず。儀式を終えたばかりの零化士が目の前にいるので、どうせなら実際に見せてもらおうと思ったのだが……、
「……」
「あのー、ルミナさーん?」
返事が無い。ただの
「おーい、ルミナさーん?」
「……」
「ルミナさ……ひいっ⁉」
返事が無いどころか、何故か物凄い形相で睨み返されてしまった。
また何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。彼女の顔をおずおずと見ると、ルミナは
「……ないのよ」
「え?」
「だから、持ってないの! その竜具、あたしだけ貰えなかったのよっ!」
怒気を孕んだ声で詰め寄ってくるルミナ嬢。
まるで俺に全面的に非があるとでも言いたげな表情だった。
「え、えっと……? 俺、何かしちゃいました?」
「知らないわよっ!」
「ええ……」
じゃあなんで怒ってるんだよ。
「何よ! しょうがないでしょ、何も知らないんだから。寧ろあんたに説明してほしいくらいよ!」
「……俺に?」
はて、どうして鶏が先の儀式の事を、それも現役の零化士である彼女に説明せねばならぬのだろうか。
「だって――指輪の代わりに出てきたのよ、あんた」
「……は?」
その言葉を聞いてようやく腑に落ちた。
理解することができたのだ、俺を取り巻くこの状況も、彼女の溜め息の理由も。
「ええっと……つまり、紅色の光を放つ魔法陣に飲み込まれた俺は、ただ
確認を取ると、ルミナは子供のようにこくりと頷いた。
「その結果、本来受け取るはずだった〈竜具メリュジオン〉ではなく、転生した喋る鶏を受け取った……ってことでオーケー?」
「ええ、その通りよ。けれど先生が言った通り、あんたが意図的に召喚された可能性も捨て切れないから、無闇に放置するわけにもいかないのよ」
何ということでしょう。完全に過失はないと思われていた三枝光芭氏ですが、ここにきて加害者だったことが判明したのです。まさに劇的ビフォーアフター。
「……それは申し訳ない」
俺は丁寧に頭を下げた。
その姿勢を十秒ほど保っていると、頭上から何度目になるか分からない「……はぁ」という溜め息が聞こえてきた。
「顔を上げなさい。本当は踏んづけてやりたいところだけど、どうせ何も知らないあんたを責めたところで意味ないんでしょ」
「……お、おう」
俺はゆっくりと顔を上げ、姿勢を正す。
既に踏みつけられた記憶があるのだが、今回は黙っておくこととする。
「竜具が使えないのは正直痛いけど、今できる仕事をこなすしかないもの。もう一度儀式が行えるようになるまでの
そう口にして微笑んだルミナは、不意に虚空に右手をかざすと、拳を握ったり開いたりを繰り返した。
「……やっぱり無理、か」
「何してるんだ?」
「その、もしかしたら道具を具現化できるかも……とか思ったんだけど、やっぱり加護を宿した指輪がないとダメみたいね」
さらっと言うけれど、内心極めて不安であり、空虚であろう。
元はと言えば俺に原因があるんだし、せめて釘打ちや修復のような簡単な作業だけでも手伝えると良いのだが。
そんなことを考えながら、俺は何の気なしにルミナの真似した。
右手をかざし、そして握る――次の瞬間、
「「……なっ⁉」」
二人の驚いた声が重なった。
それもそのはず、数秒前まで空っぽだった俺の
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