#09 葛島隆介の最後@キャンディ・ストラテジー




魅音さんを葬儀屋の車で迎えに行って……身内と仲の良かった人たちだけで弔った。

秋田の病院の先生に死亡診断書を貰う際に言われたことは。



『宮島魅音さんは、相当苦しかったはずです』



つまり、病院を抜け出したときには……すでに自分の身体のことをよく分かっていたのだと思う。



葬儀を終えて……魅音さんから手紙が届いたらしい。

美羽とシナモンちゃん、それにリオン姉のそれぞれに。




それから、一週間が過ぎた。




***




美羽が受け取った手紙には、魅音さんが使っていたノートパソコンのパスワードが記載されていた。




ソファに腰を落とした美羽は俺に手紙を見せてくれた。




その内容は……大好きすぎる妹に宛てたラブレターのようなものだった。やはり、秋田で美羽を罵倒ばとうした理由は、悲しませないための演技だったことが分かる。

でも、当事者の美羽はそれをきっかけに心の中で眠っていたトラウマが暴発してしまった。

魅音さんは、美羽が未だ過去を引きずっていることまで思いは及ばなかったんだろうな。それについて美羽はそれを怒っていないし、むしろ弱いままでいいと自己解決した。逆境に立って、むしろ成長したのだと思う。



いや、一日掛かりで慰めた俺を褒めて欲しい。

マジで。



それで、今、魅音さんのノートパソコンを持ってきて、美羽の部屋で肩を並べて眺めているところ。



「……魅音姉は何を見せたかったんだろう」

「すげえデータ量だな。まあ、怪しいデータを破棄してくれっていう感じではないな」

「……怪しいデータってなに?」

「あ、ああ、いや。ほら。たとえば」

「たとえば?」



エロいヤツ。それも二次元の。なんて言えねえだろ。

っていうか、それくらい悟れって。

藪蛇やぶへびだったな……しまった。



「に、日記とか。恥ずかしいだろ?」

「ふーん。エッチなヤツとか想像しちゃった」

「……ば、ばか言え。魅音さんに限ってそんなこと」



分かってるなら空気読めって。自爆しそうになった俺も悪いけど、俺が言っちまったら、まるで俺が持っているみたいな空気になるだろ。



「……あった」

「は? エロ画像?」

「ち、違うよ。ハル君の場合はそれ捨ててとは言わないけど、少しくらいあたしに」

「ん? 美羽がどうした?」

「ああ、なんでもない。それよりも、これ」




——移りゆく季節に車輪を漕いで【プロット】




ああ、ビンゴだわ。しかもワンドライブ——クラウド保存でバージョン履歴が見れるから、初期の草案までさかのぼれる。これはもしかして。



「それと、これ。ほら」

「原稿か。でも、なんで魅音さんはパクられたときに声を上げなかったんだろうな?」

「……まあ、色々あったからね」

「俺なら発狂してぶん殴りに行くかも」

「あたしも。でも魅音姉は……その時期落ちていたから……気力もなかったんだと思う」

「気持ちが落ちてってことか?」

「うん。書き終えて思い出しちゃったみたいで、しばらく部屋から出てこなかったの。それで出てきたと思ったら、病院に行くって」

「……そっか」

「それと、別の理由もあると思う。ほら、日記……読んじゃう?」

「……気が引けるけどな」




——そこには、当時の魅音さんの想いが綴られていた。なぜ、葛島隆介を糾弾しなかったのかも分かった。




妹たちに囲まれながらも、魅音さん自身は孤独だったんだろうな。

そう考えると、なんだかやるせなくなる。

双方向に気持ちが向かえばいいのに、紆余曲折うよきょくせつしてさ。

みんな優しすぎたんだろうな。



「まあ、とにかく。これがあれば隆介のパクリ疑惑に対して交戦はできるな」

「うん。あとは……どうやって吊るし上げるかだね」

「……普通にネットに上げるとか、週刊誌に売り込むとかじゃダメなのか?」

「吊るし上げられるけど……もっと派手にやりたい」

「……あっそ。俺は……なるべく静かにやったほうがいいような気がするけど」

「ただ復讐するだけじゃイヤ。魅音姉が報われない」

「じゃあ、どうする?」

「考えがあるの。ハル君手伝ってもらっていい?」



一番古いバージョンのデータから順に取り出して、コピーを作る。

数十にも及ぶデータを一つ一つ確認して、すべてをSSDに落とし込んだ。

それを、刊行されている『移りゆく季節に車輪を漕いで』のエピソードと照らし合わせて新旧表のように並べていく。



この作業はとてつもなく大変だった。けれど、美羽と俺、そしてシナモンちゃんの3人で交代でコピペをして打ち込んだ。

結果、分かったことは……名前と時系列をズラしただけのモロパクリだということが判明。

証拠はこれで十分だと思う。




本当に……隆介は浅はかだよな。




そうして、一ヶ月間もの間、三姉妹邸で作業を続けた。

配信は合間を見て行って、チャンネル登録者を増やしていき、キャンディストラテジーチャンネルは意味深にも、あくび丸の疑惑を匂わすような含みを入れたエピソードを配信。

クズンドラを崩壊寸前まで追い込んだのだから、キャンディストラテジーチャンネルの予告はまたたく間にネットに広がっていった。



まず手始めの作戦は、魅音さんの書いた『移りゆく季節に車輪を漕いで』のオリジナル版の朗読をパーティーライオットがする、という危険極まりないものだった。

ただし、ライブ配信ではんでしまったり、聞きにくいと言われてしまったりしたら元も子もないので、録画配信となった。

ちなみに、アフレコに掛かった時間は……なんと1週間。



そして、配信すると……大炎上した。



パクリじゃねえか、とか。

いやパクリだろ。とか。

パクりすぎ。とか。

罵詈雑言と誹謗中傷のオンパレード。

あくび丸に謝れとか。散々だった。チャンネル登録者も少し減った、と思ったらなぜか増えるという謎の現象を見ることができた。



「作戦どおりですね。ヴェロ姉、そろそろ炎上もいい感じになってきましたよ?」

「あたし達に興味ない人まで、配信見てくれているね」

「援助商法と言うのだろう?」

「リオン姉……それを言うなら炎上商法です」



謝罪マダー?



というネットの怒りの声を聞いて、まさか当の本人たちがほくそ笑んでいるなんて思ってもみないよな。事実は小説よりも奇なりというけど、俺だって画面の向こう側にいたら落胆していたと思う。



そして。



「キャンディ・ストラテジーチャンネルのキャンディちゃんにゃん! 今日は、予告通りあくび丸について暴露しちゃうぞ」



察しの良いユーザーは見当がついていたのだろうな。パーティー・ライオットは悪くない気がする、と書き込んでいたのはやはりキャンディの存在が大きいはず。





Now on air. Channel by「Candy strategy」


さて。みなさんは大きな話題を呼んだ、パーティー・ライオットの朗読配信を見たかにゃ?

うんうん。自分のお姉さん達のチャンネルだからって忖度そんたくしないからね?

まず、このデータを見て?

これは……パーティー・ライオットのみんなが朗読したパクリ小説にゃん。

うんうん。なに見づらい?

それはごめんにゃ。だって、膨大な量の設定とプロット、それに原稿だから一画面に収まりきらないの。

じゃあ、これはどう? 本家の『移りゆく季節に車輪を漕いで』の原稿とパクリ原稿を並べた表だけど、あらあら、ほぼ一緒ですにゃ。



一番初めに書かれたプロットの日付は……当然ながら本が世に出る相当前に書かれたことは分かるけど、これじゃあ、どっちが先に書かれたのか分からないにょー。

何かいい方法はないかにゃ?

ふむふむ。

おおーー。なんもないのかーい。

証明できんでしょ。



え?



なになに。音声データがある?

誰の? え? 今クズンドラの葛島隆介社長の音声データなんてどうでもいいでしょ?

誰が葛島隆介の話題に逃げろと……は?

み、みなさん……とんでもない事実が判明しました。



な、な、ななんと。この『移りゆく季節に車輪を漕いで』の作者あくび丸の正体が……葛島隆介であることが判明しました。

音声データを再生します……。



「は? 僕がパクった小説?」

「うん。ほら、タイトルなんだっけ?」

「『移りゆく季節に車輪を漕いで』だろうが。なんでそんなこと忘れんだよ。いや、今それ聞いてなんになる? 萌々香お前馬鹿なの?」

「名前…‥隆介くんはどうして名前をあくび丸にしたの?」

「あくびが出るほど眠い話だっからだ。そんなことよりも、もう一回しようぜ」



あら。あらあら。あらららら。これ、ボイチェンしなくて大丈夫?

ま、いっか。流出したのはおなじみの葛島隆介さんと大炎上声優の白井萌々香さんですにゃ。ちなみに流出元は白井萌々香にゃんなので……とつしないようにお願いね?

Q.E.Dでオッケー?



はい、ここでマジメな話するにょん?

聞いて?



この原作者は宮島魅音という人です。

先月亡くなりました。その理由は……この物語の子と同じやまいです。

彼女は彼氏がいました。とても優しく、まじめでいつも彼女を大切にしてくれる人。巡る季節にいつも互いに微笑み合うような。互いに支え合うような関係で、いつも互いを大切に思っていました。


はい。小説のネタバレになっちゃうからあまり……ですが、すみません。言います。


付き合い始めてちょうど1年が過ぎた頃。彼は——建設現場で作業従事中に鉄筋の下敷きとなってこの世を去りました。

これが、『移りゆく季節に車輪を漕いで』を書くきっかけとなった事件です。

毎日書いては机に突っ伏して泣き崩れ、それでも筆を取り、物語を完成させました。思い出の欠片、一つ一つを摘んで心のポケットにしまうみたいだ、と泣き顔で言っていたのを思い出します。



彼女は、彼の生きた証を、せめて生きた軌跡を——みんなの心の中で生きられるように、ある公募展に応募しました。

その主催者が……葛島のいた、ある広告代理店でした。



宮島魅音は小説だけではなく、その大切な思い出まで盗まれてしまいました。

でも、彼女は決して復讐を考えていませんでした。

それは……たとえ自分の名前で書籍化されなくても誰かの名前で出版されて、彼が生き続けることができるなら、と目をつむったのです。



これが、本当にあくびの出るようなつまらないお話でしょうか?

これが、本当にただのパクリのお話でしょうか?

皆さんに問います。



あなたは思い出を他の人に奪われて、平然と幸せに過ごせるのでしょうか?

あなたは、NTRされて、それでも黙っていられますか?




あたしは……絶対に許せません。

そして……誰かの気持ちを踏みにじるような人に……泣かされる人が一人でもいなくなるような世界に……なってくれたらって。




ごめんなさい。ちょっと止めます。





***





そのままフェードアウトして、配信は終了した。



「美羽……おいで。よくがんばったな」

「あ、あたし……もう……これ以上無理……うあぁぁぁぁん」

「ああ。十分伝わった」



余談だが、萌々香を利用したのは俺。

もし、あくび丸=葛島隆介だということが立証されて、かつパクったことを認めるような証言が取れたら、これ以上萌々香を責めない約束した。

当然、脅していない。

ただ、萌々香は糾弾きゅうだんされても構わないと言ったが、けれど俺のためならと引き受けてくれた。



捨て身で。



あいつの考えはイマイチ分からないけど、やってくれたことには感謝している。




***




翌日から一転、パーティー・ライオットの人気ぶち上げ。宮島魅音という名前がSNSのトレンド入り。瞬く間に同情と話題をかっさらい、テレビのニュースやワイドショーで取り上げられるほど注目を集めた。



当然ながら、葛島隆介は立場を失い、クズンドラは倒産——って声優が一人もいなくなったんだから当たり前だけどな。



それで、俺は今、あいつの家の前に来たわけ。

エントランス前に半ば強引に呼び出した。



「よお。隆介。元気かーーー?」

「……てめえ何しに……俺を笑いに来たのか?」

「お礼を……言おうと思って」

「は?」

「まず。お前がいなかったら俺は美羽と仲良くなれなかったし…‥ってほら、小学校のときお前が美羽をイジメていただろ。それを助けたから俺は美羽と信頼関係が築けたわけだ」

「……そんなの」

「関係あるさ。俺はあの頃から美羽のことが好きだった。だから、シチュエーションを作ってくれて感謝だよな」

「そんなことを言うために来たのかテメエ」

「ああ。あと、お前が萌々香をNTRしてくれたお陰で、今すげえ幸せだ。多分、萌々香と付き合ったままだったら……あいつらと仲良くなれなかった気がするわ」

「萌々香……ふん。寝取られた分際で何いってんだよ。僕を恨めよ。お前の彼女寝取ったんだぞ?」

「そうだな。確かにショックだったけど、今となってはそれも思い出だからな。な、美羽」



建物の陰からひょっこりと現れて、俺の腕にしがみつく。シナリオどおりだ。



「あたし……実は……」

「……ん? 待て。シナリオどおりじゃねえのかよ」

「いいから。あたしね……実は、あたしの正体はキャンディちゃん」

「は? な、なんだと……てめえのせいで……ッ!! じゃあ、僕がこんなに落ちぶれたのもお前のせいなのか……?」

「うん。これはね……あたしとハル君の復讐譚。どう? イジメられた気分は?」

「……絶対に許さねえからな」

「それで結構です。もうあなたには会うこともないでしょうし。はい。では、そろそろ退散しますかっ。ね、ハル君」

「お、おお……」



それから、すぐに警察が来て……久米姉妹の件により、隆介は俺たちの目の前で逮捕された。

それがニュース速報になるほどだから、やばいよな……。



萌々香は……捨て身の証言取りをしたものの、当然ながら隆介と同罪だとネットで叩かれまくって声優は引退。芸能活動はできるはずもなく、就職もできないらしい。

俺と同じ、バイト生活だよな……。




でも、強メンタルでまったく凹んでいないとか。

憎まれっ子世にはばかるじゃねえけど、アイツすげえと思うよ……。



つづく。




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