第四話 上半身の怪

 スキニージーンズと白いケーブルニットを頭からかぶったその娘は。

 じゃらじゃらとアクセサリーを鳴らしつつ、我が物顔でうちへと上がり込み、PC机の前に陣取じんどった。

 アクセサリーの種類は雑多におよび、ピアス、指輪、ブレスレットにアンクレット、ネックレスまで、まるで歩くアクセサリー大図鑑のような有様だ。

 そのほとんどが、十字架やタリスマンで、中には数珠じゅず、お守りをじかにぶら下げているものもある。

 まったく趣味が解らない。


「よーし! 怖い話をするなら、あたしも混ぜろー!」


 と、既に一杯引っかけてきたらしい彼女――小春が、勝手にマイクのミュートを切って、浄一センセーとの通話を再開する。


『久しぶりだね、小春くん。〝籠絡ろうらく〟は、うまくいっているかい?』

「それが聞いてよ浄一おじちゃん。押しても引いてもぬかに釘で」

『ははは』

「笑い事じゃないって。今日だって師恩橋しおんばしに繰り出す予定だったのにすっぽかされちゃってさ、だからこうやって足を運んだりして。見て、この気合いが入った格好! ……あ、糠に釘といえば、のれんに腕押し。狗鳴いぬなきトンネルで起きた、腕にまつわる怪談なんだけど」

『聞こうじゃないか』


 と、早速怪談話で盛り上がる小春とセンセー。

 ふたりは親戚関係にあって、とても仲が良い。

 二十もとしが違えば、話などあわないように思えるけれど、彼女たちに限ってはその心配がない。

 なにせ、オカルトという共通の、ニッチでマニアックな趣味があるからだ。


 放置しておけば、一日中だってこいつらは怖い話で盛り上がるだろう。

 そもそも、センセーと関わることになった原因は、この悪友にある。

 せがまれて話した〝背の高い女〟の話を、小春が勝手にまとめて、雑誌の読者投稿欄へと送りやがったのだ。

 結果、センセーの目に留めることとなり、奇妙な関係が始まった。


 小田原おだわら小春こはる

 生まれたときからの腐れ縁にして、悪友。

 俺が恐ろしい経験をすることになる、その原因の半分ほどを担う横暴な女である。

 永崎ながさきの大学へ進学すると告げた翌日には「おもしろそう!」の一言で付いてきたアクティブな女だ。

 そのあたり、血は争えないと言うことだろう。


 化粧っ気が薄く、そばかすを隠しもしないあけすけな彼女が、ここまで着飾るようになったのも大学に入ってから。

 あるいは、遅めのなんとかデビューだったのかも知れない。

 その甲斐あって、合コンには引っ張りだこ。しかしそれは、用心棒として機能するから、というウェイトのほうが大きい。


 小さい頃から――いまだって俺の胸当たりまでしか身長はないが――小春は古武術を習っており、大の男でもこいつの不意を突くことは難しい。

 いや、下手をすれば投げ飛ばされる。

 この三年で、そんな憐れな奴らを山ほど見てきた俺が言うのだから間違いない。


 よくみれば愛らしい顔つきをしているだけに、ギャップが際立つ恐ろしい暴力女なのだ……。


「顔のことで、〝きりたん〟にはなにも言われたくないかな?」

「誰が女顔だ。あと、〝きりたん〟やめろ」

「〝きりたん〟は〝きりたん〟なんだから、〝きりたん〟でいいのだ」


 ……この悪友は、俺の名前をもじって、きりたんと呼ぶ。

 切人なんてすかした本名よりはマシだが、そこまでかわいげのある人間でもない。

 あと、きりたんぽを想像してしまうので、食べられる側っぽくて嫌だ。


「それに、化粧けしょうが薄いって言うけど、これはナチュラルメイクなの。見てくれぐらい気にするもん」


 例えば?


「じゃーん」


 彼女は自慢げに、ない胸元から丸いものを取りだした。

 新しいアクセサリーか?


「ないって言うな! それなりだから!」

「で、そいつはなんだ?」

「むぅ……聞いて驚け、これは魔除まよけの魔鏡まきょう!」


 魔除け……。

 魔鏡……。

 また頓珍漢とんちんかんなものを……。


 彼女が手に乗せているものは、確かに鏡のようだった。

 首からかけるようにチェーンがつけられた、手のひらより小さいサイズの鏡。


「しかし、魔鏡?」

「わかんない? こういうやつ」


 彼女は蛍光灯の明かりを魔鏡とやらに当ててみせた。

 すると、光が反射された先で、奇妙な像が現れる。

 すっぽりとローブを纏った女性の姿……にみえなくもない模様。


「大っぴらにまつれないものを鏡にって、光を反射させて映し出し、拝むやつ。地元でも伝統工芸品として売ってたでしょ?」

「あー」


 たしかに、見覚えがある。

 あった気がする。


「まあ、これは通販で取り寄せた、ファッション魔除け魔鏡なんだけど」


 なんだ、ファッション魔除け魔鏡って。


「もう、きりたんは知らなくていいの! それで? あたしが来るまで、ふたりでなにイチャイチャしてたのさ」

「してねーよ」


 俺はさりげなく、センセーへと目配せをした。

 なぜなら俺は、死ねなくなってしまったことをずっと、この幼馴染みにひた隠しにしているからだ。


「てか、ほんと自分勝手だな、おまえは」


 万が一にも胸の内を覗かれないよう、わざと悪態を吐けば、彼女は「えー?」と不満そうな声を出す。

 それから、早速ビニール袋から取りだした虚無の酒ストロングなゼロをプシュッと開け、喉を鳴らして飲み干した。


「ぷはぁー!」


 親父みたいなリアクションをしたあと、小春は再度疑問を投げつけてくる。


「で、なんの話してたの?」

『そうだ、聞いてくれよ小春ちゃん。切人くん、またも恐怖体験をしてきたんだぜ? うらやましいったらないよ!』


 はずむセンセーの声。

 助け船だった。


『かくかくしかじからしいんだけど』

「ふむふむ。なるほど。きりたん、またけったいで面白愉快おもしろゆかいなことに首突っ込んでるね。さすがに自制したほうがいいよ?」

「うるせー」


 てか、そんなにも面白い話なのか、これ?


「この世に面白くない話なんてないんだよ。きりたんの教養が足りなくて楽しめないだけで」

「黙れ」

「もが」


 そのへんにあった珍味さけのつまみを彼女の口へと押し込む。


「む。カワハギ美味しいヤッター! でもぞんざいすぎてきりたん許せない! ムキー!」


 喜び、酒をあおり、プリプリと怒り出す小春。

 出逢ったときからそうだが、こいつは変なやつだ。

 俺を喧嘩相手としか見ていないのか?


『小春くんの言っていることは、一つの真だぜ。なにごとも、楽しもうとすれば楽しいものだ。繰り返しになるが、本当に少女が赤い服を着ていたのか、というのも気になる』


 どういう意味で?


『そのままの意味だとも。少し話はれるが、ぼくがこの話に食いついたのは、いま蒐集しているテーマと合致するからだ』

「それは?」

『〝上半身の怪〟さ。あるいは物筋ものすじ、だね』


 上半身の怪。

 詳しくは知らない。

 知らないが、知らないなりに、このふたりと関わっていると解ることもある。


「それって……ひとの腰から上だけが動き回る、みたいな話っすか」

『そうだ。てけてけ、カシマレイコ、禍垂かすい、肘掛け女……戦前戦後を問わず、類例は多い』


 寒い冬の日、電車の事故に遭って下半身を切断された少女が、しかししばらくは生きていた。

 寒さで血管や傷口がぎゅっと縮まり凍結し、即死できなかったのだ。

 痛みにのたうちまわり、少女は世間を呪って死んだ。

 その後、彼女の怨霊が、噂を聞いたもののところへやってくるという。

 その姿は上半身だけで、ずるずると両手で身体を引きずりながら現れるのだ――


 そんなセンセーの説明を聞いて、俺は身震いをした。

 気味が悪いったらない。


「でも、それと幽霊屋敷に、なんの関係が」

『あるさ。たとえば――君の見た少女に、足はあったかな?』

「……!」


 あった……ように思う。

 けれど、断言は出来ない。

 よくよく見ている余裕などなかったし。

 直後に死んでいるので、記憶が曖昧だ。


『別に、足があってもいい。重要なのは、切人くんが見た〝赤色〟とは血の色だったのではないか、ということさ』


 つまり。


『君の目撃した怪異は、血染めの服を着ていたという可能性だってある、ということだよ』


 それは。


『こうやって、ひとつの話を深掘りして、他の話との関連性を探る。飽くなき探究心に任せ、ただひたすらに考え研究する。どうだい、生涯をかけるに足る大事業だろう?』


 などと言って、センセーは笑う。

 なるほど。

 確かに、俺が口にしたちょっぴりの情報から、ここまで妄想を膨らませられるのなら、それは楽しいだろう。

 いまさらになって理解するが、それが作家という生き物の因業いんごうなのかも知れない。

 そんな風に感心していると、センセーはスッと表情を消して。


『それにね、あるんだよ』


 と、つぶやいた。

 あるって、なにが。


『誰もが一度は聞いたことのある怖い話が、根っこの部分ではおぞましいけがれと結びついていたなんて、この界隈ではざらにあるってことさ』

「……脅かしっこなしですよ」

『そうだね。いまはまだ、脅かしですんでる。それで、幽霊屋敷には元々どういう噂があったんだい?』


 もともとって。


「俺が聞いたのは、幽霊が出るから近寄らないほうがいい……みたいな」

『あのねぇ……そんな漠然とした話があるかい。噂が広がるということは、当然増長性があるからだが、それにしたってもう少し明確な形があるだろう』


 渋面を浮かべるセンセー。

 どうやらお気に召さなかったらしいが、こちとら極力恐ろしいものと距離を置いているのだ。

 死なないからって、オバケが怖くないわけじゃない。


「あー、あたしが知ってるわ、それ」


 酒の肴がなくなったらしい小春が、ひょっこりと横から顔を出した。

 一生黙っていればいいのに。


「せからしかね……」

「方言でてるぞ、暴虐女」

「かー! せからしかー!」


 ゴスゴスと腹を殴りつけてくる小春。

 結構一発が重いし、じゃらじゃらアクセが煩いし。

 ひとしきり俺へと暴力をふるうと、彼女はまた一口アルコールを呷り、定番の文句で話を始めた。


「友達の友達から聞いた話なんだけど――あの廃墟、七人ミサキが出るんだって」

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