第26話 オウメ

「斬鉄剣!」

 頭から一刀両断された機蟲がどおんと音をたてて地面へ落ちる。ヨノは枝に飛び移るともう一匹のウマノオバチ型機蟲に飛びかかり、横一線にその首を刎ねた。

「ヨノさん、カッコイイ! あのセリフ言って!」

「……また、つまらぬ物を斬ってしまった」

「ナイス五右衛門!」

 後部座席のミズキが歓声をあげた。さっきからずっとこの調子である。大の大人が揃いも揃って何をしているんだ。飽きる様子はまるでなく、バイクを運転しながら飛び回るヨノを追いかけるがその速度が減速することはない。

「まだまだ行くぞ! 百人斬り!」

「いよ! 背中がカブトムシの腹みたい!」

「ちょっとぉ! そっちトウキョウ方面じゃないんだけど!! 全然違う方向なんですけれど!!」


 トウキョウへの帰路、対機蟲用に開発された日本刀を試し斬りがしたいとヨノが言い出し、二つ返事でミズキがOKをだした。碌なことにならないと分かっていても、二人とも一応大人だし、最低限は弁えるだろうと信じていた。その結果がこれである。「ハヤクモみたいに鎌を振り回してみたかった」とヨノは初めて木刀を手にした子供のごとく、喜び勇んで日本刀を振り回して機蟲が目につけば風のようにかけていく。ミズキはミズキで調子に乗るヨノをさらに煽りたて火に油を注ぐ。その上「新種発見かも! あっち! アラタ君、進路変更進路変更!」とバイクを運転する俺の背後で騒ぎまくる。

 半日で着くはずのトウキョウは日が暮れてもまだまだ程遠く、何度も進路変更を余儀なくされた結果、大きく迂回する羽目になり電子マップが現在地をオクタマと示していた。どうしてこうなった。

「ねぇ! かなり遠回りしているけれど! そろそろ残りのガソリン量とか手持ちの食料のことを考えて行動するべきだと思うけれど!」

 いい加減引き止めようと大声をあげると、ヨノは振り向き口を尖らせた。

「細かいこと言うな、我が弟子。もっと人生を楽しめ」

「そうそう。アラタ君、真面目すぎ。もっと大らかな心をもとうよ」

「あんたら二人が自由すぎるんだよ!!」

 出発前、ハヤクモがガソリンを積めるだけ積んでおけと言っていた理由が分かった。彼は帰り道にこうなると知っていたのだ。どうして分かっていて止めないのだ。どうしてヨノをグンマに向かわせた。

 そもそも組み合わせが悪いのだ。一人でも手に負えないのに、子供のまま成長した人間が二人になったら足し算で終わる訳がない。最悪と最悪の二乗がけである。ハヤクモはどうやってこの二人を御していたのか謎だ。

 あの斬鉄剣(仮)には開発にものすごくお金がかかっているとミズキは言っていたが、それをそんな適当に振り回していいのか。楽しげに「八十体目!」とヨノが言っているが、もう試し斬りの範疇を超えているのでは。

 依頼主であるハヤクモが振るう前に折れたら大変なことになるのではと刀身を見たら、ヒビが入っているのが見えた。

 あっと思った時は遅かった。ウマノオバチ型機蟲の胸部を一刀両断した瞬間、折れた。根本からポッキリと。

 折れた刃はぐるぐる回り、近くにいた俺の頬をかすめ背後の木にぶっ刺さった。

 ヨノは折れて柄だけとなった日本刀に顔をしかめた。

「百体斬れないとかポンコツか?」

「計算上はウマノオバチなら百五十匹はいける予定だったんだけれどねぇ。やっぱ実践あるのみだなぁ。アラタ君、その刀身回収お願いね」

 頬からドクドクと血が流れ出るのを無視して手持ちの甘露を確認する。

 休み休み行けば機蟲形態になってトウキョウまで飛んで帰ることはできるだろう。いざとなったらこの二人は捨ておいて一人で帰ろう。そうしよう。

 心から誓った。



「いやあ、まさか日が暮れる前に着かないとは思わなかったよ」

「まったくだ」

 打ち捨てられた地下街の一角で、二人は呑気に缶詰とカップ酒を口にしながら言った。

 お前らのせいだろうと言いたい気持ちをグッと飲み込む。何か言おうものなら、決められたレールの上を歩くだけの人生でいいのか、みたいなことを二人して言うに違いない。考えただけでも腹が立つ。

 あれからなんとかオウメまで下れたものの、トウキョウまでまだまだ遠い。今日中の到着が難しいため、無理せずオウメの地下で一晩過ごすことになった。

「ここらへんの地下にも人はいるの?」

「もう少し先に場所にサガミ藩の前線基地があるよ。その手前に小さな集落がぽつぽつある。こっちは囮と言ってもいいね」

 マチダの第一層みたいなものだろう。自分の身を守るために、より襲われやすい場所に地位の低い人間を配置する。どこの藩も同じだ。命は一つしかないが重さ軽さは、生まれや金や能力でコロコロ変わる。

「ちょっと地上を飛び回ってきてもいい? そんなに遠くへは行かないから」

 ヨノは肩をすくめた。

「ニ時間以内には帰ってくるんだぞ」

「分かった」

 僕もついていくーと言いだしたミズキを無視して走り、地上口へと向かった。


 顔をだし、あたりに危険がないことを確認して機蟲形態へと体を変化させ、甘露をごくりと飲んでエネルギーを補充し飛び立った。

 飛ぶのは好きだ。背中の四枚の羽を動かし、風邪をきって森を駆け抜ける時は蟲人でよかったと思える瞬間だ。木々の隙間を通り抜け夕日を浴びながらウマノオバチを探す。

 トウキョウには人間を憎む蟲人もいる。ウマノオバチを狩っていると彼らに「蟲人を迫害してきた人間をどうして助ける真似をするのか」と問われたことがあった。

「大事な友人が地下のどこかで暮らしているから」と答えればそれ以上何も言われなかったが、彼らの憎しみの深さを物語るあの目は忘れられない。

 逃げ惑うしかなかった機蟲を倒せる力を持ったが、この力を弱き人間を救うために奮おうとは思わないし、そういう性格ではない。自分と近しい人が幸せであればいい。

 ただ、助けられる範囲で機蟲に襲われている人がいるのに、知らん顔で安穏とご飯を食べて寝るのは目覚めが悪い。ちょっとはやりました、というポーズがとりたい。

 だから、ミズキが周辺に囮として暮らす人間がいるといえば、少しウマノオバチを狩っておこうと思う。かといって村に残って彼らの守護をしたいとまでは思わない。そんな中途半端な動機で自己満足のためにウマノオバチを探す。ヨノも俺が深入りはしないだろうと知っているから止めない。

 けれど、少し飛んですぐに違和感に気づいた。

 あれだけどんな土地でもわんさかいるはずのウマノオバチがどこにも見当たらない。他の機蟲はいるのに彼らだけいないのだ。おかしい。まだ活動時間のはずだ。知らない土地なため何があるか分からないと警戒しながらあちこち飛び回る。

 けれど結局、一通り飛び回っても一匹も見つからなかった。


「早かったな。まだ一時間とたっていないぞ」

 オウメ地下に戻ると、ヨノは三杯目のカップ酒を手にしていた。

「どれだけ探してもウマノオバチだけ見当たらなかったんだよ」

「ウマノオバチがいないだと? どこにでもいるあの蟲がか? そんなことあるのか?」

 ヨノが怪訝な顔をする。俺に置いていかれて不貞腐れた表情をしていたミズキもすっと真面目な顔をした。

「餌がないから別の場所に移動した、とか」

 ミズキは缶詰をくわえながら背中のバックから取り出したノートパソコンを広げた。

「この先に小さな集落があるけれど、行ってみる?」 

 ヨノと目を合わせる。ざわざわと胸騒ぎがしていた。

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