#07 等身大で剥き出しの心@強がりのヴェロニカEND
つまるところヴェロニカの話をまとめると……魅音さんは男と一緒に暮らすために病院を抜け出して秋田に飛んだということになる。しかも、自分の生活を邪魔されたくないがゆえにヴェロニカとリオン姉、シナモンを邪険にして『会いに来るな』と言い放った、と。
「俺が会ったのは一度きりだし、魅音さんのことあまり分かんねえからなんとも言えないけど、会いに来るなって言われて、はいそうですか、なんて引き下がるようなヴェロニー達じゃないだろ?」
予想に反して三人とも無言。いやぁ……ごめん。俺、ちょっとよく分かんない。
もっとも、「会いに行くぞッ!!」とか「魅音姉の本心聞くまでは黙ってらんないぜー」的な言葉を期待したんだけど。
「……そっかぁ。魅音姉さんが男……ですか。そっとしておいたほうがいいのでしょうか」
「傷が癒えたってことなら、そうだろうな」
「……あたしは……ツライよ。だって……あたし、あたし……また捨てられて……うわぁぁぁぁぁぁん」
もうさっきからこの繰り返し。ヴェロニカは口を開くたびに泣きじゃくって、シナモンちゃんとリオン姉が慰めるパターン。
確かに、ヴェロニカの生い立ちから現在に至るまでの境遇を考えると……すげえと思うよ。心に深い傷を負っていると思っていたから、彼女にトラウマがあったとしても驚かなかった。
だけど、彼女はそんな弱みを決して見せなかった。
リオン姉にも、シナモンちゃんにも。きっと、魅音さんにも。
信頼されてきた人に——たとえ演技だとしても——心無い辛辣な言葉をぶつけられたら……。
だが、客観的に見れば魅音さんの方が深刻かもしれない。
だって、すぐそこに迫りくる死に、それを不可避状態の人の心に余裕なんてあると思う?
その結果が美羽たち姉妹を近づけないことなんだろうな。
俺が同じ立場だったら……って想像もつかねえや。
「なあ、俺が言うのもおかしいかもだけど。姉妹同士一度会いに行ったらどうなんだ?」
「……もしかしたら、魅音姉さんは私たちに嫌われたいと思っているのかもな」
「それはわたしも思いました。嫌われ者ならば失っても……悲しくない、とか魅音姉さんは考えているのかもですし」
「両親のように、だろうな」
「ええ。ああいう別れ方をすれば微塵も悲しさや切なさはありませんから。魅音姉は……おそらくわたし達に心配掛けまいと……」
「……馬鹿だな。魅音姉さんは」
「……あのな。ちょっといいか。俺から言わしてもらうと」
この姉妹はやっぱりズレている気がする。俺のオタクとしてのラノベ読書経験からしたら……いや、そんな経験は浅はかで申し訳無さすぎるんだが。なんの苦労もしてこなかった俺が言うのはちょっと、
「嫌われて失ったら……それだけ傷はデカイぞ? なんでもっと仲良くできなかったんだろうとか、せめて最後にわだかまりを消したかったとか。それに……こう言っちゃなんだが……本当に男と暮らすだけのちっぽけな幸せを魅音さんは求めていたのか? 本当は魅音さんこそ会いたがっているんじゃねえのかな」
「……」
「とにかく……魅音さんに忖度なんてせずに、妹なんだからもっと甘えろってこと。いいから会いに行ってこいって」
「あたしは……いいや……だって会いたくないだろうし」
なんでコイツは弱っちくなってんだよ。
そんなヴェロニカは見たくない。
「残念ながら美羽の気持ちを俺は分かってやれない。けれど、後押しくらいはしてやる。いいか、よく聞け。今、会わなかったら絶対に後悔する。もし、だ。もしも美羽が転校してから俺がこの世を去っていたら、美羽はどうなっていた?」
「え……そんな。考えたこともなかった。だって……ハル君は絶対に会えるんだって信じていたし」
「それでも人は簡単にいなくなる。それは美羽がよく知っているんじゃないのか?」
ちょっと言い過ぎたか。でも悪く思うなよ。
「……うん」
「なら、会えるうちに会え。シナモンちゃんもリオン姉も。相手を気遣っている余裕なんて本当はないんだろ?」
「「……」」
本当に振り回されっぱなしの1日だな。
***
で、翌日……結果的に秋田まで会いに来たのはいいが。
なんで俺まで道連れにされなきゃいけないのか。
古民家の前で
庭が広すぎるわ。門扉から結構歩くぞコレ。
意外にもセキュリティが高いな。防犯カメラが多い。
見た目は古ぼけているけど、中身はハイテクだな。
魅音さんは出てきてくれなかった。何回ドアベルを押し込んでも、呼んでも叫んでも姿を見せてくれなかった。
それもそのはずで……。
「な、なあ……この古民家……入居者募集中ってなっているけど?」
玄関に貼り付けられた不動産屋のチラシ。
「魅音姉ははじめから追いかけてくることを見越して……」
「ダミー住居、か。ということは魅音姉さんはここにはいないだろうな」
「ひどいです……せっかく来たのに」
向こうから誰かの足音。
古民家の陰に停まっていた軽自動車からスーツ姿の男が降りてきた。
「ああああッ!! あなたは魅音姉の彼氏!!」
「え、ああ!! あのときの」
「魅音姉はどこにいるんですか?? 教えて下さいッ!!」
いやいやいや。待って。その人……不動産屋だから。
軽自動車のドアに不動産屋の名前書いてあるじゃん。
話を聞くと、昨日美羽がここに来たとき、彼氏のフリをしてくれって魅音さんに頼まれていたらしい。
あらかじめ、魅音さんと美羽が一緒に着く時間を逆算していて、その時間に待ち合わせしていたらしく、すべて魅音さんの計算通りだったと。
「契約するはずだったんですけど、やっぱりいいって」
「そうですか……」
「他の、どこかを借りたとか、そういうことはないのですか?」
「個人情報なので、教えられません……すみませんお力になれなくて」
シナモンちゃんがかぶりを振った。
この人にこれ以上訊いても仕方がないことなのだろうし。
見つからないのだから諦めて帰るという話になって。
駅に戻ってきたわけで……いや違うな。
「で……よくよく考えたら、これまた俺たちは一杯食わされたわけだな」
「そうですね。冷静を欠いたわたし達の敗北ですね」
「……ごめん。あたしも泣いてばっかりで」
「ハル殿……分かるように説明してくれないか?」
小さな駅舎のベンチに並んで座って、缶コーヒーをぐいっと。
もう寒いのなんのって。東京とは比べ物になんねえくらい寒い。
雪積もっているし。
「つまり、あの防犯カメラでわたし達が来ることを見越していて、あの男はあらかじめ車で待機していたんです。玄関には入居者募集のチラシを貼って」
「それで、魅音姉は沈黙して、あの男に対応させたってわけ。不動産屋の名前の入った軽自動車に乗って待機していれば誰だって、不動産屋社員が賃貸住居に用事があって来たんだって思うでしょ」
そこまでして会いたくないとか。
なんなんだろうな。
これは意地の張り合いなのでは……。
「ヴェロニー……大丈夫か?」
「……全然ダメ。胸が張り裂けそう。だから、えいっ!」
く、くっつくんじゃねぇぇぇぇッ!!
傷ついた顔してるくせに、無理に見せかけ元気でいつものフリすんなって。
「聞いていいか? 美羽は……仮面を被っていたのか?」
「……ううん」
「嘘つくなって。なんでいい加減、弱みを見せないかなー。俺なんて傷だらけでお前に慰められてここまで生き永らえているっていうのに」
「……あ、あたしはいつでもあたしだもん。仮面なんて」
「俺にも……弱みを見せて欲しい。年末に地元帰ったとき……俺、正直落胆したんだ」
「え……?」
「だって、美羽の実家の跡地を見たとき、俺が今度は慰める番だって思ったのに、お前はどこまでも強くて。逆に俺を慰めるくらいに……俺は、美羽を……守りたいし、力になりたい。俺にもカッコつけさせてくれよ……」
くそ……すげえカッコ悪ぃじゃねえかよ。
「リオン姉、ちょっと寒いからコンビニおでん買いたいので付き合ってください」
「お、おお。わ、私もちょうど食べたかったしな。いいぞ」
俺も食いたい……けどグッと我慢して。
気を使わせてすまない。あとで何かご馳走するから……。
金はないけど。
美羽の手の甲に自分の手を重ねて。
「……ごめんね……ハル君。そうだね。弱み……強がっているのがあたしの弱みなのかもね。あたし……本当は、いつも怖くて、切なくて。起きたらみんないなくなっちゃうんじゃないかって。だから、一人で寝るのも怖くて」
「……え?」
「シナモンやリオン姉がいなくなるなんてことは絶対にないって思ってた。ハル君はいつも温かくて手を伸ばせば届くところにいるんだって。魅音姉は……病院にいるけど、面会に行けばいつも笑顔で、やさしくて。いつまでもこんな幸せな時間が続くものだと思っていたの」
「……」
「でも、きっと——いつかはいなくなっちゃう。それを考えたらやっぱり怖くて。強いフリしていたんだろって言われれば、多分そう。ハル君に甘えちゃうまでは、夜は布団にしがみついてなんとか寝ていたの。それでもすぐに目が覚めちゃうし、怖くてシナモンとかリオン姉の寝ているベッドの様子とか見に行って。あたしって痛い子で、メンヘラでしょ?」
「……そうかもな」
「ひ、ひどい。否定しなさいよっ!!」
「でも、俺だって同じだし、いなくなるのが怖いっていう気持ちは……いや、美羽のような地獄は見ていないけど……っていってもNTRだから、説得力あんまりないかもだけど。だから、今回、美羽とお別れしないとって思ったら、本当に——心にぽっかり穴が空いたっていうか」
「ごめん」
「いや。こうして元に戻れたから。俺はそれでいい」
美羽は……強くなんかなかったんだ。必死にもがいて明るいフリをして。
両親に置き去りにされた夜を今でも恐れていて。
だから寝るときは俺に甘えて……。
シナモンちゃんやリオン姉にくっつくことはできなかったから……。
いや、俺はいいのかって話は置いておいて。
「俺……だけは絶対にいなくならない。約束する。美羽の前から姿を消すようなことはしない。ずっと一緒に、いるから……だから、安心して魅音さんに会えよ。もし失ったらその分俺がその穴を埋める。悲しい思いをしたら俺が一緒に泣いてやる。だから、そんな顔するなって」
「ちがうよ……そういうんじゃないって。だって、ハルぐんが……ハルぐんありがどう。こ、これは嬉し泣きだから」
「だから、そういうとこだぞ。泣きたいときは泣けって。悲しいときは目一杯、声を出して泣けって」
「……うん」
仕方ねえな。美羽を引き寄せてハグして。背中を優しくポンポンって叩いてやる。
「お前が幸せなら俺も幸せだ。俺は……」
「……うん」
「俺は……美羽と一緒にいられて」
——幸せだ。だから。
泣くなって。俺まで……涙出るだろ。
それと、お前の気持ち……ずっと分かってやれなくて……。
ごめんな。
「うぁぁぁぁん。ハルぐんのばがぁぁぁぁ」
「なんで怒られるんだよ。ばかっ!!」
こっちをガン見していた小学生が若干引き気味で通り過ぎていったが、美羽は構わず泣いた。
俺も……
でも、俺の知らないところで美羽は俺を頼ってくれていたんだな。
くっついてくれて、ありがとうな。
こんな俺でも、美羽の役に立っていたなんて。
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