二十二口目 零化士⁉

 俺は、転生してこの姿になった事情を詳しく説明した。この学院に来た理由も経緯も、俺がこれまでに体験した事を全て。

 意外にも黙って話を聞いてくれていたルミナは、暫く考え込んだ後、口を開いた。


「……ふうん。あんたも苦労してるのね」

「信じてくれるのか?」

「ええ。ま、幾つか気になる部分はあったけどね」

「その、なんだ……ありがとうな、信じてくれて」

「別にお礼なんていらないわよ。逆に怪し過ぎて毒気を抜かれちゃっただけだし」


 と、ルミナは髪をふぁさっとかきあげた。


「それでも、俺にとっては物凄く有難い事なんだよ。この世界に来たばかりで頼れる人も少ないし、さっきの儀式っていうのも気になっ」「ちょっと待って」


 こちらに手の平を向けて、ルミナ。


「あたしに聞きたい事があるのは分かるわ。だけどその前に、あんたに学院のことを教えてくれたっていう女性なんだけど……」


 ルミナは顎に手を当て、唇をへの字にした。

 思い当たる事はあるがいまだ確信を持てずにいる、といった様子。


「あー……その事だが、俺に学院ここを教えてくれたのは――」

「私さっ!」


 俺の言葉をさえぎる、女性の声。

 慌てて後ろを振り向いてみると、


「えっ……お、お姉さんっ⁉」


 黒いミディアムショートにパンツスーツ。

 そこに立っていたのは、缶ビール片手に噴水広場で酔っ払っていた、あの綺麗な女性だった。


「……はぁ。やっぱり……」


 驚愕する俺とは対照的に、額に手を当て、どこか面倒臭そうな顔をするルミナさん。


「えーっと……その、知り合い、なのか?」

「知り合いもなにも――ここの学院長よ」

「が、学院長⁉」


 ルミナの衝撃発言に、俺は自分の耳を疑った。

 そりゃあそうだ。あの酔いどれお姉さんが、一つの公的な教育機関のおさであると言うのだから。


「えっと。お、お姉さんが、学院長?」

「そっか、そういえば君には自己紹介がまだだったね。私はエクレール・タンペット――ここ〈聖リセト零化学院〉の学院長だよん」


 お姉さんは目にピースを当てながら軽い調子で答えた。


 こういっては悪いけど、彼女はどう見ても学院の最高権力者とは思えなかった。昼間っからお酒飲んでるし、スーツの下に着た白シャツのボタンは三つ目まで開いているし、


「その年齢で学院長って、流石に若すぎませんか?」

「んー……まあ、と比べたらちょっと若いかもね」

「いやいや、ちょっとどころじゃないですよ。お姉さんみたいに若くて綺麗な学院長とか珍し過ぎますから……」


 この若さで学院長を務めるということは、彼女は文武共に相当優秀な手腕があるという事なのだろうか。本当に人は見かけによらないものだ。

 そう素直に感心していると、


「はははっ。君ってば、ほんと可愛いなあ」


 と、何故かお姉さんは笑った。


「あのぅ……俺、何かおかしなこと言っちゃいました?」

「んもうっ、嬉しい反応してくれちゃって! 益々気に入っちゃうぞぉ、ミ・ツ・バ・君♡」


 お姉さんは、指を振りながら可愛くウインクした。


 更に「何でもお願い聞いてあげちゃうぞっ」と両腕で胸を挟み込み、胸を強調させた状態で前屈みになった。こちらが前屈みになってしまうような、凄い破壊力である。


「かか、か、揶揄からかわないでくださいっ!」


 そのはだけた胸元からすぐに視線を逸らす俺。

 言っておくが、あくまで友達に対して紳士的な反応を示しただけであり、童貞には刺激が強いとか、恥ずかしくなったとかでは決してない。……ほ、本当だよ?


「だ、だらしないですから、すぐに隠してください!」

「ええー。そんなにだらしないおっぱいかなあ?」


 そう言って自分の胸を持ち上げるお姉さん。

 めちゃくちゃ大きいという訳ではないのだけれど、綺麗な形でそれなりのボリュームがあるので、寄せられると、ヤバイ。


「わ、分かっててやってますよね⁉」

「何のことか分かんなーい」


 ふよん、ふよよんっ。


 俺には分かるぞ、これは今後ももてあそばれるやつだ。

 悪戯っぽい笑みを向けられて、俺は後に待ち受ける運命をすぐに理解した。そして同時に、この人と真面まともり合おうとしても無駄であると悟った。


「まあでも、本当に驚きましたよ。まさかこの学院で再会するなんて」

「だから言ったでしょ、あの時」

「え? あー……あれってそういう……」


 確かに別れ際、手を振りながら「また後でね、ミツバく〜ん」と言っていた。とはいえ、こんなにも早く、しかも学院長として再会することになるとは思わなんだ。


「でもまあ、そういうことだからさ。改めてよろしくね、ミツバ君」

「あ、はい。こちらこそ宜しくお願いします、お姉さん」

「エクレールで良いって。君と私の仲なんだからっ」

「えーっと……。それじゃあ、よろしくお願いします、エクレさん」


 こうして俺は、酔いどれお姉さん改めエクレさんと握手を交わし、互いに再会を祝し合うのであった。


「……あ、そうだ。ねえミツバ君、何か私に聞きたい事があるんじゃない?」

「え?」

「いやさ、あの時は時間がなくて説明してあげられなかったから」

「そう言えばそうでしたね」


 唐突に話題が変わったので、一瞬、何を訊ねられているのか分からなかった。少し考えてから思い出したが、俺は零化士や学院について具体的な内容は何も聞いていないのだ。


「それじゃあ、お言葉に甘えて……。リーフレットの表紙にも書いてありましたけど、この零化士って何なんですか?」


 俺がこの学院に足を運んだ目的の一つであり、恐らくこの世界を知る上で欠かせない存在。今後何かをするにしても、まずは零化士について学ばないことには話が進まないであろう。


「そうねえ……」


 お姉さんは胸の前で腕を組み、じっと考え込むように両眼を閉じた。

 数秒間の静寂。そして再び目を開けた時、彼女の顔には何かを思いついたような悪戯っぽい微笑が浮かんでいた。


「ならさ、実際にやってみる?」

「……スミマセン、ヨクワカリマセン」


 語句が多分に省略された問いを掛けられ、某AIアシスタントの如き反応を示す俺。すると、そんな俺達のやりとりを傍観していたルミナが、口を開いた。


「それはつまり、今から二人で依頼を受ける、ということでしょうか?」

「ピンポーン! さっすがルミナちゃん、理解が早くて助かるよ」

「いや、ですが……」

「大丈夫大丈夫。授業でやったことのある簡単な依頼で良いからさ、ね?」

「うぅ……それなら、まあ……」


 ルミナは渋々ながら首を縦に振った。

 俺には全く話が見えないが、どうやらこの後の方針が決定したらしい。


「じゃ、後はよろしく。ミツバ君も頑張ってね〜」


 言い残し、お姉さんはスタスタと去っていった。……嵐のような人だ。


「……はぁぁぁぁ」


 二人きりになった途端、ルミナは大きな溜め息を漏らした。

 それが安堵あんどではなく落胆のものであることは、容易に理解できる。


「なんかごめんな、俺の所為せいで……」

「別に、これくらい良いわよ」


 と、煙草の火を消すようにして俺を踏みつけた。

 あのー。言ってることとやってることが違いますよ、ルミナさん。


「とりあえず依頼はアレを受けるとして……あんたって零化士について何も知らないのよね?」

「ひ、ひりましぇん」

「そ。なら、そこから説明したげる」


 俺の背中から足をどけ、ルミナは「ほら、行くわよ」と、こけむした白い石畳の道を歩き出した。どうやら移動しながら説明してくれるようだ。


「ちょ……ま、待って。俺、歩くの遅いから!」


 置いていかれそうになり、俺は慌てて立ち上がって小さな歩幅で彼女の後を追い掛ける。

 こうして、ルミナ先生による特別授業が始まった。




   ◇◆◇




 零化士――聖霊竜皇の加護をその身に宿し、あらゆる世界を修復する者。


 この世界と異なる次元域には、断絶された数多の別世界が存在している。長年その存在すら確認できなかった世界は、特殊な門〈世界の扉ミルドラス〉を通じて互いに干渉することが可能になった。


 しかし、それにより様々な問題が発生する。


 その乱された世界の秩序を正す役目をになっているのが零化士であり、優秀な零化士を育てるための養成機関こそが、ここ〈プリセフィナ大陸〉に七ヶ所存在している〈聖リセト零化学院〉である。


「――以上、学院概要より」


 生徒手帳を閉じて、ルミナ。


「これで理解わかったかしら?」

「全く」

「……はぁ」

「いや、だって別世界とか〈世界の扉ミルドラス〉とか、急にそんなことを言われても普通は理解できないって。もっとこう具体的な説明がないと……」

「はぁ、仕方ないわね」


 ルミナは一度足を止め、目を閉じて黙り込んだ。そして思案するように何度か首を傾げると、ゆっくりと瞼を開いた。


「そう言えば、あんた、この世界がゲームみたいだって言ってたわよね?」

「ああ。俺の世界のRPGっていうのに雰囲気が似ているかな」

「そのRPGの世界が、ここや地球と同じように実際に存在してるって言ったら?」

「……マジ?」

「ええ」


 再び歩き出す、ルミナ。


「あんたは考えた事がない? 自分が住んでいるこの世界、いては自分自身までもが何者かによって動かされてるって」

「あー……中学生の頃に考えた事があったかも」


 自分で選んだと思っている行動が、実は自分の意思とは関係なく決定されているってやつ。

 他にも、全ての事象にシナリオがあり、俺達は映画の登場人物のように物語を演じているだけであると。まさにロールプレイング。


「それが妄想じゃなく現実なの。あんたが住んでたっていう地球が該当するかは知らないけど、少なくともあんたが遊んでたゲームの数だけ世界が存在してるのは確かね」


 そう語る彼女の表情は真剣そのもので、冗談を言っている様子ではなかった。


「別に疑うわけじゃないんだけど……俺がやっていたゲームは、あくまで画面の中の出来事っていうかさ」


 プリセフィナと同じような異世界が他にもあるとしても、それがゲームとどう関係しているのか理解できなかった。


「んー……じゃあアレよ、UFOキャッチャー」

「え?」

「あれってさ、まず操作する人がいて、その人の行動によってケースの中で物理的に変化が起きるじゃない。で、商品の山が崩れたら店員さんが積み直すし、数が減ったら補充するでしょ?」


 つまり、


「誰かがゲームとして指示を出すことで、実存する別の世界の住人や道具、建物なんかに反映される。で、そこで起きた変化を元に戻す存在が零化士ってことか?」

「ま、そんなところかしら。より正確には、が存在するんだけどね」

「コピーした世界?」

「そ。RPGの経験者なら思ったことがあるんじゃないかしら。『一つの世界にしては狭すぎじゃね?』とか『村が過疎かそりすぎじゃね?』『どうして動かした岩が洞窟の外に出たら元の位置に戻ってるの?』って」


 確かに。物によっては村人が二、三人しかいない村が登場するし、マップを移動した途端に道具や建物が復元されていたりする。


 ルミナ曰く、オリジナルの世界の一部を切り取って、それを別の空間に幾つもコピーするそうだ。コピー世界はそれぞれが独立しているから、いくら物が破壊されてもオリジナルの世界には影響がないし、同時に何百、何千というプレイヤーがゲームをプレイする事が可能なのだと。


「ただね、コピーした世界の分だけバイトを雇ったり、家や公共施設を建てる必要があるから、人件費や維持費がバカにならないのよ」

「あー……だから村人や建物が少ないんだな」


 ちなみに村人のバイト代はかなり低いようで、定期的に人が消えるらしい。が、その度に新しい人員を投入するからゲームとしては問題が無いとのこと。……これがブラック企業の実態である。


 ああ、何だろう……。聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。


 世の中には知らない方が幸せなこともあるのだと、俺は実感した。

 とりあえず、今後は自転車で村人に何度も体当たりをするのはやめておこう。

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