4・空舞う騎士

 夕方頃。

「うっ」

 工場の稼働を完全に停止し、遊びの約束があるというイザベラとも別れて、一人暮らしのアパートに帰ってきたネイサ。

「なんだ?」

 アパート前。どこからか漂ってくる鼻をつくような臭い。

「この前、二十二号室の人が引っ越したろう」と、背後から突然に現れたエリザ。

 味気ない軍服に比べると意外とオシャレな私服のせいか、武器を持っていないためか、昼に会った時とずいぶん印象が違っている。

「その人が片付け忘れてた冷蔵庫の腐った食材の中に、かなりやばいのが。まあ、とにかく管理人さんによると、明日、臭いもろとも完全撤去する。今週分くらいの家賃を免除するから、今夜は我慢してくれ。との事だ」

「オッケー、状況は理解した」

 つまり今夜はよそに宿をとってくれ、という事だ。

「私は今夜は警備隊の施設で寝るよ。お前はどうするんだ?」

「あのさ、別にその、変な意図はないよ。嫌だったらいい、だけど、つまり、俺もそこに泊まっていい?」

「ああ、ただし朝5時までには出てってくれ」

 

 互いの意図は互いにわかっていた。

 つまり情報収集である。ネイサは、彼が魔術師だという考えに、エリザがどのような経緯で至ったのか、そして違法の魔術を使用しているという疑いが真実であるなら、どうするつもりなのかを知りたがっていた。エリザはもちろん、その自分の疑いが真実であるのかどうかを探りたがっていた。


ーー


 訓練場でもある、とても広い庭に囲まれた、警備隊宿舎の1室。

「なあエリザ。昼のあれは警告してくれてたんだよな?」

 ネイサたちを違法者として本気で追及する気ならば、工場に押し入る事だって出来たはずなのに、彼女がそうしなかった理由は他に考えつかなかった。

「じゃあお前はやっぱりそういう類いの魔術師なのか?」

「それは、ただの好奇心からの質問?」

 正直、エリザの穏やかな笑みから、真意を読みとる事は出来なかった。

「だいたい話した所で、何が違法かそうでないか、お前に判断つくの?」

 これは実際に気になっていた。エリザは魔術師でないとは思うのだが、その魔術に関する知識はどのくらいか。

「もちろんそれなりに知識は持ってるつもりだよ。私は一応警備隊の隊長だぞ」

「まあ、そうか」

 魔術師の犯罪者だって出ない保証もないのだから、当然といえば当然だった。

「しかし実際、お前がどんな魔術師なのかは気になるな。どういう術が得意とか、他の魔術師と繋がりはあるのかとか。単に好奇心もあるし、今後の参考という実用的な意味でも」

「そうだな。でも昼にも言ったけど、俺は大した魔術師じゃない。ただ得意な分野を1つ選ぶなら”錬金術”。あと他の魔術師との繋がりは全然ない」

「そうか」と意味深にぼそりと言い、そして立ち上がるエリザ。

「ちょっと来てくれないか?」

「え、ああ」


-ー


 そして連れてこられたのは、壁に備えつけられた大量の模擬武器や、成人の人1人と同じくらいのサイズの石人形という風貌のゴーレム何体か以外は、ほとんど何もなく、ただ広い部屋。

「ここは訓練室だ。光栄に思ってもらっていいかもしれん。見物はめったに許されないから」

 言いながら、エリザは壁から1本の竹刀を取り、さらにゴーレムの1体を命令によって起動させ、部屋の中央の辺りに連れてくる。

 それからそのゴーレムから数メートルほどの距離をおいて、竹刀を構えるエリザ。

「その構え」

「これは私の学んだ剣技、火留羅剣カルラテリックの最も基本の構えだよ」

 それは剣を持つ右手を首の辺りにおいて、剣を上に並行にするという構え方。

「実は熟練者はあまり使わない構え方なのだが、私のもう一つの技、大天舞踊スカイダンスと、この構え方はとても相性がよくてね」

大天舞踊スカイダンス

 それならネイサも聞いた事があった。確かサーカスなどで使われてるらしい、まるで空中を飛び歩くような演出をするための、アクロバティックの技術である。

「では」


 そして次の瞬間だった。

 どうやってか、ほんの数センチくらい、短く素早く二回軽く跳んだかと思いきや、まるで大砲の弾かというような速さで、天井まで跳び跳ね、そして回転し天井を蹴って、ネイサと同じく呆然としているようなゴーレムの背後へと着地したエリザ。

 そして竹刀で、ゴーレムの顔を横から打とうとするも、それは腕でガードされてしまう。

 それから竹刀を握り、それを持ったエリザごと、凄まじい力で投げ飛ばそうとするゴーレム。しかしエリザは奇妙に体をひねり、竹刀を持つ手も一旦離して、ゴーレムの顔につま先立ちで立ってみせる。

 続いて、竹刀を捨て、同時に両手で頭上のエリザをはさみ打とうとするゴーレム、が、またエリザは天井まで跳び跳ね、その両手は空を叩く。

 それから再度、素早く竹刀を拾うと、今度はゴーレムの真正面に降り立ち、かけ声と共に、その脇腹へと、取り戻したばかりの竹刀を振るうエリザ。ゴーレムはまたガードをしようとするも、勢いよく頭上にあったその手は間に合わなかった。

 鈍い音をたて、しかしゴーレムの固い体に傷ひとつつけれずに、ばっさりと折れちぎれてしまう竹刀。

 そして、攻撃を受けると停止するようになっていたらしく、ゴーレムはピタリと止まり、数秒ほどだったろう、その訓練試合は終了した。

 

「すっげえ」

 素直に感嘆の呟きをもらすネイサ。

「そうか」と何でもないようなエリザ。

「だがそこまで驚く事でもないんじゃないか? 彼女、お前の弟子のイザベラもこの程度くらいなら」

 ヴァンパイアも、その血を半分宿すハーフも、普通はかなり高い身体能力を有している。

「いや、なんというか、そりゃあいつも凄いけど、エリザはなんか洗練された動きって感じがするよ」

 まさしく美しいと、ネイサは感じた。空気抵抗を破るのに、イザベラは強引に破壊するという感じだが、エリザは綺麗に突ききるような。

「ていうか、あいつの事まで知ってたのか?」

「ああ、一応はな。もちろん他の者には話してないし、今後もどうこうという事はないから安心していい」


 魔術は才よりも、学ぶ時間の長さが重要だともされている。そしてヴァンパイアやヴァンパイアハーフは寿命が長いので、魔術師として強力になりやすく、それはそのまま管理のしにくさに直結している。さらにアウトローが多く、その強力な力や、生理的問題として血を接種するという習性が民間人に恐れられているために、政府側に取り込むのも難しい。そういう事情諸々により、ルメリア政府はヴァンパイアの血をひく者が魔術を学ぶのを、法で禁止している。


「お前たちが魔術師である事はもう多くの者に知られてる。だからあの子の事は絶対に上手く隠せ」

「エリザ、でもなんで?」

 その問いにエリザは少し顔を曇らせた。

「エリザ?」

「私は」

 そしてグッと拳を握りしめるエリザ。

「私はお前達は悪ではないと思ってる。それだけだ」

 彼女らしい、とネイサは少し思う。

「ありがとう」

 そして素直に礼を告げた。

「でさ、ここに俺を連れてきたほんとの目的は? そういうのある?」

「ああ、もちろん」と今度は楽しそうな笑みを見せるエリザ。

「このゴーレムはかなり優れたものらしくてな。我々兵士の訓練のため、非常に早く動けるように。そして私は先程の戯れの初撃時、お前の視線の動きでわかったよ。お前はゴーレムが避けると考えていると。つまりお前はその時点でこのゴーレムの優秀さに気づいてたのだろう」

「うっ」

 もうネイサも気づく、彼女の言わんとしている事に。

「ゴーレムの性能を見ただけで知れる魔術師は、よほど”創造術”に長けた者だと聞いている。大したことない、ね」

「お前が敵じゃなくて、ほんっとうによかったよ、エリザ」

 心底そう思うネイサ。

「それでだ。これはわりと純粋に興味本意なのだが」

「俺たちがどういう魔術師か、知りたいんだな?」

「そうだ。お前がそれなりの魔術師で、かつ政府に所属していないなら、ルメリアにいるメリットも少ないんじゃないか?」


 その魔術師としての優れた技能が知られれば、政府は仲間にしたがるか、敵として消したがるだろう。どちらにしても政府に関心がないならば面倒なはずだ。


「別にそうでもな」

 そこで、ハッと何かに気づいたように、ネイサは言葉を止めた。

「どうした?」

「いや、ちょっと」

 そして服の上着の内ポケットから、小さな長方形の石板を取り出すネイサ。

「それは?」

「これはモノリスていって、簡単に言えば一種の通信機だよ」

 蓄積されている大量の電子を、決まった時間差で、相手方とやりとりする事で、メッセージを確定し、表面の原子を組み換える事でそのメッセージを浮かび上がらせるという、特殊な石板。

「何か、緊急事態か?」

「かもね」


[私の家の前、誰か、妙な人たちがいます]

 イザベラが送ってきたメッセージ。


「エリザ、せっかくだけどもう行くよ」

「何か助けが必要なら」

「大丈夫だよ。ありがとう」

 しかし去り際、聞こえているかもわからない小さな声で、ネイサは告げた。

「またな」


-ー


「ん?」

 ネイサが去ってからほどなくの事だった。

「何だ?」

 モノリスでない通常の通信機を通し、ルードから連絡を受けとったエリザ。

「政府の者? 確かか?」

 ルメリア政府直属らしき3人の男たちが、まずアパートのネイサの部屋を訪ね、そして留守だと知ると、今度はイザベラの家の前に来ている。

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