5・大魔術師

「イザベラ」

「師匠」

「あいつらか?」

 見ると、確かに政府直属の軍服を着た3人の男。いや、男かどうかは確実ではない。体格はゴツいが、顔は深くかぶったシルクハットと、口元を覆うマスクに隠されている。

「どうしますか?」

「ここでじっとしてろ。ただ何か危険を感じたなら、人の目も何も気にせず、容赦もするな」

 頷くイザベラに一瞬だけ笑みを見せ、ネイサは隠れていた物陰を出て、3人の方へ向かった。


「お前たちは?」

 堂々とかけたその声に、3人供が振り向く。その瞬間に、3人が何者で、その目的が何なのか、ネイサは悟った。

「くっ」


 魔術で、物理的な物に直接的な影響を与えるには、普通は多少の準備時間がかかる。そこでたいていどこかに定住する魔術師は、常にその場中に、あらかじめ準備の整った魔術のための物、魔術道具と呼ばれる物を置いている。

 ネイサも例外ではない。

 彼も、自身の暮らすドロンの至る所に魔術道具を置いている。そしてその内の1つである石ころを素早く拾い、すぐに”錬金術”で、それを薄く鋭い石ナイフへと変える。

 それから石ナイフとは思えないほど鮮やかに、3人の男の首を斬って飛ばしたネイサ。


 血は出ない。男たちは声もあげなかった。つまり彼らは生きた人間ではなかった。それは3体のゴーレムだった。

「誰だ? 誰だ?」

 ぶつぶつ呟きながら、ネイサはしゃがみこみ、とにかく3体の残骸を調べた。しかしその行為もすぐに中断せざるをえなくなる。

「ネイサ」

 姿を見せたルード。

「ルード」

 ネイサは、反射的に立ち上がり、石ナイフを強く握りしめた。


-ー 


 ドロンでいきなり破壊された3体のゴーレムの内、1体はラッカスが造ったものだった。

「まずい」

 遠く離れていても彼にはすぐにわかった。アレは破壊された。彼のでない2体と一緒に。

「ん?」

 唐突な彼の呟きに手を止める、隣で書類の整理をしていたヴェイグ。

「何か言ったか?」

「いや」

 そこで、まるで自分が1人でない事に初めて気づいたように、護衛対象の政治家に顔を向けるラッカス。

「いや、何でもないさ」

 ただそうとだけ言った。

 ヴェイグは不振に思うも、しかし彼にはわかるはずもなかった。ラッカスが何を隠しているのかを。何を恐れているのかを。


-ー


「こいつらは、見ての通りゴーレムだぞ」

「なら器物破損にあたるはずだ。まして、そいつらはおそらく政府の魔術師の物」

「ルード、頼む、事態は急を要する」

「そんなんじゃ、見逃す訳にはいかない」

 当然だろうとネイサも思う。当たり前だ、ルードは何も知らない。

 だから仕方ない。

「俺は逃げる」

「逃がさん」

「力づくで逃げる」

 言いながら、ポケットから数センチくらいの四角い木箱をとるネイサ。

「それは?」

「さあ、ね」


 それは、人がまともにくらえば、数十メートルは吹っ飛ばされるくらいの強力な風圧を魔術により球体にして収めた箱だった。そしてルードがおそらくそういう物だと察した頃には、もう箱から放たれた風圧球は彼の目前だった。小さな木箱にどのように収めていたというのか、大柄なルードの体と同じくらいにそれは大きかった。

 ただ、彼が吹き飛ばされる事はなかった。


「かあっ」

「なっ」

 何が起きたのかネイサにはよくわからなかった。ただ風圧球は何か叫んだルードの手前で、凄まじい勢いで和らぎ、散り散りの粒子に分解され、消え去った。

「き、気合い?」

 そうとしかネイサには思えなかった。そしてその疑問にルードは答えず、その巨体からは想像も出来ないほどに素早い動きで、ネイサのすぐ前まで来て、その腹部に拳を打った。

「んっ」

 そうして一瞬で意識を奪われてしまったネイサ。と同時に今度はイザベラがその場に介入した。

「このっ」

 ルードよりもさらに素早いだろう速度で、彼の背後に回り、その手で切り裂こうとするように、攻撃しようとするイザベラ。

 しかしそれも叶わなかった。

「やあっ」

 さらに背後から、ちょうど駆けつけたエリザに手刀をもらい、イザベラも意識を奪われてしまう。

「隊長」

「いったい全体、これはどういう事だ?」

 政府の使者たちだと考えていた者たちはゴーレム。そのゴーレムを唐突に破壊したネイサ。

 いったい今がどういう状況か、エリザもルードも理解しかねた。


-ー 


 それから、意識を失ったままのネイサとイザベラを、とりあえずは警備隊施設の牢に捕らえ、いったい何があったのかを話し合うエリザとルード。しかし結論が出る前に、新たにもたらされた、さらなる来訪者たちの情報によって、話は中断された。

「ルード」

「ええ」


 別に何も報告したりはしてない。ただタイミング的には、おそらくあの3体のゴーレムか、それを破壊したネイサたちの件だろう。ドロンの街に政府のお偉方数名が来たのは。


「暇してるお上の連中はともかく、なぜか政府軍の魔術師もいるらしい。驚いた事に1人は確認とれたよ、キーリアだ」

「キーリア、ですか」

 エリザもルードも、ルメリア政府軍の魔術師の名前などほとんど知らないが、彼の名だけは何度も聞いている。


 キーリア。彼は魔術大国であるルメリアでも、最強の存在だとして名高い大魔術師。


ーー


「んっ?」

 牢で目覚めたネイサ。

「師匠、目覚めた?」

 隣の牢にいるようであるイザベラの声に、すぐにネイサはこうなったいきさつを思いだす。

「イザベラ、えっと、どれくらいの時間経った。あの、意識を奪われてから」

「私も意識を奪われてしまったんで正確には不明ですけど、でも数時間は経ってると思います」

「数時間」

「政府の連中が来るのを恐れてるのか? それとも、魔術師か?」

 そこで姿を見せ、エリザは話に割り込んだ。

「政府の魔術師が来てるのか?」

「ああ」

「エリザ」

「悪いが」

 それも仕方ないだろう。

「これは、私には確認する必要性を感じる。お前は何者なんだ? ネイサ。ここにはただの魔術師じゃない。あのキーリアも来てるんだ?」

「キーリアが?」

 とするとあのゴーレムは……

「いや、違う」

 キーリアなら、最強の魔術師と呼ばれるような彼なら、もっと上手くやれるようにネイサには思えた。

「何が違う?」

「エリザ、頼む、俺たちを逃がしてくれ」

「私は、お前を信用できるのか、今の段階では」

「エリザさん、師匠は、師匠は絶対に悪い人なんかじゃないです」

「「イザベラ」」とネイサとエリザの声が重なる。

「エリザさん。師匠は」

「そいつは」

 さらに新たに割り込んできたその声に、ネイサたちの誰もが一瞬絶句する。

「”創造術”における最大の秘技を継承した魔術師」


 キーリア。噂によると彼は400歳くらいらしいが、通常はあまりない半袖のローブから露出したその肌は若々しく、長身で、ただぼさぼさの髪は真っ白だった。

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