Ⅶ 通りすがりの魔術師(1)

「――ひどい全身打撲に骨も何本か折れてるだろうけど、とりあえず命に別状はなさそうだ。古式ゆかしい・・・・・・甲冑のおかげで助かったね」


 胸甲やら籠手やら脛当やら、甲冑の各部が周囲のそこここに散乱する中、地面に寝かせたキホルテスの身をあちこち触りながら、旅の医者だと名乗る黒づくめの少年――マルクが、事務的な口調で診断結果を告げる。


「ハァ……よかったぁ……」


 その傍らで、彼と一緒に主人から甲冑を取り外した従者サウロは、安堵の溜息を吐くとともにその場へへなへなとへたり込んだ。


 巨人の拳をもろに食い、派手に殴り飛ばされたキホルテスであったが、時代遅れにも全身を覆う重装の〝プレートアーマー〟が幸いし、命だけは助かったようだ。


「とはいえ重症には違いない。治療しなきゃいけないけど、ここじゃなんだな……どこか落ち着ける場所はあるかい? あと、運ぶための手段も必要だ」


「それなら寝泊まりしている小屋があります! それに荷車とロバも! 今、とってくるんで待っててください!」


 てきぱきとしたマルクの指示に、サウロもすぐさま答えると、ドゥルジアーネと一緒に残してきたロバのロバートをつれに走る。


 いつの間にか、あれほど濃かった白い霧もすっかり消え去り、辺りには長閑なオランジュラントの農村風景が広がっている……。


「ロシナンデス……後でちゃんと弔ってやるからな……」


 その心和む美しい田舎の景色の中、畑地に面した広い四辻の傍らに、すでに事切れたロシナンデスの遺体が虚しくも静かに転がっていた。


 サウロもずっと世話をしてきた主人の愛馬だ。その死は彼にとっても大変辛いものであり、辻の真ん中に置かれた荷車の脇を走り抜けながら、サウロはその優しげな顔を悲痛に歪ませる。


 ドゥルジアーネとロバートは、キホルテスが殴り飛ばされた畑の中とは四辻を境にして反対側の、やはり畑地の畦道の影に逃してある……そこまで行って一人と一頭を連れ、サウロは再びキホルテス達のもとへと戻って来た。


「ああぁ…騎士さま! わたしのためになんというお姿に……」


 意識を失ったまま力なく横たわるキホルテスを見て、今日もドゥルジアーネは両手で顔を覆って泣き声をあげる。


「あなたのせいではありません。むしろ、あなたを守れて旦那さまも本望のはずです。なので、どうかお気になさらないでください……マルクさんでしたね? あそこの荷車を借りて運びましょう! とりあえず旦那さまをロバートの背に!」


「ああ、そうしよう……いくよ? せーのっ!」


 泣き崩れるドゥルジアーネに声をかけると、サウロとマルクは力を合わせ、抱きかかえたキホルテスをロバの背中に乗っける。


「鎧も持ってきたいんでちょっとお待ちください。さ、ドゥルジアーネさんも参りましょう」


「は、はい……」


 そして、散らばった甲冑を集めながらへたり込んだ彼女を促し、辻の真ん中の荷車の所までキホルテスを運んで行こうとするサウロ達であったが。


「ドゥルジアーネ、これはいったいどういうことだ……?」


 辻の四方の道々から、村長ニコロースをはじめ村人達がわらわらと集まって来た。


 霧が晴れたので様子を見に来たという理由もあるが、先刻の巨人の声を聞き、皆、驚きと困惑のない混ぜになったような表情を浮かべている。


「ドゥルジアーネ、何があったというのだ!?」


「そ、その……あちらの騎士さまが……わたしを……お助けくださろうとして……」


 重ねて尋ねる村長ニコロースに、ドゥルジアーネは答えづらそうに、途切れ途切れになりながらも村人達に事情を伝える。


「なんと!? あんた達はなんということをしてくれたのじゃ! おかげで今度は三倍の貢物をせねばならなくなってしまったではないか! まったく余計なことをしてくれたものじゃ……」


 すると、予想外にも村の娘を助けようとして大怪我を負ったキホルテス達に対し、村長は礼を言わないばかりか逆に恨み言を口にするのだった。


「そ、そんな……」


 思いもよらぬその言葉に、ロバートの手綱を握るサウロは唖然としてその場に立ち尽くす。


「みんな、すまねえ! 勘弁してくれえ!」


「うぅ…うぅぅぅぅ……」


 また、ドゥルジアーネの父ロランは村の者達に土下座をして謝り、母アレドーサはただただ泣くばかりである。


「ドゥルジアーネ! おまえもおまえじゃ! なぜ人身御供の務めを立派に果たさなんだ! そうしておれば、巨人の怒りを買うようなこともなかったというものを!」


 さらに村長は、ドゥルジアーネ本人までをも怒気を含んだ声で責め苛む……と、それを受け、村人達の間からも「そうだ。ドゥルジアーネのせいだ……」とか、「あの子さえ素直に犠牲になってくれていれば……」などというひそひそ声が方々から聞こえてくる。


「うぅぅ…ごめんなさい……わたしの…わたしのせいで…うあぁああああ…!」


 皆から責任を問われ、両親すらも味方してはくれないこの状況に、居たたまれなくなったドゥルジアーネは詫びを入れながら、再び号泣してその場へと崩れ落ちる。


「ちょっとひどいんじゃないですか!? せっかく助かったっていうのに……ドゥルジアーネさんは同じ村の仲間なんじゃないんですか!?」


 自分達に対しての非礼な態度もさることながら、そのあまりに身勝手な言い様に、とうとうサウロも怒りを露にして村長に言い返す。


「フン! 他所者よそものが首を突っ込まないでもらえるかの! 勝手なことをして迷惑をかけておいて、どの口でそのようなことを言うか!」


 対して村長の方もまた声を荒げ、両者は激しい言い争いを始めようとする。


「申し訳ないんだけど、積もる話は後にしてもらえるかな? 重症の怪我人がいるんだ。まずは治療をさせてもらうよ」


 そんな二人の間に、さらに部外者であるマルクがそう言って割って入った。


「………………」


 その声に、ぐったりとロバの背にもたれかかるキホルテスの姿を見て、サウロも村長もさすがに押し黙らざるをえない。


「あ、この荷車、ちょっと借りますよ? さ、騎士さんを早く荷車へ」


「……は、はい!」


 その間に、マルクはキホルテスをロバから荷車へ移そうと彼の身に取り付き、言われたサウロも我に返ると、慌てて甲冑を荷台に積んでからマルクを手伝って主人を慎重に移動させた。


「じゃ、従者くん、ロバで引っ張ってくれ」


「はい! 今、準備します!」


 荷台へキホルテスを寝かし終えると、やはりマルクに促されて今度はロバートを荷車のくびきへと縄で縛りつける。


「荷車と積荷は後で返すんで。それでは皆さん、ご機嫌よう!」


「ハイドぅ! ロバート!」


 そして、場違いにも朗らかな声で挨拶を告げるマルクとキホルテスを荷車に乗せて、サウロは愛馬ならぬ愛ロバをゆっくりと歩ませ始めた――。

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