最奥と最果てと、とても愚かなこと Ψυχή :: 黎明

静香 仁

最奥と最果て

第1話 最奥

目が覚めた時、そこは宇宙のど真ん中だった。 目を凝らせば凝らすほど 眩い光が目に飛び込んでくる。 目の前も左右も足元すらも 氾濫する光に包まれ 何が何だかわからない状況だ。


――そんな中でなぜ私は、そこを”宇宙”だと理解していたのだろう。


数多の光が落ち着いたのは、それからしばらくしてからのこと。流れる河のように 波打ち 暴れ回り 様々なものを押し流していた本流は、今はもう落ち着き穏やかに流れている。いくつかの流れは渦を巻き方々に漂い浮かんでいた。


――河とはなに?あの様が、それに似ている?


私のすぐ近く、顔をあげた先に 少し大きめの渦が見えた。 どういうわけなのか、あの場所へ行けと 誰かからそう言われているような気がした。何故なのかを考えても 答えなど出るはずもない。 私はあのとき、あの場所に独りきりでいたのだ。


ただ、そう考えたら なぜだか、それがとても寂しいことに思えた。


――寂しい?


気が付くと、先ほどまで私を取り巻いていた光は 全て渦に取り込まれている。 今はもう、私の周りには 薄っすらと明滅する 小さな光が 霞のように漂っているだけ。


渦は いつの間にかその数を増し十重二十重に辺りを覆っていた。 目の前にある 大き目の渦は、よく見ると 少し歪に、楕円形に見えた。 その少し先に それよりも小さな渦がふたつ。 その渦の周りに 更に小さな渦の 集団。


そうしてその数えきれない数の渦が、私の居る場所から遠ざかるように、次第次第に小さくなっていくのが見えた。


――遠のいている? 行かなくちゃ、今すぐ


なぜそう思ったのかは、後に考えても答えは出ていない。とにかくその時 私は 最初に見た 大き目の渦に向かって 移動しなければと、それだけを考えていた。


私の周りを取り囲んでいるのは 霞のような 明滅する光のみ。 あの大渦に向かうために、試しにその光に 手を伸ばし、手のひらで触れようとしてみる。


――なにか……ある?!


驚いたことに、指先にざらざらとした 何かが 触れた。 そのまま手で捕まえようと掌を閉じようとすると、意外なほどに強い抵抗があった。


――これは……なんなの?


握ろうとしても何かが邪魔をして指が閉じられない。 力を入れれば入れた分だけ 同じくらいの力で押し返される。

他の霞の方へも手を伸ばし確かめてみる。すると今度は 伸ばした手の指を 小さな手で握られるような感触。

驚いて声が出た。


「なんなのよ!もう!!」


その声に反応したのか 霞が スーっとその様相を変えた。 それはよく見ると、なんだか椅子みたいな形をしている。


白く淡く、それでいて滑らかな曲線でできた四本脚の椅子。 見た感じはそんなだ。それが目の前にあって、暫く見ていると霧散する。 ぶわっと、霞に戻る。


「なにこれ……超常現象 とかいうアレ?」


また、思わず声が出た。


そうしている間も、行きたいと思っている渦がどんどんと遠ざかっていく。次第に小さくなっていくその光の渦に、手を伸ばしてみるが動きようがない。


せめて 何か掴まる物でもあれば、と、そう考えた拍子に、目の前にテーブルが出た。

そのテーブルは どちらかと言えば ちゃぶ台と言った方がいいだろうか、 随分と脚の短めな三本脚のテーブル。

それがちょうど渦の方向に現れたので、私は思い切ってその足に手を伸ばしてみた。

驚いたことに握れた。


そのままその掴んだ肘を曲げ、自分をぐっと引き寄せ、テーブルを通り過ぎようと半回転したところで、今度は勢いをつけてテーブルの脚をぐっと押す。


うまい具合に 勢いがついた。


私の体は万歳をしたような姿で、 お腹の辺りを中心に くるくると自転しながら、まっすぐにあの大渦に向かって移動し始めた。


これでなんとか辿り着けるだろうか?

あともう一つ新たな問題は、この自転を止めるにはどうしたらいいだろうか。


そんなことを考えていると 例の霞のような光が ふわりと私の体を包みこんだ。 おかげで自転が止まる。

包み込まれた霞光の感触は、なんだか柔らかい真綿のようだった。


「あ、あり がとう?」


それが正解かはわからないが、 とにかく 自転を止めてくれたことに対して私は、感謝の言葉を返す。

あのまま何回転もまわっていたら、そのうちに目が回って とんでもないことになっていたかもしれない。

なのでそれを食い止めてくれて、ありがとう。


このようにして 私は 宇宙を移動する 術を得た。 霞のようなそれは 宇宙の至る所で 目につく。 さすがにこんなにも協力的なことは、はじめのこの時しかなかったのだけれど、それ以後も霞光をつかまえて岩山を登るように宇宙を移動している。


近くの霞光を掴んで、 更にその先を掴む。 時には 足で蹴って移動する。宇宙の中では慣性の法則が十分に働いてくれるので、移動はそれだけで簡単にできる。


問題は 止まるときくらいで……。けどまあ、その話は またいつか 別の時にでも話そう。


それから幾らかの時が流れ、私はついに目指したかった大きな渦へと辿りついたと、そういうわけだ。




―――

「不思議な話だね、そいつは。 普通は俺たちが生まれるときってのは、惑星上のはずなんだがな」


あれから随分と長い年月が流れた。あの日、渦の中に入り運よく星々の流れに乗ることができた。その流れの中で私は、私よりも数万倍も大きな 「星」というものをはじめて見つけた。


「ちなみになんだが、あんた生まれてからどれくらいになるんだ?ここの銀河年で?」

「知らない。なに、そのギンガネンって」

「あらら、もの知らずな坊主だったか」

「ボウズ?別に髪は剃ってないけど?」

「なんで坊主だと髪を剃らなきゃいけねえんだよ?」

「知らないよ、けどボウズってそういうものでしょう?」

「そんなわけあるか。坊主って言ったら その辺で鼻水垂らしながら駆け回っている 頭の悪そうな男の子のことだろうが」

「男の子?なにそれ?」


「星」にはいくつか種類があった。そのことについては、何故か知っていた。

恒星、惑星、そして衛星、彗星、小惑星。


それらの星々の内、恒星と呼ばれるものは光が強く、近づけば近づくほど眩しさに目が見えなくなるので 立ち寄るのをやめた。


恒星の周りを巡りながら 一緒になって宇宙を飛んでいる 惑星へと近づき、ゆっくりと降り立つ。 惑星は 近づけば近づくほど 体が重くなる気がした。


はじめて足を付けた大地は、 温かかった。足の裏に感じた温かさは 次第に体中へと広がり、 なんとはなく 心地よさを感じた。


「で、これからどうすんだ? 行くところがねえなら、一度 アルファに向かった方がいいぞ。そうすりゃいろいろと教えてもらえるだろうからな」

「ああ、アルファかぁ。そこってアルファベータのことでしょう?あそこはちょっと色々あって、今はちょーっと行きづらいかなぁ……」

「なんでぇお前、アルファ脱走組か?ガハハハハハ、いいねぇ、元気があって」

「あははははは、ありがとう、うん。元気だし、大丈夫だよ」


彼はどうやら、私がアルファの基礎を築いたとは知らなかったようだ。

それもいい、と思う。どうせあの場所はレンの連中に半ば騙されてつくった、私たちの洗脳場所みたいなものだ。レンの一部には、私たちをいいように使いたいと考える一団がいる。そんなものに関わってやる必要はない。


はじめての惑星に降りた私は、それから……その心地よい惑星を後にし、そうしてその渦――「銀河」と呼ぶらしい――の中心に向かって移動を始める。

何故そうしようと思ったのかは自分でもわからない。


銀河の中心にまで辿り着いてみると、そこには 恐ろしく大きく、強く重そうな光の塊が、あたりの他の光を吸い込むように渦を巻いていた。


とても静かな場所だった。

どうやら音も他の何もかもあの中心にある重たそうな光が吸い込んでしまうらしい。


それから私は、吸い込まれないギリギリのところに、めぐるましい勢いで飛んでいく恒星を見つけた。

その恒星に七つあった惑星へと向かい、恒星から四番目にあたる惑星へと近づく。


惑星に降りると、あの巡るましく飛ぶ様子とはかけ離れて、穏やかな場所に少しばかり驚いた。


青い空が広がっている。


大気は少しばかり流れが活発なようだ。 随分と高いところを、惑星から剥がれたのだろうか、いくつかの大地が飛んでいる。


試しに、足元の地面を少し手で掘り返してみた。そうして手のひらに砂を乗せ、浮くかどうか投げてみる。 どうしたわけか砂は地面に落ち、なのにあの空をゆく大地は落ちる気配さえない。


不思議だなと思いはしたが、その時それどころではない出来事に見舞われることとなった。


「お前さんは 何なのだね?」


惑星の上に降りてはじめて、自分以外の何者かの声を聞いた。


この最初の出会いは、私がこの世界に生まれてから、この銀河が三周ほど巡ったころだったと記憶している。とても驚いて変な声が出てしまったので間違いないはずだ。


「そいつはびっくりしたな。で、声かけてきたのは誰だ?いいところのお大臣さんか?」

「ううん、そんなんじゃない。もっとずっと、おかしなヒト」

「ほー、そうか。それならとっとと 守備隊か 警邏隊に通報しねえとな」


――親爺さんはそういうと どこかに用事があるのか 腕にはめた時計に目をやった。


「それじゃあ、ありがとう。いろいろと教えてくれて それもありがとう」

「お、おう!いいのか、気を付けていけよ。こんな辺鄙な所じゃ面白いもんも見つからなかったかもだけど、あんたの行く先に幸いがあることを祈るぜ」

「うん、ありがとう。おじさんも、みんなと仲良くね」

「おう!余計な心配よ!」


この見た感じ 飲んだくれの 親爺は、あれからかなり経って 永い旅先から戻った時に知り合った、私の同類。あの頃は 自分と同じようなモノが 他にも生まれてくるだなんて 奴に言われても信じられなかった。


親爺さんは、 私がこうして街中に立ち辺りを観察していると、ときどき話しかけてくる。彼からすれば 私は 幼い子供のように見えるのだろう。私からしたら大量に増えた同類観察の邪魔なのでもう少し遠慮してほしいのが本音だ。


心配してくれているのかもしれない。しかし会話の内容に あまり意味がなくて 面白みがない。できればもう少し 私の知らないような、 それでいて興味深い話で 声をかけて欲しい。


それでついこちらから 昔話を親爺さんにしてしまうんだが、 いつもきまって 返ってくる答えに 満足できた試しはない。


そんな親爺さんだが、本質的にはいいヒト、のようだ……




―――

君らの住む惑星を「地球」と名付けたのは、君らの祖先だろうか。


「天の川」と名付けられたその銀河は、私が最初に向かった銀河から 随分と離れた場所にあった。 そうして私にしてみたら思い出深い場所でもある。何故なら はじめて 大切な感情を 手に入れることができた 場所だからだ。


私が 生まれてすぐいろいろなことを知っていた理由も その銀河で知ることになる。 何故ならその場所は 私がはじめて命に認められたところでもあり、また頼られた場所でもある。


なのでここで少し、地球に住む君たちのために、この話に出てくる 難しい言葉について 説明しておこう。


銀河年という言葉が少し前にあったが、 あれは銀河を取り巻く星々が 銀河の中心を一周巡る間の時間を指している。なので銀河によってまちまちだ。君らのいる天の川銀河であれば、一周は君たち地球の人々の3億年ほどに相当する。それで銀河年1年だ。


私がはじめて向かった銀河では、規模が大きかったせいか、1銀河年は地球時間で12億年ほどだった。最初の1銀河年で いくつか他の銀河と合流し、はじめはそれほどの大きさでもなかったものが、あっという間に膨れ上がった。


その時は私も銀河の内側にいたので、あまりよく分かっていなかった。

例の その銀河の中心近くで 話しかけてきた奴が、二度目に会ったときにそう教えてくれた。


はじめて会ったとき 奴は、自分のことを「レン」だと言った。そうして 自分の名を名乗ってきた。あまりにも長すぎる名前のため 私は覚えず、 なので今でも奴のことは「奴」あるいは「奴さん」と呼んでいる。


奴さんの見た目は とてもシンプルだ。 こう、両手で抱えられる大きさの 丸い ふわふわっとした感じの……綿毛? それが恒星のように光り輝いて見える。


おかしなもので見た目にはそう見えるんだが、傍にいるとなぜか ガタイのいいおじさんに 感じられる。 どこか工務店で 日がな一日、トンカチでもって 色々なものを 作っては壊し、作っては壊す、そんなおっさん。


その、奴が言う言葉を借りると、レンというのはこの宇宙に満ちている命の総称らしい。「ライフ」と呼ばれる素となる粒子があり、それが組み合わさり「命」となる。その「命」によって成長した「ライフ」の集合体が「レン」だそうだ。

自分で言ってもまったく意味が分からないのだが、そういうものだと何度も説明してくれた。なのでそういうものなのだろう。


また奴は、私の存在についても、推測ではあるそうだが 教えてくれた。


レンはその成長にライフをたくさん取り込む必要があり、 そのために 惑星上で 命 を生み出しているという。その 命 というものに私がはじめて出逢うのはそれから随分と後の話になるのだが、 どうやら惑星上での命の成長は、随分と効率の悪いものらしい。


「命」は本来、永遠のものとして生まれてくるのだそうだ。しかし、その生成に惑星を形成と同じ 「物質」 と呼ばれるものを 用いる仕組みをレンたちはとっているらしい。そうすることで 命が宿る生命体は永遠のものとはなれず、常にその体組織を補給する必要があるつくりとなっているそうだ。


「地球」に住む君たちならわかるだろう。そう、生命は他の生命を取り込まなければ自らの体組織を維持することができない。


一番最初に実験された地では、最初の生命はライフのみで組成された体だったらしい。そうして永遠ともいえる命を謳歌し、その生命体の内でライフは「命」を形作っていった。


彼らの住むその星は、今はもうこの宇宙の 彼方へと遠ざかっている。惑星の名はエデン。

最初に生まれた命は今でもまだ長らえ、そうしてライフに戻ることもなく平穏に暮らしているそうだ。レンの一部に言わせればそれは 永遠の監獄 なんだそうだけれど。

何も摂取する必要はなく、何も生産する必要もない。けれど生命として意識はある。なので時折、皆で集まって 集会をしたり 音楽を奏でたり 劇を見せ合ったり、そうしたことを繰り返して日々の退屈をしのいでいるらしい。


エデンでの実験の後、 各惑星を担当するレンは その星に生命を息づかせる場合、一定の期間で生命活動が終わる仕組みを設けることにしたという。

炭素を元に形成される個体は、中でも人気の高い生命体だそうだ。

1銀河年の間にほとんどの生命が何百回と生死を繰り返し、その都度 未発達のライフが成長したライフへと育ち、惑星を担うレンへと還っていく。


成長したライフは惑星を管理するレンに合流し、命としての組みあがりから解放され、レンの一部として結束する。この時、どうしても組みほどけないライフが稀に出てきてしまうそうだ。そうしたライフは別個で集められ、長い時を経て混じり合い ひとつの「命」へと変化していく。


奴に言わせれば私は、その最初の一個だろうと言われた。生命が生前に組み上げた「命」の 凝り固まり。凝り固まってほどけなくなった ライフの濁り。 ライフでできているにもかかわらず、レンたちとの交流に難がある存在。


「お前さんみたいなのは今後もまた生まれてくるのだろうな。ただし、いきなり宇宙空間に放棄とかはひどいことをする。そういうことをしないよう、レンの皆に話をしておくとするよ。」

「そいつは、ありがとうと 言っておいた方がいいのかな」

「どうかなそれは。レンとなれば意思疎通は互いに開かれてはいる。が、例えば私が言ったことと真逆のことを伝えてくるものもいるだろう。要は個々にいろいろな考え方があるという意味だが。お前さんみたいなのを嫌うレンも少なくはないだろうな」

「それは何故?私があなたたちとは違うものだから?」

「いいや、その逆とも言えそうだ。あんたはあんたで、一個で居られる。私たちは結局のところ、他のレンと繋がることなく 存在し続けることはできない。ゆえのやっかみみたいなものが多いかもしれない」

「ずいぶんと器が小さいんだね」

「そりゃそうさ。私たちの中には あんたとは比べ物にならないくらいに 沢山のライフが詰まっている。となれば器などどれだけあっても広いとは言い切れないね」

「なんだかそれって、逆に 私が取るに足りない小さいものだって言っていない?」

「なるほど、そう伝えたら宇宙空間に無断投機するようなレンは減るかもな。お前さん、頭は良いな」

「……からかわないでよ。っていうか本気でそう言っているって 伝わってくるところが なんだか腹が立つね」

「ワハハハハハ。私らレンはそういう存在さ。本来であれば腹芸などは必要がない」

「それもなんか本音らしくて、腹が立つわね」

「腹を立てたりできるところが、お前さんの私らを上回る長所だろうな。そのこともレンには伝えておくとしよう」

「なんで長所なの?カッカしやすい方が良いわけないでしょう」

「捉え方次第という話よ。考えすぎは 今のように 妄想を育てるぞ」


腹が立ちすぎてそれ以降の会話はあまり覚えていない。

けれどその後も何度か奴のところへは足を運び、そうして暫くして一通りの知識欲を満たす頃、私はその銀河を離れることにする。


次に私が向かったのは、宇宙の果てを見に、だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る