月刊誌 『妖異探訪』に投稿されたH.K氏の体験談
第閑話 塀の上で腕組みをする、背の高い女
多くの人にとって、その地名は温泉街を意味するが――
俺にとっての地元というのは、観光資源すらひとつもない、この世の果てじみたクソ田舎だった。
名物をしいてあげるのなら、温泉地にはつきものの
両親は変わり者で、幼い俺に女の格好をさせたり、すかした名前をつけてみたりとやりたい放題だった。
昔は、いうことを利かないと殴りかかってくるような二人だったが、いつからかやたらと過保護になり、村を出て進学すると告げたときは、素直に応援してくれた。
村を出ることも、都市部へいくことも、
実際に進学が決まると、
まるで、手のひらを返したように。
村から俺を、追い出したいようだった。
そう、村の大人たちは、よくわからないが俺をもてはやした。
遠巻きに、ニヤニヤといつも笑っていた。
おかげで高校までは、同級生たちから
……おっと、話が
両親の話である。
入学金を一括で出してもらった上に、毎月仕送りまで受けておいて、まったく家に寄りつかないなんてのは、さすがに親不孝だと考えた。
だから一回生の夏休み、俺は実家へと
帰り着くと、何故か怒られた。
それでも彼らとて人の親。
久しぶりに子どもの顔を見るのは嬉しかったらしく、昼食は
だらだらと数日を過ごし、幼いころ秘密基地にしていた廃神社を探したりもしたが、結局見つからなかった。
それで、あの日。
寄り合いで両親が揃って出かけたものだから――〝丸やさん〟が来るとか来ないとか言っていた。〝丸やさん〟は
ふと、顔を上げると、塀の上に女性の頭が出ていた。
我が家はぐるりと、周囲を
それにしても長身だ。
大きな
髪の色が、金糸を束ねたような
身長の高い女性が好みなので、ちらっとでも顔が見えないかと注視していると、やにわに女の腕が伸びた。
顔を隠したまま、女が顎の下で腕を組んだのだ。
そこで、おやっと首をかしげることになった。
いくらなんでも、女の身長が高すぎるのではないかと不思議に感じたのだ。
我が家の塀は二メートル近い。
ここに腕を乗せるとなると、女の身長は二メートルを超えるということにならないだろうか?
そこで、俺は嫌な考えを思いついてしまった。
もしかすると、女は家の中を覗こうとしているのではないか?
顔が見えないのも、わざと隠しているのかも知れない。
だとしたら、わざわざ塀を乗り越えているのにも理由が付く。
もとから小さくて、
すわドロボウかと思い立った俺は、
「おい」
妙な正義感に駆られ、声を掛けていた。
オバケは怖いが、人間は怖くない。
どこの家の誰だ?
不審者なら、通報するぞ。
「降りてこい」
すると、女が揺れた。
動揺して、脚立から降りようとしているのかと思ったが、違う。
笑っているのだった。
そうして――
「本当に、そっちへ行ってもいいのか?」
やけにはすっぱな、挑発的な声を投げ返してきた。
面食らいつつも、早く降りるよう語気を強めると、女は。
「――――」
ずるりと、腕の力で這い上がるようにして塀を乗り越え、べちゃりと、こちら側へ落ちてきた。
その女には。
下半身が、存在しなかった。
……オチはない。
恥ずかしい話だが、俺はそこで気を失ってしまったからだ。
両親に起こされるまで俺は寝込んでいたし、ふたりに事実を打ち明けもしなかった。
だって、そんなのは幻覚だと笑われるのが解っていたからだ。
俺――
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