第13話嗜好品

 「おーい。行くぞぉー!」

 玄関から引き戸を引く音と同時に、少し野太い声が聞こえる。

 私やおかしゃんの声とは大きな差。

 でも、クマの唸り声の様な怖さはない。

 「ほら、グレイちゃん。ご主人様がお呼びよ。」

 「そんなのじゃない。あいつは下僕。」

 おかしゃんはにこにこ笑っていた。

 本当にそんなのじゃないのに。

 蛇蝎・・・・とまではいかないが、そもそもあいつの下にへりくだったつもりはないし。

 そもそも私は宇宙人であり、今はグレイマンだ。

 地球を上から見る存在である。

 地球人など私から見ればつむじしか見えない。

 宇宙からみればそんなもの。

 まぁ、おかしゃんは別だけど。

 閑話休題。

 私は三和土の方へ早歩きで向かう。

 100円と外国人に会った時のための英会話本、そして宝をポケットにしまって。


 

 「おせぇーぞ!バァァァロォォォ!」

 玄関の先で待ち構えていたあいつは隠しきれないほどウキウキしていた。

 その声はどこか少年のようで、何故か事件の匂いがした。

 うざい。

 あいつの右隣には例のあれがあった。

 未確認飛行物体・・・・・・・・ではなく、中古の自転車。

 『おかしゃんベース』から召喚されしそいつは後ろに3段シートの様なチャイルドシートが装着されている。

 多分あいつは現実逃避している。

 あくまで自転車の前方だけに視線をフォーカス。

 少し錆びついたステンレス製の籠。

 茶色のゴムグリップが嫌に目立つアップハンドル。

 無駄な装備は一切なく、唯一ハンドルに付けられたベル。

 全体的に青で統一されたボディーには使い古された痕跡として所々に傷があり、それらが銀色の線となり、何故か青より目に入る。

 そんな、私目線でもあまり良いとは言えない自転車の前だけを。

 そして後ろは排斥していた。

 でも・・・・・・・・・・・・。

 「人生っていうのは目に見えない道を歩くことだと思う。時を重ねるごとに増えていくツールと共に。でも、そのツールは両手でしか持てないから、いつかどこかでこぼれ落ちる。だけど、その両手に持つツールだけで見えない道を少しでも見えるようにする。だから・・・・・・・・」

 「それ以上言わないでくれ。僕だってわかっているんだ。」

 あいつの視線は渋々といった様子でチャイルドシートへと向いた。

 うなぎ上りだったテンションはその瞬間急降下。

 落ち込み俯くあいつの姿はまるでお菓子を買ってもらえなかった子供の様だった。

 「ほら、乗れよ。」

 「う、うん。」

 もっと遠回しに言えばよかった。




 その後はあいつと夜の町をダンデム。

 まぁ、町と言ってもここらには何もない。

 コンビニはもちろん、スーパーも洋服屋も、大きな街にでかい顔してあるものは何もない。

 バス停からバスに乗り、そこから電車に乗れば少し大きな街はあるが、そこまで行くのには1時間弱かかる。

 だから、私たちの食事は近所の人のおすそ分けと毎週日曜日に街まで行ってまとめ買いするものだけだった。

 そうなると電車とバスでは1週間分の荷物なんて到底持てるはずがない。

 ならどうするか。

 それは単純明快。

 宇宙の真理の1万分の1ほどのレベル。

 地球がたくさんの人類を保有するように、大きな何かを駆使すればよい。

 『人類補完計画』ならぬ車で街に行けば良いということ。

 わざわざ『汎用人型決戦兵器人造人間エヴァン〇リオン』なんて仰々しい乗り物に乗る必要も、天使と戦う必要も、チルドレンになる必要もない。

 ただ車に乗ればいい。

 グレイちゃんエヴァに乗りなさい。グレイ、エヴァに乗れ。

 なんて言われない。

 ・・・・・・・・まぁ、おかしゃん免許持ってないんだけど。

 そう、私たちはいつもご近所さんに寄生して街に向かっていた。

 ご近所さんの葛城さんの車に乗せてもらい、葛城さんの運転で。(他意はない)

 ちょうど葛城さん宅も日曜日に街へまとめ買いへ行くという事だったし。

 それに葛城さん独身だし、おかしゃんと仲いいし。

 無論、ガソリン代は払うし、食事代だって払っている。(おかしゃんが)

 『免許がなければ勝手に作ればいい』とはならないし。

 つまり私たちは『バルディエル』だった。




 『侵略活動夜の部』は順調に進んでいた。

 あの時までは・・・・・・・・。


 『侵略活動夜の部』から派生された『侵略活動星の部』は終わり、私とあいつはリノリウムの道を帰路とし、歩を進めていた。

 ・・・・時間の流れっていうのは早いもんだよ。

 そして、勘のいいガキは嫌いだ。

 こういうのにはリズムがあり、秩序がある。

 未確認飛行物体の動作にもリズムがあるように、宇宙人が姿の全容を見せず、影とか足跡とかしか残していけないのが秩序のように。

 だから、急に時間が飛んだとか言うのはご法度ね。

 ・・・・はっ!

 今、宇宙テレパシーが!

 私は一体・・・・。

 閑話休題。

 「君たち!何をしてるんだ!」

 その声と同時に私たちの目の前は光に包まれる。

 聞きなれない声にいつもより少し強い光量。

 失敗?

 私の脳裏にそんな言葉がよぎる。

 しかし、ありえないことだった。

 私は頭を牛歩するさまざまな思慮を1度忘れ、手に持つ頭を装着し、リノリウムの道を全力疾走した。

 「おい!バカうちゅうじん!何か落としたぞ!」

 あいつの言葉が背中から聞こえた。

 多分それはあの英会話本。

 ポケットに感じる重みが明らかに少なくなっていた。

 まぁでも・・・・あいつが拾ってくれてるのなら別にいいかな。



 錆びついた門を登り、目の前にはあの自転車。

 名前はたしか・・・・・・・・青眼白車ブルーアイズホワイトジテンシャとかだった気がする。

 おかしゃんがその名にこだわっていたので、これからはそうやって呼ぼう。

 それにしても、どうして侵略活動がバレてしまったのだろう。

 私に失態は無かった。

 それに、警備員に見つかってもあんなに大きな声で叱咤されたことは無い。

 Kevinと私は知り合いで、あいつは寛容だった。

 日本語が通じないのが玉に瑕だが。

 Kevinはアメリカンな器量で、私を見つけても「haーha!」って感じでいつもは見逃してくれた。

 まぁ、Kevinはイギリス人なんだけど。

 そして私はKevinの行動パターンを熟知している。

 ・・・・なら。

 考え得る原因はただ1つ。

 警備員が入れ替わっている?!

 昨今の流行りにあやかっているのだろうか。

 しかし、それしか考えられない。

 それも私たちが屋上にいる間に。

 おそらく屋上に向かう前はKevinだった。

 その後は知らない。

 私もKevin以外の警備員に遭遇したことは無かった。

 新人でも雇ったのだろうか。

 ・・・・・・・・・・・・幹人大丈夫かな。

 そして、私の英会話本はその瞬間効力を失った。



 少し肌寒いので今はグレイマン。

 まぁ、いつでもグレイマン、宇宙人なんだけど。

 私は夜の道を1人で歩く。

 1人で歩くにはやはり広すぎる道幅だ。

 もちろん街灯なんてない。

 しかし、暗闇に目を慣らすまでもない。

 なぜならこの道は飽きるほど歩いているから。



 夜は余計なことを考えてしまう。

 暗闇のせいで視覚情報が少なくなるからだろうか。

 どうせなら私の思考も闇に飲まれればよかったのに。

 牧歌的なこの町の景色が、今は犬鳴村にいるのかと思うほどに畏怖を感じ、何もない所から謎の視線を感じる。

 小さな何気ない音に喫緊し、足の回転が速くなる。

 それらを意識しないために思慮を巡らす。

 これが原因なのだろうか。

 わからない。

 この答えは一生出ないと思う。



 「学校か・・・・・・・・」

 宇宙人でさらにグレイマンではあるものの、私は地球にきて15年。

 いわゆる15歳。

 地球で言えばもう立派な高校1年生。

 まぁ、見てくれはその15年という年月についてきてくれなかったけど。

 だから私は高校に通う権利があり、一般的な15歳は高校に通っている。

 でも私は通えない。

 ・・・・・・・・普通じゃないから。

 それに、おかしゃんにこれ以上の迷惑はかけられない。

 というかかけたくない。

 だから私は1度アルバイトをしようと考え、おかしゃんに打診した。

 でもおかしゃんはそれを止めた。

 『グレイちゃんがいないとぉ死んじゃうわぁぁぁぁぁぁ。』という事らしい。

 それはすごく嬉しかったけど・・・・・・・・。

 けど・・・・・・・・うぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 早く大人になりたい。

 そして恩返しをしたい。

 


 「ただいまー。」

 なるべく明るく、それでいていつも通りの声音で帰宅を宣言する。

 それはおかしゃんに、ついでにこの家に。

 ・・・・・・・・返事がない。ただの屍の様だ。

 ではなく、あれ?

 おかしゃん寝ちゃったのかな。

 寝るにはまだ早い時間だし、おかしゃんの夜は忙しい。

 夜は何をしているのかは知らないが、部屋に引きこもり、それっきり出てこない。

 おかしゃんの部屋のドアの隙間からは光が漏れ、パソコンを叩く音が聞こえる。

 だから・・・・どうしたんだろう。

 いつもは私が帰れば尻込みするくらいの勢いで玄関まで駆け寄ってくれるのに。

 委細な事は分からないが、私はとりあえず居間に向かった。

 抜き足差し足忍び足で、おかしゃんが寝ていたら起こさないように。

 テクテクテクテクテクノボイス。間違えた。

 鼻に抜ける香りは洗濯したての衣類の香り。

 だって私はグレイマンだから。

 視界は良好とはいえない。でも慣れた。

 相変わらず換気扇は常に回り、ガラガラと音を奏でている。

 あっ。

 居間と廊下を隔てる引き戸から光が漏れている。

 それは地上から見る星辰ほどの光量。

 しかし、それはおかしゃんが居間、もしくはキッチンにいることが決定づけられた瞬間だった。

 私は引き戸をそぉぉと引く。

 何故かここで音を出してはいけない気がしたから。

 少し開いたその隙間から居間、そしてキッチンを見る。

 視野狭窄になるのは当たり前。

 でも、なんか楽しい。

 なんだか潜入調査をしている気分。

 ワトソン君・・・・・・・・呼んだだけだよ。

 ゴホン。幹人の真似。

 そこから見える景色はいつもの居間、そして綺麗に整頓されたキッチンだった。

 そしていつも通りのおかしゃんの背中。

 おかしゃんの背中には茶色い髪が垂れ、その髪は少し水気を帯びている。

 お風呂に入ったんだろう。朝から爆発していた寝ぐせはその残滓すら残せず消え失せていた。

 いつもと違うところは・・・・紫煙を燻らしているところ。

 モクモクと換気扇の方へ吸い込まれていくその煙は、キャトルミューティレーションされる人間の様だった。

 その紫煙を加味して見ると、おかしゃんの背中はノスタルジックな雰囲気が漂う。

 ・・・・・・・・久しぶりに見た。

 おかしゃんが煙草を吸うのは知っていたが、その光景を見るのは稀覯書を探すほどに難しく、モンスターから逆鱗をドロップさせるくらいに稀有な現象だった。

 そしてその光景は見て見ぬふりをするのが正解。

 だっておかしゃんも喫煙者であることを公にしてないし。

 見られたくないからこうして隠れて吸っているわけだし。

 だから私は居間から背を向けた。

 オトナノタイオウってやつ?

 「ただいま。グレイちゃん。」

 「えっ。」

 私はその声の方へ振り返る。

 「ひゃっ!」

 おかしゃんは私の目の前に立っていた。

 その手には煙の出る巻物は無く、いつもの温かい掌が無防備に広がっていた。

 「なぁにコソコソしてるのよぉ。」

 「セパレートリィィィ?」

 「その使い方は間違ってるわよ。」

 すでに引き戸は大きく開かれ、私が見える景色は広く、照明の光が私の目を侵略している。

 ギャァァ、眩しい。

 おかしゃんはニコニコと、細く切れ長な目を線のようにしている。

 逃げ道は無かった。

 「おかしゃん、またタバコ吸ってたの?」

 「やぁぁぁぁん。グレイちゃん、それ早く脱いだ方が良いわよぉ。グレイマンからゆでだこマンに、光線からタコ墨にジョブチェンジするつもり?」

 「それはいやだ。」

 私は頭をとり、下半身を脱皮、もといリサイション。

 キャミソールとパンツ姿の少女へと昇華した。

 ゆでだこマンになるくらいならまし。

 黄金の伝説で油にドボンされてしまう。

 「じ、じゃあ、お風呂行く?」 

 「そうねぇ。・・・・・・・・あっ!脱衣所はカギ閉めない方が良いわよ。少ない読者のた・め・に!」

 「しっかり閉める。」

 私はおかしゃんへの心の鍵を少し閉じた。

 

 

 別におかしゃんが煙草を吸うことに肯定も否定もするつもりはない。

 そもそも私にそんなこと言う権利はないし。

 そんなに気にしていない。

 大仏の額を見て、「あっ白毫!」くらいにしか気に留めていない。

 おかしゃんが煙草を吸っているからっておかしゃんから乖離するわけでも嫌いになるわけでもないのに。

 この家の換気扇が常に回っているのは煙草のにおいを隠すためなんだろう。

 その行動が、おかしゃんが喫煙者であることを隠している事を決定づけている。

 私も、多分幹人も、おかしゃんが喫煙者だと知ったからと言って、対応が変わるわけでも軽蔑するわけでもない。

 でもおかしゃんは今日も誤魔化した。

 今日の笑顔は私でも分かるほどに偽物で、他人へ向ける愛想たっぷりの欺瞞。

 私はたしかに他人。

 でも・・・・・・・・。

 私の柳眉は吊り上がっていた。

 そんな権利はないのに・・・・。

 私が煙草に変わるおかしゃんの嗜好品になれば・・・・・・・・何か変わるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 


 

 

 

 

 

 

 



 

 



 

 

 

 

 

 

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