#17 勝って——負けた春輔とヴェロニカ



「ちょっと待て。大食いじゃなくて早食いなんだな?」

「当たり前だろ。食いきれない食べ物を頼むのは環境に悪い。それよりも食いきれる量をいかに早く食べられるかを競うほうが合理的だろ?」

「隆介君も……少食だからね」

「萌々香……余計なことを言うなッ!!」



勝負は簡単。



俺と隆介が『特大激ウマハワイアンバーガー』を食して、それと同時に、ヴェロニカと萌々香がマイナス40度のツブツブアイスを同時に食べる。最後に、特大ピザを二人で食べて、すべて食べ終わったほうが勝ち。

ちなみに、バーガーとアイスを食べ終えた時点でピザをようやく食べ始められる。



「……くだらねえ。こんなの勝ったからって何になる?」

「勝ったほうが相手の女を貰う」

「ああ、俺もういらねーので他の条件で」

「は? ハル君、みんなの前だからって照れないでいいのよ? これはあたしをもう一度手に入れられるチャンスじゃない」

「……えっと」

「はいはい。勝ったほうはなにもなし。負けた方は土下座+日本一のウォータースライダーに乗って、撮られた写真を相手に渡すってのでどう?」

「いいだろう。後悔するなよ?」

「ちょ、ちょっと……あ、あたし高所恐怖症なのに」



俺は土下座もスライダーもなんの罰ゲームではないけど……え?

ヴェロニカ震えてんじゃん。怖いのかよ。

えええええ。

それ以上に隆介と萌々香は震え上がってるじゃん。

バカなの?

こいつらバカなのか?



「お、恐ろしいことを思いつきますね……ヴェロ姉」

「まったくだ。あの巨大な流しそうめんで滑るとは……人間のすることじゃなかろう。負けるなよヴェロニカ」

「が、がんばる……」



……い、いやぁ。スライダーって楽しんで乗るものじゃないかなーって思うんだけど。



まずは特大激ウマハワイアンバーガーを二つ買って、と。

アイスも買ってきて。よし。準備オッケー。



「スライダーに乗ってもらうぞ。春輔……泣くなよ?」

「ごめんね……ハル君。でも勝負だからね」

「そっちこそ。負けても泣かないでよ?」



いや……なんかズレてね?



「両者とも準備はいいですか〜〜? いきますよっ! よ〜〜い、ど〜〜〜ん」



まずは、このバーガーをどうやって……うっぷ。気持ち悪いなぁ。胃のムカつきに併せて、さっきの流れるプールで消耗しちまったから余計に食えんぞ。



隆介は……えええ。凄まじい勢いで食ってるじゃん。負けるわけにいかねえ。



「い、痛いッ!! こ、このアイス……く、唇に張り付くッッ!?」

「ふ。だっさいわね学習帳……乾いた唇で食べるからよ。あたしのように潤いのあるぷっくら唇なら——痛ッ! な、なんなのこのアイスーーーーッ!! し、舌が焼けるーーーーッ!!」



い、いや。大げさすぎ。俺も食ったことあるけど、その刺激が美味いんだと思うんだが。

まあ、萌々香は打たれ弱いからな。魚の骨が口に当たっただけで救急車騒ぎするし。



それよりも、目の前のバーガーだ。こいつを……そうか何もバンズとパティを一緒に食う必要はないんだ。バラせば早くないか?



「くッ……トマトとチーズは食えん……ま、まさか僕のキライなモノのオンパレードだったとは……しかし、負けるわけには……う、うわぁぁぁ、このトマト酸っぱいぞ」

「りゅ、隆介君、がんばって食べないと」

「うぅ……チーズがく、臭いッ!!」

「……チッ。ガキかよ」

「な、なにか言ったか萌々香ッ!?」

「な、なんでもないよ〜〜ほら、がんばって隆介君っ!」



俺も……二日酔いでなければこんなもの……うがッ!! 一口食っただけで胸がムカムカする……。しかし、食わなければ……うがぁぁぁぁッ!!



「は、早く食べようとすればするほど……く、口の中が大変なことに。でも、ハル君のために。ハル君にこれ以上屈辱を与えるわけにはッ!! い、いたーーーーいっ」

「ま、まあ。無理しなくても。負けても別に土下座とスライダーだろ? 大したこ——」

「ダメ、絶対ダメなのーーーっ!! ハル君がんばろっ!! あたしもこれくらい」



うわあああ。ヴェロニカのやつ……そんなにアイス掻き込んだら……?

このアイスはゆっくり食わないと本気で……。



「の、喉が……喉が……」

「ヴェロ姉ッ!!」

「ヴェロニカッ!!」



……まあ、死ぬことはないけど辛いだろ。萌々香なんて涙目で食べて嗚咽まで上げてるからね? 作っている人に全力で土下座してほしい。

普通、美味しく頂くものだからね?



「うぅ……痛いよぉ。こ、こんなに痛いなんて……うぅ。張り付くぅ」

「アホだ……絶対にアホだ……」



この企画自体……破綻してないか? 誰一人としてまともに食べられるヤツがいねえよ。

仕方ねえな。



「ヴェロニー、聞け。混ぜろ。とにかく混ぜろ。で、スプーンを持ち上げてなるべく早く溶かすんだ」

「な、なるほど。盲点だった。ありがとうハル君っ!! 愛してるっ♪」



いえいえどう致しまし……て? 愛してる?

俺、愛されてるの?

えっと……。

が、がんばらなきゃ!!

たとえそれが家族愛だとしても!!



「おぉぉぉぉハル殿!! 勢いを上げたな。さすが私の見込んだ男なだけある」

「へぇ。リオン姉もハルさんのこと?」

「ああ。なかなか芯の通った男だ。私も付き合うとしたらハル殿のような男だと思っている」

「……リオン姉って、もしかしてハルさんのこと好き?」

「ああ。好きだぞ」

「リオン姉もか……ふぅ」



ん?



……爆弾発言が聞こえたような。

気のせいか?

って配信止めてるし。



しどろもどろで、撮影が成り立たないんだろうな。

きっと、『お見苦しいために割愛させていただきます』とかってテロップ入ってるんだろうな。



「よし、残り2口くらいだ……気持ち悪いけど……味はすげえ美味い」

「あたしも……もう少しで…‥」



よし食い終わったーーーっ!!

ヴェロニカも終わったみたいだ。



「そして、このピザを……食えば? は? デカすぎじゃね?」

「……あたし一切れで無理っぽい」

「だよなー。ヴェロニーは少食だからなー。うんうん。俺もバーガーで割と腹いっぱいだわ」

「「……」」



横見たら……隆介と萌々香も……食い終わってねえし。

隆介に関しては、チーズ一切れとにらめっこしてやがる。

萌々香……お前はもう諦めろ。



「よし、一切れ行くぞ」

「う、うん」



はい〜〜〜一切れ目で限界来ました〜〜〜。

大食い大会でもなんでもないのに、まさか食えない事態に陥るとか。



「ハルきゅん……あたし……ごめん。あたしも一切れで無理」

「……ヴェロニーは見てろ。俺がなんとか平らげるッ!!」



バイトで食材を無駄にしないために、賄いを食い尽くしたときに比べれば、こんなものッ!!



「す、すごい。リオン姉、配信再開して。おぉ〜〜〜我らがゲスト、フガシ・エナジーマンが怒涛の追い上げ。しゅごい。リオン姉、フガシさんが両手にピッツァを持って頬張っていましゅ!!」

「フガシ殿、男だな。食えないヴェロニカに負担を掛けまいと……やはり私の見込んだヤツなだけはある」

「リオン姉、コメントがッ!!」

「うむ。絶賛の嵐だ。フガシは初め不甲斐ないキャラだと思っていたら、やるじゃないの。フガシがんばれ。フガシぶっ殺す? フガシヴェロニーの隣の席は俺のもの? フガシを特定しろ?」

「あらら。別の方に感情が向いてますね」



はい、俺そんなこと悠長に聞いている余裕なし。もう今にも吐きそう。

でも、あと一切れ……こいつを食えば。



な、なに? 隆介と萌々香が追い上げてきてるだと……!?

チーズが食えないんじゃなかったのか?



「な、なんでバーガーのチーズは食べられないのに、ピザは大丈夫なのよッ!?」

「ピザは野菜だ。チーズなど入っていない」

「はいはい。欧米的な自己暗示して隆介君すごいですね。ほら、がんばって食べて」

「萌々香〜〜〜お前も食べろッ!!」

「……あたしピザは好物だけど……マルゲリータが苦手で」



ああ、うんうん分かる。ピザって色んな種類あるもんな。ペスカトーレとかクアトロ・フォルマッジとか。マリナーラとかさ。

マルゲリータだけ苦手な人も……え? いる?

マルゲリータって代表格じゃね?

それでピザ好物って胸張って言える?



「やべえ。隆介がすごい勢いで……」

「ハ、ハル君、あと一切れ……」

「その一切れが入らねえ……」



ん。ヴェロニカが一切れを半分に千切って……食べたッ!?

げ、限界じゃなかったのか。クソッ!!

クソクソクソッ!!

ヴェロニカに無理させた俺はバカだッ!!


「お前の負けだ……春輔」

「ごめんね〜〜〜ハル君」



うぉ〜〜〜最後の一切れモグモグしてるじゃねえか。

クソッ!!

一か八か!!



半切れを口に放り込んで、ある程度咀嚼すれば……ごくり。



「飲み込んだぞーーーーッ!!」



これもヴェロニカが半分食べてくれたからだ。



「は〜〜〜い。コンペートー・クサレ1号・2号さんの負けです〜〜〜」

「なッ!? う、嘘だろ。だって」

「フガシ・エナジーマンさんのほうが早く飲み込みました。よって〜〜〜ヴェロ姉&フガシさんチームの勝利〜〜〜パチパチパチ」

「うん、よくやったなフガシ殿」



勝って……負けた。気持ち悪い。こんなこと二度としねえからな。



「ほら、土下座。土下座だよ〜〜〜クズ島さん。萌々香さん?」

「うぅ……こ、この僕がど、土下座など……」

「もう、サイテーッ!! なんで、あ、あたしが……」



……まあ、許してやれよ。って思うんだが。

土下座をする意味がわからんって。



「いいよ。土下座なんてみっともないだろ」

「ハル君……いいの? 土下座くらいじゃNTRの借りは返して貰えないけどさ……」

「まあ。むしろ土下座じゃなにも解決しないだろ。こんな無理やりじゃ」

「……確かにハルさんの言うことも一理ありますね。心のこもっていない土下座なんて見るに耐えないですし」

「優越感などハル殿にはいらんのだろうな。うむ。男だな」



いや……そんな大それたものじゃないけど。

もう、本当に吹っ切れているっていうか。

こうして、ヴェロニカやシナモンちゃん、リオン姉が俺の周りにいるだけで幸せっていうかさ。



「ふ。あとで後悔しても土下座はしないぞ?」

「なんで偉そうなのよ。本当なら、こんな罰ゲームじゃなくて誠心誠意を見せて土下座するのが筋ってもんでしょうが」

「……ヴェロニカやめておけ。それよりも、もう一つの罰ゲームはやってもらうのだろう?」

「そうですよ。ビックハワイに乗ってもらわないと」

「ひ……そっちも勘弁してよ……ハル君?」

「それは楽しいから乗ってみてもいいじゃないか?」



爽快だろうな。俺も食い過ぎじゃなければ乗りたい所だが。

あ、待てよ。落ちるのか。

落ちるとしたら、レズニーランドの悲劇が繰り返されるとしたら。



「隆介、萌々香。ちょっとどんな感じなのかみたい。人柱になってくれ」

「「ひっーーーーーッッッ!?」」




ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁか、滑走中に溺れるぞぉぉぉぉッ!!



まず隆介撃沈。落ちたところで溺れて監視員に助けられるとか。

見ていた子どもに爆笑されてるし。大人は白い目で見てる。

カッコ悪いな……。



きゃぁぁぁぁぁぁ無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理むりぃぃぃッ!!



次に萌々香撃沈。あれ、子どもの目を親が塞いでる?

あれれ。ポロりしてるじゃん。そ、そんなに激しいスライダーじゃないだろ。

どんな暴れ方したらそうなるんだよ。

女性の監視員が迷惑そうに探しに言ったぞ。水着。



「ハ、ハル君見ちゃダメだからねッ!」

「見ない見ない」

「そ、そんなに見たいなら……あたしが…‥」

「ば、ばかっ!! なに言ってんだ」

「ヴェロ姉……はしたない」

「そうだぞ。そういうのは帰ってからしろ」

「い、いや帰ってからもすんなってッ!!」




……こいつら……案外お似合いなんじゃないかってNTRした立場から言うのも変だけど……思っちまったよ……。




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