第6話 人らしく

 居住区画の道をパンツルックの咲千香が走る。長い黒髪はばっさりと切った。燃える心を反映したかのように赤く染め上げた。

 小さな公園に差し掛かる。ブランコで遊んでいた三人組の一人が横目をやった。

「咲千香、どこ行くんだ?」

「こっちが年上なんだから、ちゃんと『さん』を付けなさいよ。今から千紗と一緒に街の外に行くのよ」

「そうなんだ。あの、千紗さんは元気なのか?」

 男の子はもじもじしながら訊いた。

「千紗さんって。そうそう、あんたにぶつけられたレンガのせいで今も頭が痛くて苦しんでいるわ」

「本当かよ!?」

「冗談よ」

「やめろよ! 一瞬、信じたじゃないか!」

 怒鳴ると小さな身体を震わせた。

「あんた、千紗に好意を寄せるのはいいけど、いつまで子供の姿なのよ」

「もう少しあとになるけど、新しいパーツに取り換えるんだよ。そしたら大人になれる。千紗さんだって、その僕なら」

「ま、頑張りなよ」

 咲千香は走る速度を急激に上げた。

「最後まで話を聞けよ!」

「また今度ね!」

 笑顔で怒鳴り返した。


 木造の平屋建てが右手に見えてきた。門柱や壁がない状態で道に面していた。

「レトロよねぇ」

 足を止めた咲千香は木製の引き戸に手を伸ばす。触れる前に自動で開いた。感心した顔は千紗の姿を見て苦笑に変わる。

「千紗の手動ね。その顔に取り付けた装備、初めて見るんだけど」

「なかなかの優れ物です」

 千紗は特殊な眼鏡を装着していた。フレームに当たる部分を指で押す。

「簡単な操作で物質を透過できます。地面に埋もれている資源の発見が容易になり、生活の向上が……そのポケットに入っている物はもしかして」

 終了の操作をした。フレームの部分が折れ曲がり、眼鏡は頭の上に収まった。千紗は暗い目付きで咲千香の上着のポケットを見つめる。

「見えたのね。これは千紗の貴重なエネルギーよ」

 ポケットから取り出した平たい缶を強引に手渡す。

「これ、身体には良いのかもしれませんが、酸っぱ過ぎます。味を思い出すだけで頬の横が痛くなります」

「飲みたいって、せがんだくせに」

「いつの話ですか。それなら、こちらは」

 悪戯っぽい笑みで千紗は家の奥へと駆け出した。早々に二つの紙袋を持って戻ってきた。

「はい、どうぞ」

「これってパンよね」

「小腹が空いた時の携行食です」

 中を開けて見た咲千香は露骨に口角を下げた。

「しかも硬いヤツね。噛んでいるだけで顎が怠くなりそう」

「焦げてないですよ」

「本当ね。あのパン屋、少しは心を入れ替えたみたいね」

 二人は揃って笑みを浮かべた。


 出掛ける用意を済ませた。二人は似たような格好で歩いてゲートを目指す。途中で顔見知りのサイボーグと出会い、軽い挨拶を交わした。

 難なく二人はゲートを潜る。荒廃した地へと踏み出した。

 どんよりと垂れ込める雲を見て咲千香は軽い息を吐いた。

「今日も曇りね」

「あそこを見てください!」

 千紗は興奮気味に別の空を指差した。雲に押し潰されそうな光が見える。

「雲が薄くなっているみたいね」

「地球の浄化作用のおかげかもしれません」

「わたし達の未来は少し、明るくなったのかな」

「そうですよ。とても明るくて光り輝いています!」

 千紗は笑顔で両腕を広げた。艶やかな長い黒髪を弾ませて喜びを全身で伝える。傍らにいた咲千香の目が優しくなった。

「千紗、変わったね。前よりもずっと明るくなったよ」

「人は変われると思うのです。街の方々も少しずつですが変わりました。わたしもそうです」

 片方の足を高々と上げる。

「靴が買えました」

「そっちなの? 普通は一戸建ての方を自慢するよね?」

「家賃住まいなので、もっと頑張らないといけません」

 気合を入れ直すように両方の拳を握る。咲千香は笑って首に手を回した。

「今日もよろしくね」

「頑張って稼いで、空を移動できる最新のモビリティを手に入れましょう」

「高い目標だけど、それがあれば世界の裏側まで行けそうね」

「行きましょう、二人で!」

 千紗も首に手を回す。二人は肩を組んだ状態で夢を語った。


 ――自分達が思い描いた、人らしく生きる為に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人らしく生きる 黒羽カラス @fullswing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ