第2話 最果て

私が ここに居る ということは、 私は ここに 生きている、ということだ。


宇宙の最奥がどこなのかは知らなくとも、 生まれた場所がそうだと言われてしまえば、 ああそうなのかと 長い年月の間に思えるようになっていた。


宇宙の最果てを見たことがあるか、と「奴」は いつも通り、どこか面白そうに 私に言った。


「この宇宙に、 果てなんてあるのか?」

「ないと言い切れるのか? まだまだ広すぎて 私らの繋がりでも 先は見えてこない」

「だから、そこだよ。 果てなんて ないんじゃないのか?」

「ほほう、面白い。してその根拠は?」

「……そんなもの、ない」


そもそもレンである奴に この宇宙が見えるわけがない。 だって目が付いていないもの……

ライフが組み合わさって、内部に仮想化した人格みたいなのがいくつもあるような、 超巨大な生命体の端末みたいな光の玉。

レンとはそうした 生き物。

よくわからない 仕組み? で できている。


私は あれだ。 死して未練を残した者たちの 怨嗟 の塊か。

となるとレンは 解脱後の 生き物の姿なのか? 阿保らしい。


輪廻をまるで、ライフの義務教育機関みたいに巡らせて、 出来が良くなければ何度も生命として 生まれ変わらせている。

出来の良しあしってなんだろう……


奴さんたちのレンという名称も、なんだかとってつけたような名前だ。

ライフ・エレメンタル・ネットワークなんだそうだ、正式な名は。

名付け親は ごくごく初期のころからいる 古株のレンのおつきらしい。

……おつきってなんだよって思ったのを思い出す。


「この宇宙は広大だ、とは言ったが 果てはあるぞ。少なくともその可能性は、ある」

「しらないよそんなもん。 奴さん、いつも適当なことしか言わないし」

「ふははははは。 まあ、確かに。根拠のないことほど 面白おかしく膨らませるからの」

「ゴシップ好き!? ゲスっぽくて好きじゃない」

「ゲスは下の種、もしくは下の衆と書く。すなわち 天は人の上に人をつくらずじゃ」


借り物らしい どこぞの誰かの名言を どや顔で言っているような雰囲気が その時 私の居た衛星上に広がる。見ると 衛星の上に ライフの流れが 生まれ始めていた。


「おいおい、奴さん。漏れてよ、いろいろ」

「ぬお!むふん!げほげほ……。うむ、これでいい。当初の予定通りじゃ」

「本気? ここ、ただの衛星だよ?」

「いいのいいの、たまにはこんなんも ありってことで」


ホント……いいかげん。


その頃 奴さんが始めていたのは、 銀河の中央にかたまりがちなライフの群れを、辺縁に近いところまで 運ぶ事業だとか。

地球ふうに言えば、Iターンと言ったかな。その斡旋。

要は、整い過ぎてライフにとって成長しづらい中央を離れ、 辺境の学ぶことの多い新天地で、頑張って学んで一日も早くレンになろう


事業というのは、これが レン の総意で決められて進められているプロジェクトだからだそうだ。


「奴さん、何度も聞いて悪いけど もう一回だけいい?」

「おう。ちょっと待ってな、今 この星系を監督するレンの連中が到着するところだから」


奴さんが そう言ってすぐ、 星の地表に 青い線が 走った。

……これもう実用化しているんだ?


以前に 目の前に奴さんに頼まれて、 空間をいじる実験をしたことがある。

その時に たまたま見つけた この青い粒子は、 遥か離れた二つの地点を 一時的につなぐ性質があった。

それを見つけて 集めて いつでも使えるようにしたのが この青い線だ。

扱いもそれほど難しくなく、線に繋ぐ先を指定するだけでいい。

その指定の仕方がちょっとだけ複雑だったけど、まあ、英知の塊みたいなレンの前では難しくないに入る扱いなんだとか。


「こいつはなかなか便利ですね。さすがは シト・ブライト、 ヤツガルド・コーシュルグ・クワント・テーラッシュ・アーイデ・……」

「私の名、全部 呼んでると終わらんぞ。 省略しろといつも言ってるだろう」

「は、これは申し訳ございません、 ヤツガルド・コーシュルグ・クワント・テーラッテュ・アーイデ……」

「……だから、終わらんし、嚙んでる。テーラッテュってなんだそれ、ちょっとかわいくしてどうする」

「は、はい。申し訳ございません」


奴さんと新しく来たレンの、コントだか漫才だかを目の前に、 しかし一つだけ 引っかかったところがある。

名前だ。


「ちょっとねえ、奴さん、そっちのもう一人っぽいレンさん」

「なんだ?」「はい?」

「シト・ブライトって、ひょっとして私のこと?」

「ああ、そういえば……」「はい、その通りでございます。シト・ブライト」

「奴さん、どういうこと?」

「いや、まあ、なんだ。結構長い間お前さんにはあれこれといろいろ手伝ってもらったからな。内々の内々に お前さんの呼び名が決まってるんだわ」

「呼び名? なんで?私を隷属化するつもり!?」

「いやいやいや、名をつけて縛ろうとか そんな感じのものではないから。 むしろ感謝の印という意味もあって……」

「何をどう感謝したら、 人様の名前に シト とかつけんの? シトって使う途でしょ」

「それは、なんというか 中央に行くほど そういう意見が強くってのう」

「奴さん!どういう意味なのかはっきりと言って。あんたらレンは、私を使途 扱いして この宇宙に 物理干渉しようって魂胆なの?」

「なにをなにを……まあ、正直なところ一部の連中はそうしたがっているんだが」

「却下で拒否。できんでしょ?奴さんなら」

「ま、まあまあ、そこまでの権限は……」

「あるんでしょ!!そっちのもう一人のレンさん?」

「は、はい!た、確かに ヤツラギ・コーシュルグ・クワ……」

「はい!あるんですね。ほら!奴さん!」

「はいはい……、ったく 面倒くさい。ちょっとばかしいいじゃん、名前くらいよ」

「何言ってるの?そのちょっとから 切り崩されて あとは言いなりって、 ヤバい人の使う常套手段じゃん」

「だから 俺らはそんな ヤバいのと違うから」

「違わない。 どいつもこいつも 初めのうちは そう言うし、そう思ってんの。けど、こっちがちょっとでも気を許したら どんどんエゴばっかりに染まってくの」

「極端すぎだわ……」


仕方がない、そうなのだから。 誰がそれを教えてくれたか、しかし厳然たる事実として 私の中には そうした記憶が あふれんばかりに詰まっている。

みんな、ほんとうに 最初の内は 良い人ばかりだったのだ。メリエルもキーシャも、ダもリーも、 はじめのうちは感謝されて とても大切に 友情を育んでくれる。 しかし いつからだろう、 意に沿わないと 怒るようになる。 願いを聞かないと 反抗しだす。


「生命なんて所詮 エゴのかたまりでしょう。してもらって当たり前、それでいてこちらが困った時には 何もできない。何もしない。奴さんたちは生命かどうかもわからない存在だから、違うんじゃないかって思ってた……」

「違います!シト・ブライト。それはまったくもって 間違った解釈です」

「……なによあんた、後から出てきて 何知った気になって口きいてんのよ」

「ですから、あなた様のお名前についてですが……」

「名前なんかないわよ!私に名前を付けてくれる親がいるわけないでしょう!」

「いいえ!ですからその親が……」

「あん? ……親、が?……」

「はい、ですから、シト・ブライト様の 親とも呼べるレンの方が」

「いないのよ!そんなもん。私は 私で、 ある時 ぽつんと 宇宙の 最奥に 生まれたの!」


こいつ、何を言い出すのかと 正直 思った。 だって親だとか、はなから考えてもみなかったし、それを今さら……。

気が付いたら私はそこを飛び出して、 たった一人で 宇宙空間をさ迷い歩いていた。




―――

宇宙は 広大だと 奴は言っていた。 そのうえで 果てがあると。


私は 私として生まれ、ここまで私として 生きてきた。 別に 死んでしまう可能性のある 命なんかではない。 死など 形態の変化 であり、 芋虫が 蛹になるときの ようなものでしかない。 蛹は 殻の中で 次第にその形状を定め、 やがて殻を破り 成体へと変化する。


それすらもあるかどうかわからない存在。それが私だ。


「ふざけんなよ! 何がどうしたら こんな目に逢わなきゃいけないっていうんだよ!」


大声を上げたつもりだが、 あたりにはその音を伝える 物質が 何一つない。 上下左右の感覚さえ失せ、 はるか遠くに 小さく光る 星の瞬きが いくつか見えているだけ。


「果て? 星がなくなったら 果てだと言うのなら、 あそこに集まっている銀河が宇宙の全てだというの? あんなもん、レンのかたまりじゃない!」


レン。 ライフが形作る 巨大な意識の 集合体。 ライフの組みあがりが いくつもの 個を ひとつの中に 形作っている。 個であり全。 不思議な命の在り方だ。


「けれど考えてみたら、 小さな生命の内にも いくつかの思いや 考えが 生まれることってあったような……」


例えば、かつて訪れ数億年の歳月を過ごした惑星。 命が生まれ、 それが次第に複雑に 進化し、 そうしてついには 私と似た姿をした 知性体が現れた。

その間に 食うや喰われるやの 生き物としての生存競争が活発化し、 ライフはどんどん複雑な仕組みを 編み出し、 あるいは 惑星のレンから教わり、 そして時には 他の惑星から訪れた 知性体の薫陶を受け、 進化を覚えていった。


あの知性体たちにも、一人でありながら いくつもの感情に苦しむ 様があった。


「フラクタル……。奴さんの言う通りなんだろうか……」


以前に 奴さんは この世界に存在するものはすべて 幾何学的に フラクタルの相似を持っていると言っていた。 それが本当なら、あの惑星に生まれた 生命のすべてに レンである 奴さんたちと同じところがあるはずだ。


「やめよう、考えてもここじゃ 検証のしようもない」


見渡す限りに 光など無く ただ 暗黒の空間に ぽつり、ひとり。

気が付けば 私自身の 体から出る 光が、 ただただ自分の周りだけを 照らしている。

手を挙げてみると 何も触れず、 足を振っても 何もあたらない。 肌に触れる感覚は 既になにひとつ 感じ取れない。 目も、 自分の手足や体くらいしか 見えるもののない 広がり。


「ここが、 果て……なのかな」


当然のことながら 既にどちらの方向から来たのかも わからなくなっている。 なのでどっちに行くことが 正解なのかも わかるはずもない。


「結局のところ……こうなるか。まあ、出自から 私なんか この世界で 不要なものだったわけだし、 奴さんに会うまで 誰とも話したことないのに、なんでか要らないこと 無駄に沢山知ってたし、 レンだとかよくわかんないし、そろそろ疲れた……」


そんなことを考えた。 それで、本当にもうどうでもいいと思って 体中の力を抜いた。


驚いたのは そうすることで、 体がどこかに引き寄せられていることに 気が付いたからだ。 これだけ遠く離れても 何かが 私を 引き寄せようとしている。

はじめは、何か巨大な質量を持つはぐれの惑星が どこか近くにあるんじゃないかと考えた。 周囲に何もないところに 恒星からはぐれ 飛んできてしまった 星が あるのではないかと。

しかし一向に その星にたどり着かない。 何か変だなと そこで思った。


試しに手に力を入れると、 その手だけがその場に留まろうとして 体は引き寄せられる。 なのでまた全身に力を入れると、引き寄せられる力が なくなったように感じる。


「何これ? 引力とは違うの? 質量とか関係なしで 止まるってことは そうなんだろうけど……」


再び全身の力を抜いて、今度は引き寄せらえる方へ 顔を向けて なされるがままにしてみた。


そうして 永い久い 時が過ぎたように思う。 比べるものがないので 自分の体内を循環する体液の巡りで 暫く測ってみていたけど むしろ永劫の時と言った方が早いくらい 時間は過ぎている、と思う。


もうとうに 奴さんや 奴さんに出逢った銀河も、 はじめて見た星々の銀河も、 寿命を迎えていてもおかしくはない。 物質でできているもの全てには、その終わりが定められている。 それは 常に変化することで 怠惰な状態に陥ることを 防ごうという狙いなのか。 今となってはその答えを 返す存在すら いるかどうかも あやしい。


気が付くと 私の意識は 真っ暗な 深淵の底に 静かに着地した。そうとしか言いようがない、深く暗い穴の底に ふわっと背中から 落ち着いたような感じだ。

そのまま 私の体は まだ光の見えない空間を どことも知れない方角へ向かって、 ただ引かれていくままでいる。

私の意志はもうとうに それをどうでもいいと 手放していた。


なにも変わりなく ただ体だけが 引かれていく。 それは 単に 触れるものの何もない空間での 幻想だったのかもしれない。 引かれていくことになぜ気が付けたのか、答えは未だに出ない。肌に触れる空気もない場所で、目印となる光もない場所で、どうして気が付けたのだろうか。


そうして深淵の底に眠るように横たわる私の意識に、声が届いた。聞いたことのない、不思議な声だった。


「オウニー、君はまだ、失われては困る。オー・ユー・エヌ・アイの他の可能性は全て潰えてしまい、残るはもう君だけなんだ。だから今一度、頼む。 全ての生命が 等しく 対等で そして互いに尊重し合える 世界を……」


幻聴と、いうやつだろう。 そういった類の声は これまでも何度も聞いてきた……。


私がその最後に考えたのは、それだけだった。


そうして次に気が付いたとき、私はまた 最初の最奥に ぽつんと浮かんでいた。

まるで何もかも はじめから何もなかったかのように、 私はそこに浮かんでいた……

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