第14話やはり僕の戦場体験はまちがっている。

 鼻につく酢と腐った魚の残り香。

 そして埃っぽい校舎。

 目につくものすべてが古臭く、この町に引っ越してからの日々を回顧してしまう。

 ・・・・・・・・ろくなことないな。

 うつ伏せになればギシギシと悲鳴をあげる机、少し傾いた椅子、僕の動きと連動するように軋む床。

 誰かが拳打脚蹴けんだきゃくしゅうしようものなら、間違いなく秒殺。

 だから、大切に扱おう。そう、女の子のように!

 高校生は泰然自若、明鏡止水。

 それでいて少しアンニュイに振る舞い、さらにはフレキシブルな対応が大事。

 高校生活は風前の灯火。

 始まりは突然。終わりはあっけない。

 いつ何時も全力・・・・まではいかないが、7割くらいの力で楽しむ。

 後悔のないように!

 ・・・・・・・・さてと、「そろそろ行くか。」



 誰もいないリノリウムの道を1人歩く。

 窓の外は暗闇に等しい。

 朝、昼のギラギラした光を自嘲するかのような落ち着き。

 しかしどこか退屈そうで。

 燐光の様な星はそのぎらつきを隠しきれていない。

 そう、夜とはツンデレなのである。

 かわええやっちゃなぁー。

 ツンデレヒロインは悪くない。

 自分の気持ちをひた隠すのはある意味大和撫子で。

 強い口調と、いちいち大きい動作は僕の琴線に少なからず触れる。

 でも・・・・僕とは相性が悪い。

 ツンデレヒロインは前述したとおり気持ちを隠す。

 そして僕のポリシーは『未知は未知のままに』。

 隠された気持ちに気付くという事をしない、もしくはできない。

 しかし、その隠された気持ちは1番気づいて欲しい事、理解してほしい事、共感してほしい事でもあるわけで。

 そのことに気付けない僕にツンデレヒロインと付き合う資格はない。

 もしかしたら、僕はそもそも誰かを好きになる資格すらも無いのかもしれない。

 だから僕はあの時・・・・・・・・。

 とまぁ含みを持たせてみたわけですが。この含みは飲み込まれず、しっかり処理されるんでしょうかね。

 閑話休題。

 

 目的地へ到着しました。僕はカーナビか?

 上を見上げる。

 そこに見えるは『職員室』という3文字。

 軽々しく3文字というが、この3文字はどうも特殊で。

 見ただけで人を委縮させてしまう。

 某バスケ漫画の赤髪の眼のようにアンクルブレイクされる・・・・・・・・ことはない。

 でも、それくらいの迫力がある。

 僕はパトス、もとい手汗が迸る右手で扉を開いた。

 「失礼します。」

 これは入室許可、さらには入室を宣言する儀式のようなもの。

 この言葉にはこの言葉の様な重みはない。

 形だけが残り、中身は皆無。

 政治家の『遺憾』くらいスカスカである。

 僕はナンバ歩きしそうな体を制御し、右手左足を意識。

 頭の中では1、2と掛け声。

 周りの教師は突如現れた僕を訝しむような目で見る。

 最悪の気分だ。僕は見世物じゃない。

 見世物は僕の同居人であるうちゅうじんだ!

 と叫びたかったか嚥下する。

 叫んでしまえば訝しむような眼から憐れむような目に変わってしまうことは見えているから。

 はぁ。つらい。

 肩にかけた鞄の中には教科書、ノート、筆箱、弁当箱・・・・・・・・そして反省文。

 登校2日目にして反省文を担任に提出する。

 表面だけ見れば『ド』が3つ付くほどの不良。

 『ドドド不良』。

 『ゴ』に変えてしまえば『ゴゴゴゴーレム』・・・・・・・・これは異世界の生命体が出てくるナンバーズ系のデュエリストが奮闘する物語のやつ。

 だから違う。

 そして僕も不良ではない。

 1人称が『僕』の不良なんていたら、それは多分陰湿タイプ。

 眼鏡をかけ、手にはナイフ、懐にナイフ、心にナイフ、ジャッジナイフな感じ。

 そして僕はどれにも当てはまらない。

 故に僕は孤独なジャッジナイフ。

 キャァァカッコイイー。

 閑話休題。

 僕は一直線に担任の席へと向かう。

 「先生。終わりました。」

 その言葉と同時に反省文を提出する。

 「あぁ。」

 先生は少し申し訳なさそうに、出会った当初からかなり細くなった眉を垂らす。

 細くなったと言っても細くなったことで一般的になったんだけど。

 僕の担任であるクレヨン先生、もとい東原慎之介はその名に恥じない見た目をしていた。

 太い眉に角刈り、手足は短く、ガタイが良い。

 お尻は出さないものの、クレヨン感はその節々から醸し出していた。

 『た』。つまりは過去形。

 今やその面影はないに等しい。

 角刈りはスポーツ刈りに(ここは大した変化がない)鼻と耳にはスクエア型の眼鏡が掛けられ、何より、何度も言うが眉が細く、薄くなってしまった。

 どうやらあの時のあれはキャラ付けだったらしい。

 しかし・・・・両親の名前と妹の名前だけは是非とも聞きたい。

 この議題にだけは僕のポリシーを抜きにして。

 ゴホン。

 クレヨン先生は僕の反省文を首肯しながら目で追う。

 その姿は微睡んでいるようで、僕の反省文なんてまるで読んでいない気がした。

 文字を目で追う速度は音速、いや、光速に匹敵するかもしれない・・・・訳はないが、それくらい速かった。

 「うんうん。よく書けているな。」

 「は、はい。」

 「疲れただろう。ほれっ。」

 クレヨン先生の手からチョコビのビ抜きが放り投げられた。

 「ありがとうございます。」

 僕はお言葉と自分自身の欲求に甘えそれを口に放った。

 チョコだけに・・・・・・・・。

 ハハッ!

 「甘いです。」

 「そうか。よかった。」

 僕はチョコを噛み、甘みと少しの苦みを楽しむ。

 そして飲み込んだ後の喉に残る感じは・・・・少し苦手かもしれない。

 「そのぉー、こんな時間までほんとすまん。」

 「や、そんな。僕が悪いことをしたのには間違いないんですから。」

 僕がこうして太陽が沈むまで反省文を書いていたのには理由がある。


 朝礼の後に行われた軽い説教の後、僕は自身の教室へ歩を進めた。

 しかし僕は安堵の表情で教室の引き戸に手をつくことは叶わなかった。

 僕の背後から大きな足音が聞こえ、肩を掴まれ、そして・・・・・・・・・・・・。

 「すまん。やっぱりこれ書いてくれ。」

 肩で息をする担任から5枚のルーズリーフが渡された。

 「これは何ですか?」

 「反省文・・・・英語で言うなら『カタチダケノアイムソーリー』。」

 別に英語にしなくてもいいのにと前半部分日本語じゃねぇかという疑問とツッコミは嚥下した。

 だって忙しそうだったし、僕も授業に遅れてしまうから。

 「ほんと、すまん。今日中に仕上げてくれ!よろしくたの・・・・・・・・」

 最後まで聞き取ることは出来なかった。

 先生はどこかへ走り去ってしまった。

 頬骨顔面孔の辺りが痙攣した。

 うちゅうじんへの怒りのおかげで。

 

 先生のつむじが僕の目に入る。

 そして、先生は小さな声で。

 「俺は朝のあれで終わりでよかったんだけどな。学年主任がなぁ。」

 はぁとため息をつき、偉丈夫な体を小さくする。

 チッと小さく舌打ちし、寸毫の闇を見せた後、すっきりしたような顔つきで僕に向き直る。

 この先生は生徒の側に立つ、生徒にとっては良い先生なのかもしれない、と2日目にして思う。

 まだ全然何も知らないけど。

 「それにしても!渡辺は度胸があるな。いや、褒めてるわけじゃないが。登校初日の夜に無断で学校潜入なんてな。」

 ハッハッハーと朝日の様な笑顔で言う。今はもう夜なのに。

 職員室の訝しむような視線がさらに強くなった気がした。

 が、クレヨン先生の目には入らない、もしくは見えないふりをしているのかもしれないがお構いなしといった感じだった。

 「渡辺も外から来たんだろ?俺も転勤でさぁ。・・・・っと、そうだもうこんな時間だったんだ。まぁあれだ、お互い頑張ろうな!さぁ!帰った帰った!」

 そう言って僕の背中を物理的に押し、僕は職員室を後にした。

 「失礼しました。」

 この言葉にも中身は無い。

 でも、クレヨン先生の言葉は温かかった。

 気がした。



 気分は炭鉱夫。

 体の節々が痛く、そして重い。

 手には煤・・・・・・・・ではなくシャー芯の黒ずみがこべりつき離れない。

 背は丸く猫に、目に入る景色はリノリウムの道と垂れさがる前髪、そして革靴。

 誰もいない校舎にカツカツと僕の足音だけが木霊する。

 駄目だ駄目だ!気分を上げないと。

 僕はとりあえず姿勢を正し、顔を上げる。

 音楽は心を落ち着かせ、時には気分も上げる。

 それは音楽の種類によるわけで。

 フフフフーフ フーフフフフ フフ フーフフフフ フフ・・・・・・・・

 これは明日がきっといい日になりそうな鼻歌。

 僕は誰もいないのをいい事に1人盛り上がってしまった。

 サビの部分を繰り返し自己暗示じみたことをする。

 すると魔法がかかったように体が軽くなった。

 水の波紋の様な歩みで校舎を闊歩。

 1人っていうのは良いもんだなぁ。

 セピア色の景色がパッと明るく、月の光に照らされる僕はまるでスポットライトを浴びるスターの様。

 ほんと1人って「さいこぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・・オーマイグーネス。」

 階段に差し掛かる曲がり角。

 直線を歩く僕の死角。

 そこには人影が・・・・・・・・。

 お、お化けかもしれないな。

 最近のお化けはエンタメが好きだなぁ。

 死角から脅かそうなんて人間でもできるじゃないか。

 お化けならもっと突発的に、例えば何もない空間からひょっこりとかさぁ。

 効果音とかつけてさ、出てくるときは「はい。ひょっこりはん。」なんて言えばなお良し。

 他意はない。他意はな・い。

 大事な事なので繰り返した。

 僕はその人影に背を向け、Bボタンを連打、もといBダッシュで走・・・・・・・・

 「あら?戦場カメラマンさんじゃない。鼻歌なんて今日は良いものが撮れたのかしら?」

 「どぉぉぉぉぉぉぉうぅぅぅぅぅぅぅもぉぉぉぉぉぉ。せぇぇぇぇぇぇんじょょょょょょょょょうぅぅぅぅぅかぁぁぁぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・って!違いますから。親族でも隠し子でも何でもないですから!」

 なぜかわからないが序盤、話すペースが遅くなってしまった。

 な・ぜ・か・わ・か・ら・な・い・が!

 僕は走ろうと踏み出した右足を止める。

 「ノリがいいのね。でも戦場ではあなた、死んでたわよ。まぁ、重々承知だろうけど。」

 背後からまたしても人の声が聞こえる。

 内容は・・・・・・・・うるせぇよと一蹴したかったが。

 声の高さからして、多分女性。

 それも若い、おそらく同年代、もっと幅をとれば多分高校生。

 女の子は大切に扱うと序盤で言った手前そんなことは出来なかった。

 ・・・・・・・・もちろんそうでなくても大切に扱うけど。

 僕は声のする方へ振り返る。

 そこには誰もいなかった。

 しかし、先ほどの人影は変わらずそこにある。

 『未知は未知のままに』。その言葉が頭をよぎる。

 本来ならば僕はその人影の正体を見ることなく立ち去るだろう。

 現に、当初の予定ではそうだった。

 だが、状況は変わった。

 僕の顔は手負いのタスマニアデビルそっくりな反面、冥府の赤ら魔王のようでもある。

 つまりは怒りと恥ずかしさに苛まれているという事。

 ・・・・・・・・今回もご都合主義といこうじゃないか!

 戦隊ヒーローが変身中に攻撃されないように、女戦士が皆可愛いように、その事実だけに安易に首肯すればいいんだ!

 僕はその人影の方へと向かう。

 堂々と、それでいて双眸をぎらつかせて。

 カツカツカツカツ。

 徐々にその人影との距離は縮まる。

 そして・・・・・・・・・・・・・・・・。

 「バァァァァン!」

 出会い頭に銃声、ではなく銃声を模した声。

 僕は撃たれてしまったらしい。

 ヒトカゲ、もとい人影がそこに見え、尚且つ好戦的で人を小馬鹿にする様な口調をされている手前警戒心は強い。

 つまり、驚くわけがない。

 「なにしてるの君?」

 僕は階段の前に歩哨のように立つ女性と向き合う。

 「なにって・・・・戦争ごっこ?」

 「さいですかぁ。」

 目の前に立つ女性には既視感があった。

 腰のあたりまで伸びる長い黒髪、はっきりとした顔立ちの中に、それでいて妖艶さを醸し出す艶っぽい唇。

 黒い瞳は除けば除くほどに僕の心を引き込み、深淵の闇へと誘う。

 抜け出そうとしても格子状の何かに阻まれ、抜け出せないだろう。

 彼女の前ではどんな詮無い事でも何かを期待してしまう様なカリスマ性をも感じる。

 そんな彼女が今、僕の前で銃声を発し、両手で銃を模したものを作り、それを構えている。

 それも喜色満面の笑みで。

 「・・・・・・・・さいですかぁ?私、人間なんですけど!」

 「・・・・・・・・・・・・あっ。君はサイじゃないよ、もちろん。僕だって君の事人間だって認識してるよ。」

 「でも『さいですかぁ。』って言ったじゃん。」

 「それはあくまで返事であって、『うん』とかそんな感じの同義語として使ったわけで。」

 僕は必死の説得を試みた。

 なにせ彼女はリーダー。

 僕の既視感はおそらく的中している。

 彼女はあの美女3人組のリーダーである。

 そんな彼女に初対面で『サイですか?」なんて言ったと誤解されたままでは僕の高校生活はジ・オーガ、もといジ・エンド。

 炎のトルネードよりもこんがらがった人生が遅れてやってきてしまう。

 そう、あの・・・・・・・・これ以上はやめておこう。

 僕の、僕自身の保身のための心配はよそに彼女は手で顔全体を覆い、そして・・・・・・・・「クスクス・・・・」と笑い始めた。

 「・・・・・・・・ご、ごめんなさい。馬鹿にしてるわけじゃないの。ただ、私の中の渡辺君と現実の渡辺君のギャップが凄すぎて。例えるなら、噂で夜の高校に無断侵入したと聞いて構えていたらどこまでも普通、むしろ普通の概念を覆すほどの普通、普通の普通による普通のための人生を送っているような渡辺君が来たような感じ?」

 「ねぇ。その例え・・・・例えれてなくない?むしろ『例えるなら』とか最初に挟むことによって身構えられなかった分余計傷ついたんだけど。」

 彼女は褥で胡坐を掻き、テレビの前の漫才師を批評するような、そんな佇まいと雰囲気を体全体に放出し、ベラベラと話す。

 嘲笑を交えて。

 一瞬旧知の仲だったっけと勘違いしてしまったが、彼女とはほぼ初対面。

 話すのなんて初めてである。

 「そうねぇー。」

 「ここまで波状攻撃しといて対応が塩過ぎない?塩分過多で死んじゃいそうなんだけど!」

 「確かにぃぃぃぃ。」

 彼女はシニカルな笑みを浮かべ、長い黒髪の毛先をいじる。

 僕でも分かる。

 この女、もう帰りたいんだなと。

 そして、僕ももう帰りたい。

 しかし、僕が「それじゃあ、僕もう帰るから」なんて言う姿を客観的に俯瞰して見れば・・・・すごく嫌な奴な気がするし・・・・・・・・。

 「渡辺君。そろそろシリアに行く時間じゃない?」

 ・・・・・・・・・・・・あ、なるほど。続けて言うなら、あなるほど。

 カタカナにするならアナ・・・・・・・・これもやめとこう。

 「そうだね、僕の人差し指が武者震いしてるよ。」

 「なにそれ、下ネタ?早く消えてくださぁぁぁい。」

 僕はスタッカートの利いた罵倒を無視し、彼女を追いこす。

 そして、階段を下りた。

 気づいたことは・・・・心に防弾機能は備わっていないという事。

 そして、戦場は日常にもあるという事だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

  

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