#08 雪解けは遠く。笑顔のままで。




インターホンを押した後、玄関前で居座る作戦。そして、堂々と寒さ凌ぎに買ってきたコンビニおでんを食べて酒を飲み始める……マテ。



「酒なんか飲んで……いいのか?」

「ええ。ハルさんもいっぱいどうぞ。ほら、紙コップ買ってきましたし」

「ああ、これはこれは。シナモンちゃんいただきます……っておい」

「飲み過ぎちゃダメですお~~~~~ふぁッ!? こ、このお酒はッ!?」

「はははッ!! それはウォッカだぞ。ヴェロニカ吐くまで飲め」



……意味分からん。人様の玄関先で飲み会するとか。それに雪がチラついてるんですけど。

ここはシベリアかよって。ウォッカ飲んで暖を取っている場合じゃねえぞ。



「「「かんぱーーーーーいッ!!」」」

「……かんぱい」



うああ……空きっ腹にヤバいほどみるぅぅぅぅぅ!!



って、あれ。確かシナモンちゃんとリオン姉、魅音さんの両親って酒乱で暴れていたって……。それで魅音さんは酒が大嫌いって、前にどこかで聞いたような気がするんだよな。



ガラガラガラって玄関の引き戸が開いて……うげッ!!



鬼の形相の魅音さんがにらみつけている……これは絶対に怒っている顔だ。

やばいやばいやばい。

殺気というべきか、試合前の格闘家のようなオーラを纏っているよね?

殺す気でいるよね!?!?



凜音りおん紫音しおん……それから美羽も……そこに正座なさいッ!!!」

「「「は、はいッ!!!」」」




こ、怖ぇぇぇぇ!! 魅音さんの響く声だけで気圧けおされてひっくり返りそうになった。

マジかよ。七家さんどころの威圧感じゃないぞ。

本当に格闘家だったんだって、これなら信じる……。



「お酒なんか飲んでダメじゃないのッ!! そんなもの飲んだら人生終わるし、悲しみを増やすだけなのッ!! なにを考えて……」

「やっと出てきてくれたね。魅音姉」

「こうでもしないとちゃんと向き合ってくれないと思いました。作戦成功ですねっ!」

「魅音姉さん、中に入れてくれるよな?」



逆にトラウマを利用して魅音さんをおびき寄せるとか。さすがとしか言いようがない。

いや、なんなのよ。この姉妹。



古民家の中はリフォームされていて、まるで和カフェみたいな雰囲気だな。

宮島姉妹が好きそうなおもむきだわな。



「それで……魅音姉さんは男と暮らしたいがために移住したと?」

「そう。だからもうあなた達にはお世話にならないの。いい? 分かったら」

「イヤ。あたし、やっぱり魅音姉は嘘ついているとしか思えない」

「はぁ~~。美羽。いい? 私は独りになりたいの。だから分かって?」

「ほら、魅音姉は男と暮らすなんて嘘じゃないですか。だって独りになりたいなんて」

「それはね、言葉の綾だから——」

「ねえ、魅音姉はそんなに死に顔が見られたくない?」



お前は……ざっくばらん過ぎだろうが。

もうちょっとオブラートに包むとか、柔らかく比喩で隠すとかしろよ。



「うん。だって死ぬときはすっぴんでしょ」

「あはは、言えてる」

「魅音姉はすっぴんでもキレイだから問題ないです」

「私なんて化粧したことは……あまりないぞ?」



いやいや。リオン姉はすっぴんでも十分お綺麗なので。

ってそうじゃなくて。魅音さんに少しは気を使えよ。

聞いているこっちがヒヤヒヤするっつうの。



「あたしも見たくない。だから見ない」

「……ええ。それでいいわ」

「でも、魅音姉が死ぬまで、あたしは刻みたい。その顔も声も、言葉も。最後まで魅音姉が生きた証を……受け止めさせてよ。どんな仕打ちを受けたって、あたしは……魅音姉を嫌いになんてなれない。だから……突然いなくなっちゃダメだって。覚悟が決まらないよ」

「……ふぅ。みんなさ……もっと気を使いなさい。なんで私が死ぬ前提なのよ」

「あはは。確かに。魅音姉って当分死にそうにないし。なんならあと50年近く生きるんじゃないの?」

「ふむ。そうだな。50年ほどは生きてもらわねば困るな」

「そういうこと。死なない人間なんていないから。あたし達が死んじゃうかもしれないんだよ? もしかしたら、帰路につく途中で事故に遭って全員死んじゃうかもよ? 独り残された魅音姉は耐えきれるの? もっとちゃんと言葉を交わせばよかったって後悔しない?」



不吉なこと言うなよな。いや、言っていることは正論だけど。

だけど、俺が言ったこと採用してくれて嬉しいぞ。

死なない人間はいない。だから、今、この瞬間に顔を合わせているのが最期のシーンになってしまうかもしれないって。



「……最期の?」

「魅音姉は……お父さんとお母さんと離れたときのように、なんの感情もなくお別れしたかったのですよね?」

「……」

「それって、無理があると思うんです。だって、地盤がもう固まっていて、魅音姉を嫌いになることなんてできないですし」

「そうだな。魅音姉……私たちは家族だろ。なんで勝手に出ていったりするんだ?」

「うん。そうだよ。だからもう帰ろうとは言わないから……。だからまた来ていい?」



魅音さんは何も言わずにコクリと頷いた。

口を強く引き結んで……瞳にいっぱいの涙をたたえて。



そして。



「ごめんね……私が間違ってい……たのかもしれない。やっぱり、あなた達のこと……大好きだから。ごめん。いなくなって——ごめん」



そう吐き出して泣いた。

魅音さんも気丈に見えて、本当は心はズタズタで死の恐怖と戦っていてそれを悟られまいと、もがいていたんだろうな。

魅音さんは幼少の頃から妹を守り抜いてきたから、弱みを見せることができなかった。美羽と同じかそれ以上に強がりなんだと思う。



でも、怖いものは怖いよ。



人間なんだから当たり前だって。

もっとみんな素直になればいいのに、なんて俺が言うと空気がおかしくなるから黙るけどさ。



しばらく滞在することになって、3日ほどお世話になった。

あの男は結局、彼氏でもなんでもなく不動産屋を捕まえて協力してもらったとか。絶対に魅音さんに惚れたんだよなって美羽たちと話して笑った。



魅音さんは本当に優しい人で、有意義な時間を過ごせたと思う。

ここは……ゆったりとした時間が流れていて、彼女たちが施設にいたころの話を面白可笑しく教えてくれた。

こんなに笑ったのは、本当に久しぶりだったと思う。

美羽も、シナモンちゃんも、リオン姉も。




魅音さんも。




とにかく笑った。腹がよじれるほど。





こんな家族……いいなって純粋に思った。





そうして……俺たちが帰宅して……2日過ぎたのち。








魅音さんは静かに息を引き取った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る