とても愚かなこと

第3話 胡乱な朱 と 純白の白

世界の果てには何もなく、だからこそ そこが 世界の、宇宙の果てなのだと そう知った。 できたらそこに、 私の知らない、私が求める、そして私が喜びそうな 何かが あればよかったのに。


どちらを向いても 何も見えない。 延々と続く 闇の中。 ぼうっと浮かんでいる自分の体を 眺めながら ただ 漂う。 そんな体験は 普通は しない。 今ここで 周りを見回すとわかる。 どこを向いても 溢れる光に 満ち溢れている。


そうしてその光の全てに なんとなく 覚えがあった。 かつて見た 河のような 本流。けれどその流れは 前に見た時よりも 少しだけ 穏やかに見える。


「やあ、ごきげんよう。ようやく意識を取り戻したようだね」


突然に聞こえた 声のような音。 そちらを向くと 私の 右側頭部のすぐ横に 鮮やかに黄みがかる赤色の、 光る、球が いた。


「あんたは? レンなの?」

「ああそうか、はじめまして だったね。 ごきげんよう、オーニー。私は 君の お目付け役として 形作られた ※※※のレン。名前を ジーニーという」

「なに?よく聞こえなかったんだけど」

「ん? 通信機能障害なのかな?私の名前はジーニーだ。どうだね、今度は聞こえたかね」

「そこはさっきもちゃんと聞こえた。その前、何のレンだって言ったの?」

「※※※のレン。どうだろう、聞こえたかな」

「わざとじゃないの?なんだかゴキュゴキュ音がしているみたい。ゴキュゴキュのレンであってる?」

「うーん……うん、それで音としては合ってる。けどそうか、ゴキュゴキュはこちらではまだ、至らずの言葉か」


その朱色の球はそう言って、今度は 私の顔の前に来た。 奴さんとは違った 黄赤に光る球体。 ……なんだか直感的に 怪しいと感じる。


「とにもかくにも はじめまして、オーニー。 これからよろしく」


親し気な口調で そう言って、 ごそごそと球を震わせて何かをしている感じの 朱玉。 ちょっとだけ 怒りが込み上げてくる。


「お目付け役って何? あなたなんか 知らない」

「あー、まあ、そう言わないで。っていうか、えーと、仲良くしよう」

「誰か他の奴に言って。私は御免だわ」


どうしてもいけ好かない。なので私は その朱玉を そこに置いたまま 以前のように 一番近い銀河へ向かおうと 体を向けた。


「オーニー、まってまってまってまって!駄目だ駄目、そっちじゃない。そっちに行く前に 先に行かなきゃいけないとこがあるから」


そう言って朱玉が、 私の顔の前で 右左上下と おかしな動きで邪魔をする。ふざけんじゃないって 思わず捕まえようと 手が出た。


前に奴さんにも 掴みかかったことがある。その時 私の手は 奴さんの白い光の中を するっと通り抜けた。そのことを 朱色に手を出してから思い出した。


案の定 手がすり抜け……


「ぎゃー!なななななななななななんで!?いきなり??しかもそこ?!」


大慌てするように 赤い球が 手の中でじたばたする。 私の方こそ なんでよ。


「へー、あんたは 触れられるんだ。ゴキュゴキュってそういうことかぁ」


よくわからないけど 何かを誤魔化そうとして、ゴキュゴキュとか、変な言葉にしたんだろうな。そう考えて 握った赤玉を 思いっきり振りかぶる。

こんな怪しい奴、近くに居られたら何に巻き込まれるかわかったものじゃない!


「じゃあ ごきげんよう。もう二度と 私の前に 現れたりしないで、っね!」


この宇宙では 物理的な法則 というものが働く。 宇宙空間で物を押すと、その力が推進力となり 押されたものは前へ、そして押した私は 後方へと動き出す。

押すだけでそうなのだから、足首、腰、肩 の捻りで生じた力で 振り回す 腕の遠心力は 恐らくとんでもないエネルギーを発生させていたはず。


……私の中に溜め込まれた 大勢の誰かたちの知識が そんなことを思いつかせてくれた。


ただ一つ思い違いがあったのは、 間違えて 朱玉を、行こうと思っていた銀河に向けて 投げてしまったこと。 おかげで 私自身は それとは逆に向かって 結構なスピードで すっ飛んでいる。


「あーあ、まいったな」


いつも移動するときに使っていた ふわふわと浮かんでた 淡い雲みたいなのが 見当たらない。 そいつがあれば、 ちょっと捕まらせてもらって 方向の修正が叶うんだが。

まあ、ないものはないで 仕方ない。


「とりあえず、どこかの星で落ち着こう」


そうして 私はその時、 最初の時と違っているいくつかの事柄に 気にも留めず、 まっすぐに明後日の方角へと飛んでいくのだった。




―――

それから 暫くの間、 慣性の法則に則って 宇宙空間を飛んでいると、 以前は見なかった 小さな銀河を見つけた。

とても小さい、けれど 他の銀河と同じくらいに 全体が輝いている。


「あれってどういうことだろう」


考えてもわからないことは 考えただけじゃわからない。なので私は、その銀河に向けて ベクトルを変えたい。しかし やはり辺りには 方向を変えるための ふわふわも、彗星も、はぐれの惑星や 小惑星なんかも見当たらない。


「何かお困りでしょうか?」


また突然、今度は顔の左側から 声がした。


「もしよろしければ、私 お役に立ちますよ。って、ギャ!」


反射的に 左の腕で 思い切り押してやった。 ちょっと握った手が当たったみたいだけど、殴ったわけじゃあない。押しただけ、そう、私は驚いて押しただけ……


それでもちょうどいい方向に 私の動くベクトルが変わった。 しっかりとあの小さめの銀河に 向かっている。


「ちょっとちょっとちょっとちょっと、せっかく追いついたのに あんまりですよぅぅぅぅぅ」


次第に遠ざかる 朱玉の声を 背中に聞きながら、私は 未知の銀河へと向かっていく。


――この時も そうだ。 おかしかったんだ。 なんで遠ざかっていくように聞こえてたんだろう。朱玉の声。宇宙で 声は 聞こえない。伝播する大気がないからだ。 最初の時に朱玉は、通信がどうとか言っていた。その通信がどういう意味なのかも問題だけど、私の知っている通信であれば 遠ざかっていくように聞こえたのはおかしい……


どれもこれも 全部、後になって思い返し、そして その時が来て取り返しのつかないことだってわかって、 けど……


まだそんなことは何も考えていなかった私は、 そのままその 小さく、 けれど 神々しい光を放つ 銀河へと 辿りついたのだった。



―――

小さな銀河の中心近くに着くと そこで また レンと名乗る相手、シュタインさんと会った。レンに会うのはこれで何回目になったろう。思った以上に宇宙って、いろいろなレンがいる。


「あらあら、噂の子ね。ようこそ、私達の銀河に。私はレンの アイリ・シュタイン。あなたのことは 知ってるわ。 ヤツガルドさんたちのところでは、沢山いろいろなものを つくってくれたのよね」


このレンの光り方を見ていると、奴さんやあっちの銀河で会ったレン全てが、まるで薄汚れた色に思える。それくらい真っ白。それに名前も短くて、話し方がなんだかお上品だ。


「あ、あの。私は その……」

「なあに?どうかした?」

「い、いえ。えーと、はじめまして」

「はじめまして」

「その、私 まだ名前がないので、あの、ごめんなさい」

「あら、いいわよそんなの。ヤツさんだっけ?ヤツガルドの皆さんが 先走って付けた名前は 気に入らなかったのでしょう」

「あー、そんなのもありましたね」

「いいのいいの、あれはあっちが先走りすぎなんだから。気にしないで」

「あ、はい。あの……ありがとう」

「うふふ。どういたしまして」


なんだろう、この感じ。私、その時もどうかしていたのかもしれない。なんだか安心できたような、はじめて ちゃんと話ができる相手に 会えたような、そんな感じだった。


「ここはね、マイノリティなレンが集まった銀河なの。だからちょっと数が少ないけど、みんなあなたを歓迎するわ」


そうシュタインさんが言って、私はそれを喜んで受けた。


矮小銀河という言葉が その時に頭に浮かんだのを覚えている。 恒星の数は 数十億、惑星や衛星なんかを数えたら もっと多い。前に居た 奴さんたちの銀河は その百倍以上の恒星があったから、マイノリティ――少数派って言われればそうなのかもしれない。


私は シュタインさんに案内されて、 その銀河の 中央に位置する 二つの 強大な 重力の塊を見に行った。 前の銀河の中心を見に行った時と同じで、ものすごい沢山の 光が集まっているように見えた。


「どう、すごいでしょう。ここは 中心地が二か所に分かれているの」


そう、シュタインさんは説明してくれた。


「あなたから見て右側が、タイラン。左側を サカリエ と呼んでいるわ」

「名前が、あるんですか。あれって ブラックホールとかではないんですか?」

「あら、あなたは 惑星生まれの生命みたいなことを言うのね」

「まあ、その成れの果てみたいなものですから」

「ふふ、成れの果てって。それを言ったら私達レンも、似たようなものよ」

「えっ」


奴さんに教わった話だと、確かにそうなる。 惑星上で生きた生命が、培った経験や知識と共に 死んで戻る ライフという粒子。それが集まって レンになる。

ライフに戻り切れなくて 歪になった塊が 長い年月をかけてひとつに固まった 私。

……似たようなものだなんて、おこがましくて言えない。


「そんなこと、ないです。シュタインさんたちは 真っ白で綺麗なのに、私は こんな、それこそ惑星上の生命みたいに 手足があって、それで凸凹で」

「え?」

「シュタインさんたちは だって、真っ白い光の塊みたいに見えます。 あの恒星と変わらない、綺麗な光です」

「ちょっと待って、あなた、私たちが 恒星みたいに見えるの?」


とても驚いたように シュタインさんがそう言う。この時本当に驚いていたのかどうか、私は涙目になっていて ちゃんと見ていなかった。まあ、見てたとしても、まだ光る球にしか見えていなかったから、おんなじことなんだけど……


「はい。こう、これくらいの大きさの、綺麗な恒星みたいです」


そう言って私は 両手で胸の前に その大きさを示す動きをした。バスケットボール大の 丸い球。それを聞いてシュタインさんは 驚いたような声をあげた。


「あら、どうしてかしら。……ええ、そうなの。……まあ、そんなことが?」


その声を聞いた感じ、驚いてそのあと、どこか遠くのレンと会話しているみたいだった。


「ちょ、ちょっと待って。それを知ってて、本人に教えていなかったってこと?何しているのもう!……うっかりって、あなた」


なんだか少し怒っているみたい。なんとなくだけど、奴さんとかと話しているのかな。


「そうなの……。けどまあ、その話はまた今度にしましょう。とりあえず、こちらで何とかしますから。……ええ、そう。そうね、また今度ゆっくりお話ししましょう」


ようやく終わったらしい。……どういうことだろう。


「やっとわかったわ。あなた、どうやら目が悪いみたい。だからそれを直してあげたいのだけど、どう?」


とう、と言われて正直 私は驚いた。目が悪いみたいだから直したいって……どういうことなんだろう?


「あら、ごめんね。ちょっと私も性急すぎたわね。えーと、どこから説明したらいいかしら。つまりね……」


要は、私の生い立ちに関係しているらしい。 歪に組みあがり凝り固まったライフの塊が ひとつになって 偶然に私として生まれた私。そのため、視覚聴覚他五感をつかさどる脳らしき部分と、それ以外にも様々な所に レンの仕組み とは異なる不足箇所が 多数あるらしい。


「なので、その不足箇所を ライフで補ってあげればいいのよ。簡単に言うと ライフを取り込めば治るんじゃないかって話なの」


シュタインさんはそう言って、優しく説明を締めくくった。


言われてなんとなく思ったのが、 悪の組織に騙されて 改造人間にされてしまう 子供向けヒーローの話。


けれどシュタインさんの真っ白な光にあてられていた私は、その申し出を受けることにした。




―――

「はじめに言っておくわ。このことであなたが、私たちに対して 何か負い目を感じたり、何かをしなきゃいけないなんてことはないので そこは理解して」


あの後すぐに シュタインさんの案内で 彼女たちの銀河の 中心から少し離れた所にある 恒星の星系へと向かい、そうしてすぐに そのうちの一番外側を回る惑星の上に立つことになった。

そこで 開口一番、 シュタインさんは そんなことを言った。


「前に ヤツガルドさんのお仲間さんたちが言ったことは、全部忘れて。誰かがあなたに何かを与えようと思う時、見返りなんて用意する必要なんてないのだから。与えることそのものに喜びがあって、だから私たちはあなたにそうするの。そのことを理解してね」


シュタインさんに言われたとおり、以前に奴さんの手伝いをした際には、いろいろな見返りを要求された。彼らは皆口々にそれを「契約」だと言った。これは契約なのだから、これを受け取るのであれば これをして欲しいと。


別に損をするようなものはなかったので、その時はそれが当たり前だと思って簡単に「いいわ」と返事をしてきた。そうすることで気楽だったし、約束した以上のことを求められることは、結局最後までなかったわけだし。


そうして暫く過ごしていくうち、私は次第にそのやり方に染まっていった。誰かに何かをしてあげるときは、先にその見返りについて 話すようになっていた。


「一つ聞きたいんですけど、それをしてもらって見返りは要求しないといいましたけど、たぶんそれを繰り返されると、私も同じように 相手に見返りなく 何かをするのが当たり前になってしまうと思うんです。それって、何か問題は起こりませんか?」

「問題?少なくとも私たちの銀河に居る限りは、そのことで悩む必要はないと思うわ。もしあるとしたら、他の銀河に行ったときのことかしらね」

「けど、例えば 惑星に暮らす あの小さな生命に対して 与えすぎてしまって 起きる問題もあるのではないですか?」


そのことは 奴さんに何度も言われた。

惑星上にしか住めない 生命たちに対しては、何の見返りもなく 施しを与えてはならない、と。何故なのかを聞いたら奴さんは こんな話をしてくれた。


「何の苦労もなく ただ望めば与えられる。そんな生は 進歩が滞る。自分で努力して苦労してようやく手に入れた幸せが、祈れば与えられるようなものに劣るなんてことがあれば、誰も自らを高めようなんて気にならなくなるだろう」


そのことが頭にあって、私は聞いた。


「そうね、そういう考え方もあるのは知っているわ。けれども、惑星に生まれた生命は 限られた時間の中でしか 自分が生きていると認識ができないの。だから何も手を貸さないままでいると どんどん できる人とできない人との間に 差が生まれてしまうわ。最悪の場合できない人の中に 恐ろしい悪の心が生まれる。私たちはそれをなるべく減らしたいと考えているの」


そう言われてなんとなく、この銀河が小さい理由が 浮かんだ。 万人が平等で 互いに与え合う国は、国力を付ける前に 他のもっと競争が激しい国に 有能な人材が 流出してしまう。 そしていずれは、争いが起きた時、他国から一番に侵略されやすい国とも成りえる……


シュタインさんの崇高とも思える理想を聞いてこんなことを考えるなんて、まったく、私ってやつは……

いったいどんな星だったのだろう、私が生まれたところは。嘆かわしい。


「どれだけの苦難があろうとも、どれほどの災禍に見舞われようとも、私たちは弱き者が泣かないで済む、そうした世界を創りたいと願う マイノリティなの。だから、それこそ最悪の話、あなたが私たちの与えるもの全部を使って 例えばこの銀河を宇宙から消し去ろうとしても、それはそれと考えるわ」

「そこまで言われるとちょっと、……狂気に近い考え方なんですね」

「そうかもね。でも、そこまでの思いが無きゃ、たとえ小さくても私たちがこうして銀河を創り出すことはできなかったから。ありとあらゆるケースに対して、どうするのかを問われる試練があったから 出てきた答えがその狂気なの」

「何なんです、その試練て?」


正直この時、バスケットボール大の光の球が 他の光の球に 試練じゃーといって杖を振り上げる絵が 頭の中に浮かんでいた。あまりにもシュールだ……


「うふふ、レンにもいろいろあるのよ。けどその話を詳しくする前に、あなたが私たちをちゃんと見られるようにしないとね」

「あ、そうでした。どうぞよろしくお願いします」

「はい、かしこまりました。気を楽にして、そこにちょっとの間 立っていてね」


シュタインさんはそう言って、惑星上の空の上に向かって少しづつ浮かび上がっていく。私は言われた通り 気を楽にして立ち、浮かんでいくシュタインさんをぼーっと眺めるだけでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る