第五話 幽霊屋敷の七人ミサキは二十六人

「幽霊屋敷っていうと、よくあるのは、ラップ音だとかオーブが映るやつじゃん。あとは、ぼうっと立ち尽くす幽霊。ほら、きりたん。部屋の隅そこ、なにもいない?」

「……脅かすなよ」


 反射的に、俺はそちらへと視線を向けてしまう。

 無論……なにもいない。

 いないはずだ。


 しかし、小春の所為せいで、漠然ばくぜんとした不安をぬぐえなくなる。

 もしもそこに、あの赤い少女が立っていたら――反射的に、御朱印帳ごしゅいんちょうへと手が伸びる。


「友達の友達に聞いた話。土岐洲ときすの幽霊屋敷では、入れ替わりが起きるってさ」


 入れ替わり?


「そう。心霊スポットって、だいたい複数人で行くものじゃん。肝試しとか、歓迎会かわいがりとか、そーゆー名目めいもくで。あたしの友達の友達も――仮に木下きのしたちゃんとする――五人ぐらいで行ったんだってさ」


 あの屋敷の景観を思い出す。

 周囲の建物に距離を取られたように孤立する長屋仕立ての邸宅。

 荒れ放題の庭に生える枯れ草が、寒風に揺れ、さあさあと音を立てる。

 崩れ掛けの屋敷を、五人の男女が見詰めている。


「ひとりずつ入るのは怖いから、全員で一緒に中へ入った。それで、座敷、トイレ、台所、お風呂って順番で見て回って。そんなとき、木下ちゃんは気がついた。なんだか、来たときとメンバーの様子が違うなって」


 様子が違うというと、怖がっているとかだろうか?


「そうじゃないよ。仲間の顔が、記憶の中にあるのと一致しないんだってさ。五人で来たのは間違いない。全員がそれなりにしたしい。顔を忘れるはずがない。でも隣にいる奴らが、どうも自分の友人とは思えない。認識が、一致しない」


 そのうち、他の四人がぼそぼそと小声でなにかを話し合いはじめた。

 木下だけが邪険じゃけんにされているようで気分を害したが、それよりも不気味さの方が勝って、さっさと屋敷から出ることにした。


「四人の話し声はだんだん大きくなるんだけど、ぜんぜん聞き取れない。説法せっぽうのようにも、祈祷きとうのようにも聞こえるけど、まるで別の国の言葉で話しているみたいがして、気色が悪い。外に出たい一心で、玄関へ手を掛けたとき――ぴたっと、四人の会話が終わった」


 ああ、よかった。

 みんな正気に戻ったのかと、背後を振り返って。


「『おんみは、どこに?』――見知らぬ四人から、木下ちゃんはそう声を掛けられて……そのまま気絶しちゃった」


 それで?


「うん。それで目を覚ましたら、全員近くに倒れていた。ちゃんと顔を知ってる友達たちがだよ。ああ、よかったと、今度こそ胸をなで下ろして……けれど、そこでひどく恐ろしいことを知らされた」


 恐ろしいこと?


「屋敷を探索している間、四人はね……ずっと、木下ちゃんが見知らぬ別人と入れ替わっていたって――そう言ったんだよ」


 ぞくり、と。

 小春の最後の言葉で、背筋が粟立あわだった。

 想像する。

 だって、それは。


。実に怪奇的だ、興味深い』


 興味深くなどない。

 恐ろしいだけだ。

 一緒に遊んでいたツレが別人になっている。それだけでも充分怖いのに、本当に入れ替わっていたのは自分だったなんて、俺だったら耐えられない。

 俺だからこそ、耐えられない。


『けれど、それは七人ミサキとは言わないだろう』


 センセーが、率直そっちょくな疑問を口にする。

 そもそも、七人ミサキってのは、なんなんだ?


『七人ミサキ。おもに肆国しこくで伝わる亡霊、祟り神の一種だ。あるいはい神といって、すれ違った相手に禍難かなんを与えるともされている。名前の由来には、狗神いにがみを意味する、御前ミサキから派生した、なんてのもあったかな』


 ……具体的には?


『七人連れで行動する僧侶そうりょ、落ち武者、恐ろしいものとされていて、行きうと熱病を発したり、取り殺されてしまうとされる。そうして、取り殺した相手と先頭の一名が入れ替わり――仲間に引き入れ――代わりになってしまった者は成仏できず、次の犠牲者を探す。その数は常に七人から変わらないもので……いや、待てよ?』

「さすが浄一おじちゃん、そうだよ、正解。あくまで聞いた話だけど……これには続きがあるんだ」


 小春が、わざと神妙な表情を浮かべて、その続きとやらを口にした。


「このあと、木下ちゃんは高熱を出して寝込んでしまうの」


 ぐったりと、木下なにがしがベッドに倒れていると、遠くから祈祷のようなものが聞こえてくる。

 それは、同じ節回ふしまわしを何度も何度も繰り返しているようで。


「やがて、窓辺を人影がよぎった。木下ちゃんの家は二階だったのに、だよ。それも、一人や二人じゃない。途切れることもなく、行列が歌いながら通り過ぎていく。その数は、二十六人にものぼって」


 最後の一人が行き過ぎるとき。

 木下某は、あの言葉を聞かされたのだという。


「『おんみは、どこに?』――って。そのあと木下ちゃんは、行列の一部になったとも、失踪しっそうしちゃったとも伝えられてる」


 伝えられてるって……いきなりアバウトになったな。

 どうなったか、解らないのか?


 そんな風に訊ねると、小春は唇をとがらせ、


「怪談って、そういうものじゃん。それより、どうだった?」


 すぐに顔を、悪戯いたずらっぽいものへと変えた。

 俺はうんざりとしながら「……めちゃくちゃ怖かったよ」と答えた。すると彼女は飛び上がらんばかりに喜び、俺の背中をバシバシと叩くのだった。

 いてぇよ、ちびっこ怪獣。

 とくに指輪がメリケンサックみたいになって痛ぇよ。


「ちびっこ言うな! 怪獣言うな! でも、きりたんはやっぱり、いいリアクションするなぁー、語り甲斐がある!」

『それには同感だ』


 同じ血が流れる怪談愛好者どもが、とても不快な合意に至っていた。

 俺は玩具おもちゃかなんかですか。


「別にいいけどよ……それでセンセー。今の話で、なんか解ったことがありました?」

『おぼろげながらでよければ、ひとつある』


 へー?

 それは?


『第一に、これが七人ミサキかどうかは断定できない。数が合わないからだ。怪異において、数字というのは意外と大事なんだよ。次に、同じく数の話として、二十六は、永崎そちらにおいて特別だということ。鴻上こうがみ天主堂てんしゅどうは正式名を二十六聖殉教者じゅんきょうしゃ聖堂というし、つまり殉教者の――いや、これはまたの機会にしよう。突き詰めていくと切りがないし、軽々けいけいと扱っていい話題でもない。なにより、そろそろお開きにすべき時刻だ青少年たち。大学生といっても、夜更よふかしは感心しないな』

「えー、まだよいの口だよ!?」


 缶チューハイ片手に、悲鳴のような声を上げる小春。

 そのとき。


 ドン!


 と、壁が鳴った。


「あ、ごめん……騒ぎすぎたかも」

「いや」


 俺は、自分の顔の血の気が、さっと引いていくのが解った。

 なぜなら。


「この部屋は、角部屋だぞ? それで、いま音が鳴ったのは」


 誰も住んでいないはずの、空室となりべやからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る