第23話 テンウィル騎士団の動き



 席に着きジョッキの残りを飲み干すと気持ち良さそうに酔っぱらったイグはリュオに声を掛ける。


「そろそろ帰るか」


「待って」


 だがリュオは真剣な顔で目を閉じる。


「どうした?」


「……いる」


 のほほんとしているイグとは対照的にリュオは息を潜め物陰に隠れて自分を殺そうとしている襲撃者をやり過ごそうとしているかのようだ。声を抑え鬼気迫る表情で口を開く。


「テンウィル騎士団」


「なっ!」


「入口右側の席」


 それはリュオの後ろ3席挟んだ先の席。

 イグはリュオ越しにその席を見る。ガラの悪い男達が4人、静かに話しながら酒を飲んでいる。


「……」


 耳を澄まし集中しているリュオをイグは心配そうに見る。


「大丈夫、会話の内容を全部暗記する」


「ああ」

 

 イグの表情も真剣なものに変わっていた。


 店内は喧騒。普通ならば離れた席で小声で話す声なんて絶対に聞こえない。だがリュオなら聞き取れる。この距離なら問題なく全ての言葉を拾うことができる。


 それと会話の内容を全部暗記。これも常人ならば難しいだろう。だが彼女はコーリ族。それは世界一賢いと言われる種族。彼女が集中すれば映画のセリフを一度見ただけで全て暗記することも可能なのだ。



―――――



 時間にして40分くらいだった。男たちはさっさと食事を終え男が一人カウンターで金を払う。

 その様子をイグとリュオは気配を殺して見詰めている。


 男が金を払おうと手を伸ばした時、長袖の裾から手首が出てそこに刺青が入っているのが見える。


「……昇竜印」


「うん」


 竜印の両翼が下に垂れ下がり、竜が上昇している姿を模様したテンウィル騎士団のシンボルマーク。

 二人は息を飲み頷き合った。



―――――



 その後二人もレッカ亭を後にし、今は宿屋に戻ってきている。


 レッカ亭で会計をしようとするとアンドリックのはからいで飲食代を無料にしてもらえた。

 イグはバーバラと短いやり取りで別れの挨拶をした。彼女は最後まで仏頂面だったが、でもその表情には諦めと悲しみが入り混じっているようにリュオには見えた。

 別れ際、バーバラはリュオに「イグを宜しくね」と言った。




 リュオはベッドに座りイグは椅子を引っ張り出してリュオの前に置き席に着く。


「それでどんな内容だっんだ?」


 宿への帰り道この話はしなかった。どこにテンウィル騎士団が潜んでいるかわからないからだ。


「アタシが聞き取り始めたところから全部話すね」


 リュオの青い瞳がイグを見詰める。


 リュオが盗み聞きした会話は以下の内容だった。


 テンウィル騎士団本隊の到着まで、あと3週間かかる。それまで今いる兵の食料が心もとない。

 本隊が到着する前にクロッフィルンに突入しようか。

 今の人数で仮にクロッフィルンを占領できたとしても後からエスニーエルト伯爵の軍に攻められてクロッフィルンを奪い返されてしまう。

 そうなれば3000人の本隊が到着しても要塞を固く守られて作戦は失敗する。

 あと3週間待って本隊と合流しから攻めればクロッフィルンを確実に落とせる。

 食べ物にも困らなくなるし金だっていくらでも手に入る。

 エスニーエルト伯爵も俺達の情報を掴んでいる節がある。

 それを調べ本隊に伝えよう。



「このクロッフィルンがテンウィル騎士団に攻められるのか……、逃げなければ……」


 話を聞いたイグは茫然としていた。

 リュオはそんなイグを強い視線で見入る。


「イグ、ヘイメルシュタット商会で二階の支店長室から聞こえた話し、覚えてる?」


「……すまん。まだ少し混乱していて。……お前は覚えているんだろ?」


「うん。エスニーエルト伯爵の傭兵団が空振りに終わったのに街から出て行かない。これから増兵する可能性もあると伯爵は言っている。伯爵は何を恐れているのだろうか。だったと思う」


 それを聞いてイグの困惑した目が徐々に開いていく。


「そうか……、伯爵はテンウィル騎士団の情報をある程度掴んでいるんだ」


「たぶんそう。3週間ってことは一日20キロ移動したとして、420キロ離れたところから3000人の本隊は移動してくる」


「そんな大軍が長距離を移動すれば目立つ。必ず伯爵に情報が入るな」


「うん。……イグ」


「なんだ?」


「今日両替商のところで鉄の相場の話をしていたよね」


「ああ、戦になれば大量の武具が必要になる。だから鉄の相場が跳ね上がるんだ……。あっ……。現にこの前釘を仕入れた後も鉄の相場が倍近くまで上がって……。そうか……、知り合いの商人がえらく儲かったと自慢していた」


「うん」


「……」


「あと3週間あるよ。クロッフィルンとローニエル鉱山を往復できる」


「……ああ、そうなんだ。……だが、……やつらは危険だ」


「なら逃げるの?」


「……クロッフィルンにエスニーエルト伯爵の兵が大勢来るなら、鉄の相場は3倍、いや4倍……信じられない程跳ね上がるはずだ」


「うん」


「しかもこの情報を知っている商人は俺達だけだ」


「うん」


「……こんなにも美味い儲け話が転がっている」


 イグは声を絞り出そうとしているがなかなか出てこない。


「……ここで動けなければ俺は一生、女一人養えない貧乏商人のままだ……」


「……」


 イグは震えていた。リュオはそんな彼を静かに見守る。


「リュオ……」


「大丈夫だよ。アタシはイグに付いて行くから」


「ああ、……明日、ローニエル鉱山を目指そう」


「うん」


 こうして二人はローニエル鉱山を目指すことになった。

 その晩は普段とは逆でイグがリュオに寄り添い一緒に眠った。







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