第27話 殺戮


「このあたりだよ」

 ミズキが指示した場所でバイクを止める。この地域は地下道が整備されておらず地上を走った方が早かった。

 ミズキはバイクから降りるとつま先でトントンと地面を叩く。場所をかえ何度か同じ動作をし、ここかなとつぶやくと、足で大きく円を描いた。

「ヨノさん、ここ掘れますか?」

「任せとけ」

 ヨノはカブトムシ形態に体を変化させると、頭の大きな角を地面に突き刺した。

 頭を突っ込んでは土をかきあげる動作を繰り返し、どんどん掘りおこしていくと、やがて銀色のプレートが現れた。ヨノは構わず続けて掘り続けると、ガキンガキンと工事現場のような機械音が鳴り響く。

 ひときわ大きな音をたて、ヨノがふーっと息を吐いて顔をあげた。ヨノが開けた穴をのぞくと地下通路が見えた。錆びついたりところどころヒビが入っており、補修のあとは見られない。関東でも大都市のヨコハマやマチダの地下通路に比べれば強固さに欠けた外見だ。都市と地方では防衛に差があるとは知っていたが、これほどとは思っていかなった。

「オウメ村がこの先にあるよ。人口百人前後の小さな集落で現在はサガミ藩の所属になっている」

 地下通路に降り立つと、薄暗い空間が広がる。誘導灯はない。ミズキが懐中電灯をつけると、崩落箇所がますます目につく。マチダがどれほど防衛に力を入れていたのか身に染みる。

「アラタ、いつでも機蟲形態に変化できるように。先生は何があっても俺たちから離れるなよ」

 集落のある方向へ歩を進めると、進行方向から鼻が異臭が嗅ぎとる。闇の中、この先に何かがある予感だけはある。得体のしれないそれは段々と実体をともなっていくようだった。

 進路の先を塞いでいたのは今にも崩れ落ちそうな鉄の扉で、ヨノが蹴り上げればあっけなく壊れた。何度か同じ障害物を超えた先に、鉄骨で乱雑に組み上げたバリケードが暗がりから浮かび上がる。ヨノが制止を合図し、ミズキがライトを照らすと、鉄骨の天辺にビーフジャーキーのような肉片がこびりついているのが見えた。鉄骨はところどころ茶褐色に染まっている。

 ヨノが先頭を切ってバリケードを超える。ミズキ、俺と続き乗り越えると、足元に何か転がっている。目を凝らして息を呑んだ。人の頭だ。血のついた黒髪の後頭部をこちらに向けていた。

 ミズキはゴム手袋をして手を合わせ一礼すると、頭をそっとひっくり返した。

 顔面の皮膚も筋肉もほとんどが蟲に食われたのか骨が剥き出しになっており、ぽっかりと眼窩に穴が空いていた。髪の毛の部分を除けばほぼ頭蓋骨だ。カラカラに乾燥しており腐臭もあまりない。かつて人間だった亡骸は物と同じようにしか見えなかった。

 その先は死に満ち溢れていた。

 蟻の巣のように地下通路は何本も枝分かれして、集会所や食堂と思われる大きな場所には、大量の乾いた血痕が見られズタボロの遺体がいくつも散らばっていた。内臓も肉も食い散らかされ、ちぎれて乾燥した皮と骨しか残っておらず、男女の区別さえ難しい。

 壁には指の形までくっきり残る真っ赤な手の跡がついていることもある。居住区もどこも同じだった。動くものは何一つない。全滅だ。

 すべては終わっている。弔う者がいないまま、ただ風化を待つだけの村があった。

「ひどいな。機蟲の仕業か?」

「遺体の損傷が激しすぎて難しいけれど、そう考えるのが妥当かな。どの遺体も腐敗の段階を終えて乾ききっている。人間は専門じゃないから正確には分からないけれど、一ヶ月は少なくともたっているね」

「ウマノオバチによるもの、ではないな」

「そうだね」

 ウマノオバチは体内に卵を生み付け人を死に至らしめることがあるが、一つの集団を全滅させるようなことはしない。そんなことを繰り返せば繁殖先を失い彼らも共倒れになる。人類が細く長く生きのびるよう、ある程度繁殖集団は維持するし、旧文明の衰退の原因は人間側の要因が少なからずある。

 けれどこの村は根こそぎ狩り尽くされている。頭によぎるのはあのスズメバチだ。

 彼らがもし他の藩を襲ったら、と考えたことは一度や二度ではない。マチダやヨコハマには自衛できる手段があったが、同じような対策ができる場所など限られている。

 女王バチは始めは一匹。幼虫を育てあげ兵隊バチを増やしていくが、マチダで見たあの規模の兵隊バチを育てあげるのにどれだけの餌が必要だろう。もしかして、ここと同じような場所がいくつもあるのではないかと考えてヒヤリとした。

「早いところハヤクモに知らせた方がいいな」

 一通り見て回り、足早に引き返すことになった。

 あまりここにいたくない。死が立ち込める地下通路から地上へ顔を出した時は心底ホッとした。

 野営地に戻る途中、足元の残骸に半透明に光るものが転がっていたのが見えた。見覚えがある。拾い上げるとやはりウマノオバチの羽だった。どうしてここにと思っていると、ヨノが素早く背後を振り向いた。

「伏せろ、何かくる」

 草むらに身を隠していると、やがてぶぶぶと何かが羽を動かす音が聞こえた。

 ウマノオバチだ。あちこち怪我をしておりよろよろと、しかし何かに追われているのか必死に羽を動かしていた。彼がやってきた方向を見ると、音を立ててそれはやってきた。

 スズメバチ型機蟲だ。それは逃げるウマノオバチに飛びかかり、顎で首をもぎ四肢を引き裂いた。しばらくあたりを旋回していたが満足したのか、やって来た方向へ戻っていった。

「先生、機蟲が機蟲を喰らうのを見たことはあるかい?」

 戻ってこないか警戒しながら、ヨノはミズキに尋ねると、

「縄張り争いは見たことはあるけれど、襲っているのを見るのはないね。機蟲は可食部が少ないから他の獲物を捕まえた方がコスパがいい。しかも今のは狩りですらなくただの殺戮で、彼らには無意味の行動だ」

「もしかしてウマノオバチがここらへんにいない理由って、スズメバチが狙って狩っているから?」

「可能性はある。理由はまったく謎だけれどね」

 異常で不可解な事態が進行中であることは間違いない。漠然とした不安が胸に渦巻いてた。

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