十九口目 紅の閃光⁉

「おいおい……何でこうも狙われるんかねえ」

「グォアアアァァ……」


 黒竜は爬虫類のような黄金色の眼光を炯々けいけいとさせている。


「ははっ、一瞬で全滅かよ……」


 周囲を見回すと、俺を襲ってきた猛獣達が横たわっており、ピクリとも動かない。どうやら黒竜に薙ぎ払われたらしい。


「グォアアアァァ……フシュゥゥゥゥ……」


 耳元まで裂けた獣の口には、剣歯虎にも勝る長く鋭い牙を備え、熱をもった吐息を煙のようにらしている。その煙の量は段々と増してゆき、一際大きく空気を吸い込んだ。そして大きく口を開き、ピタリと動きを止めた、次の瞬間――


「グォアアアァァァァァンンンン!」


 山々が鳴動する程の圧倒的な音圧と共に、特大の炎弾を噴出した。


「そそそそそんなのデタラメじゃねえかあぁぁぁぁああ!」


 耳も潰れんばかりの絶叫を後に、俺は黒竜に背を向けて全力で走り出し、茂みの中へとダイブした。飛び込むやいなや俺が立っていた場所に着弾し爆発する。轟音と共に地面がえぐれ、岩片が飛び散った。


「……うおっ⁉」


 広がる爆風に殴られ、俺の身体は数メートルも後方へと投げ出された。雑木をへし折りながら転がり倒れ、どうにか砂煙の中に藻掻もがきつつ立ち上がった時には、一帯は炎に包まれ更地と化していたのであった。


「……」


 予想していた事ではあったが、剣歯虎とは圧倒的にレベルの違う攻撃を受けてやはり絶句せずにはいられなかった。


 俺が暫く唖然としていると、黒竜は上空で巨大な翼を動かしてゆっくりと降下した。そしてクレーターの中央に降り立つと同時、大地が揺れる。


 疑う余地のない過去最大のピンチ。かないようのない高次元の存在。

 またもこうして立ち尽くし、俺はただ殺されるのを待つことしかできないのか。


「……そんなの、嫌だ」


 名も知らない鶏の台詞が心に灯る。


『鶏だからできること……いいえ、鶏になった貴方あなたにしかできない事が必ずあるはずよ。貴方が生きているのは過去じゃないんだから、今を強く生きなさいな』


 こうしてこの世界で新たに生を受けた事。そこに何かしらの意味を見出すのも、誰かと笑い合う未来を選択するのも、それを決めるのは他の誰でもない、俺自身なのだ。


 それに〈モンスターファーム〉で最初に虎と相対した時、あそこで諦めなかったからこそ今も俺はここにいる。

 先程までとは違う、敵が無数にいるわけじゃあない。敵は一匹、己も一匹。相手の姿形が異なるだけで、構図で言えば何も変わりやしないのだ。


「……っ、おい、このクソ管理者! 今もどうせどこかで見てるんだろ!」


 勇者になるはずだった――


「俺をこんな姿にしたんだから責任取れよ!」


 勇者としてこの世界の主人公になるはずだった――


「だから何でも良い、何でも良いから」


 ……否、現世いま前世むかしも俺の人生ものがたりの主人公は――俺だ。


「力をよこしやがれえぇぇぇえええっ!」


 すると、俺の右翼が煌々こうこうと虹色の光を放って輝き出した。

 そのあまりの眩しさに目を瞑る。そして光が収まって目を開けた時、俺のの中にあったのは――


「ただの卵じゃねえか!」


 何の変哲もない、物言わぬ真っ白な鶏卵であった。


「グォウゥゥ……グォアアアァァ……フシュゥゥゥゥ……」


 黒竜は光に一瞬怯んだが、左右に頭を振ると大きく口を開いた。再び熱を充填チャージしているようだが、先程よりも相当量のエネルギーが集約されているのが見て取れる。


「何ですか? 俺にクソ管理者って言われた事に腹立ててるんですか? 何とか言えよ……くそっ、馬鹿にしやがって! こんなんで闘えるわけねえだろ!」


 俺は天に向かって不満をぶつけるが、何を言ってもむなしく響き渡るだけであった。

 しかもその間に、黒竜は充填が完了したようだ。猫が威嚇するように姿勢を低くして停止した。


「こんな卵を一体何に使えってんだよ!」


 俺は掴んでいた卵を怒りをぶつけるようにして自分の足元に叩き付けた。

 しかし――


「……なっ……き、消えた⁉」


 地面に当たってパカリと割れた卵は中身が飛び散るわけでもなく、ただスウーッと消えて無くなってしまったのである。

 が、その不可思議な現象を究明する時間すら与えられずに、黒竜の口からビーム状に収束させた炎が吐かれた。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁああ! ここここっちにくるなあぁぁぁぁああ!」


 俺はビームを追い払うように必死に翼を動かした。

 それでも黒竜の攻撃は真っ直ぐに俺を捉え、直撃する。


 ズドォォォォォオオォン!


「グォギャアアアァァァァァンンンン!」


 森の中に悲痛な叫びが鳴り響いた。


「な、何が……ど、どうして俺は生きて……」


 驚く事に俺の身体は全くの無傷であった。

 黒竜から放たれた猛烈な炎は俺の翼に当たった瞬間にはね返され、その攻撃は逆に黒竜の身体に直撃し、その巨体に大きな傷を残したのである。


 驚きと混乱の表情を浮かべる黒竜であったが、痛みに耐えながらも再び猛烈な炎を繰り出した。


「くっ……!」


 俺は困惑しながらも俊敏に左方に動くと、巧みな身のこなしでその炎を避けた。的を外した炎は後ろの巨木に直撃する。


「よ、避けられた……」


 しかも簡単に。どういう訳か俺の移動速度が格段に上がってるようだ。


「キュオォォォォォォォオオンンンン!」


 怒りを増した黒竜は大きく翼を羽ばたかせ、猛スピードで俺に向かって突進してくる。そして鋭利な爪を振り回して俺の小さな身体を引き裂こうとするが、俺はその攻撃を易々やすやすかわし、蹴りを放つ。


 俺の蹴りはおよそ鶏の蹴りとは思えない程重く、鈍い音と共に正確に黒竜の腹部に命中すると、その巨大な身体を激しく揺さぶった。黒竜は痛みにもだえて咆哮を上げるが、勝利を確信した俺は決して退かない。剣や槍を持たない俺は、自らの拳と蹴り、そして勇気を武器に勇敢に立ち向かった。


 それからも闘いは激しく、長く続いた。


 黒竜は炎を吐き、爪を振り回し、長い尻尾で木々を薙ぎ払う。それでも俺は黒竜の攻撃を躱し、隙を突いて素早く蹴りを放つ。時には拳で痛烈な打撃を与え、硬く分厚い鱗を打ち砕いた。


「グゥ……グォウゥゥ……」

「そろそろ楽になってくれて良いからな!」


 黒竜の鳴き声からこの闘いの終わりが近い事を察した俺は、決定的な一撃を与えるために拳に力を溜めた。


「……これで最後だ!」


 俺は大きくジャンプすると、黒竜の顔面に渾身の力で拳を打ち込もうとした。

 しかし――


「……うっ……どうし……て……」


 俺の攻撃は届かなかった。

 突然、全身から力が抜けるような感覚が広がり、視界がかすんで俺の拳は空を切った。そのままバタリと地面に倒れ込む。


「な、何が……?」


 俺は呆然と立ち上がろうとしたが、身体が思うように動かない。敵が近付いてくるのが分かるが、力を振り絞っても立ち上がることができない。


 くそっ……!


 俺は心の中で叫びながら、地面に倒れる自分を受け入れざるを得なかった。攻撃が迫ってくるが、俺は身動きも取れず、瞼を閉じてただじっとその瞬間を待つしかなかったのである。


 だがしかし、その時だった。


「グゥオォォンン!」


 短い悲鳴を上げて黒竜がひるんだのが分かった。

 驚いて目を開けると、紅の閃光が辺りを照らしている。そしてその発光源は俺。俺の身体はあざやかな赤色の光に囲まれていたのだ。まるで魔法陣のように。


「つ、次から次へと何なん――」


 何が起きているのか分からない。

 だが、それが何かを考える間もなく、紅の閃光は俺を急速にみ込んでゆく。


 そして全身が赤色に染まった瞬間、三枝光芭の肉体は――消失した。

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