第22話 女二人



 二人がレッカ亭に入るとランプで照らされた店内は客で賑わっていた。給仕で忙しそうに動き回るウエイトレスの姿も見える。


 適当に席に着き壁に掲げられた看板から料理を選んでイグがウエイトレスを呼んだ。

 リュオは緊張しているのか、ずっと硬い表情をしている。


「いらっしゃい。決まった?」


 ウエイトレスは座っているリュオをチラッと見てから仏頂面でイグに注文を尋ねた。リュオは俯き目を合わせなかった。


「……あれと、あと酒も頼む。忙しそうだな、バーバラ」


「この時間だけよ」


 注文を聞くと仏頂面のウエイトレス、バーバラは席を後にする。




 料理が運ばれてきてからもリュオは大人しくしていた。


「どうしたんだ?今日は静かだな。……一日中歩き回って疲れたんだろ?」


 黙って口に料理を運ぶリュオにイグはどや顔で話し掛けた。


「……そう、かもね」


「まぁそれにお前、こんなに人の多い所は初めてだもんな」


 その気遣いは的を得ていないがイグは得意気に「ふっ」と鼻を鳴らし、そんな彼にリュオは苦笑した。


「明日はヘイメルシュタット商会に行って次の街に運ぶ品を仕入れよう。東方面に運ぶなら鉄細工が定番だからそれでいいだろう」


「そう言えばビッツ村にも鉄鍋とか釘や鉄板を持ってきてたよね」


「クロッフィルンには溶鉱炉がたくさんあるんだ。ここから南に2日行った所にローニエル鉱山という鉄の採掘所があって、そこで取れた鉄鉱石がこの街に運び込まれる。それを職人達が製品に変えているんだ」


「だからこの街には職人みたいな人が多いんだね」


「まぁな。家督を継げない次男三男は工場に働きに行くのがこの街では一般的だ。それからクロッフィルンとローニエル鉱山を行商で往復しているやつらもいるな」


「イグはビッツ村じゃなくて、そっちには行かなかったの?」


「資金が少ないからな。鉱山に行っても大した量を仕入れられないんだ」


「ふーん」


 そっけない返事をしながらリュオは料理をほおばる。


「……ここの料理美味しいね」


「だろ。クロッフィルンにいる時はいつもここで飯を食ってるよ」


「……そっか」


 相変わらず無配慮な男にリュオは少し悲し気持ちになった。





「隣り、いいかしら?」


「ん?ああ、座れよ」


 料理も減ってイグが酒を飲んでいるとエプロンを外したバーバラがやってきた。バーバラは酒が満タンに注がれたピッチャーを持っている。

 この地域は麦の生産が盛んで酒と言えばビール。昼夜問わず食事の様にビールが飲まれている。

 イグに椅子を引かれ、バーバラはイグの隣りの席に座る。リュオとは向かい合う格好になった。


「私もいただくわ」


「もう仕事はいいのか?」


 イグの問いにバーバラは酒を呷りながら答える。


「子供達が寝たからテレッサが代わってくれたの。まだ働くって言ったんだけど行ってこいって」


 彼女は拗ねたように口を尖らせている。

 テレッサはバーバラの義姉で、さっきまで二階で小さな子供を寝かせていた。



 バーバラが席に着いてからは、二人は昔話しに花を咲かせた。リュオはそれを相槌を打ちながら黙って眺めていた。リュオとバーバラが会話することはなかった。



 暫くすると禿げた毛深い年配の男がイグに話し掛けてくる。


「よう、フロイツ!久しぶりだな」


「ヴォルクスさん!お久しぶりですね!」


「最近見かけなかったが元気にしてたか?」


 酒を持った男は頬と鼻の頭を赤くして上機嫌に話す。


「ええ、お陰様で」


「そうかそうか」


 男は酔った顔で嬉しそうに席を見回した。


「お前、綺麗なお嬢ちゃんを二人も侍らせてモテモテだな。おい」


「ははは、これはそう言うんじゃないですよ」


 イグは愛想笑いを浮かべている。


「ふっ、そうか。向こうに組合の仲間がいる。後で顔出せよ」


「あっ、それじゃ一緒に行きます」


 男はイグが所属する商業組合の仲間。

 自分のジョッキを持ったまま席を立ったイグはバーバラとリュオに申し訳なさそうな顔を向けて言う。


「すまん。少し席を外す」

 

「「 ……? 」」

((えっ?))



 取り残された女二人を気まずい空気が包んだ。

 バーバラは相変わらずの仏頂面で酒を飲み、リュオは残った食事を少量スプーンで掬って口に入れる。



 暫く沈黙した後、先に口を開いたのはバーバラだった。


「どうやってついてきたの?」


「えっ?」


「断られたでしょ?女なんて行商に連れて行くはずないもの」


 リュオは初め何を聞かれたのかわからなかっが次の言葉でようやくバーバラの質問を理解する。


「えっと、ずっと断られてて、……だからイグがクロッフィルンに行くときに気付かれないようにこっそり後を付けて、……ついてきちゃったんです」


 怖じ怖じと答えるリュオの話しをバーバラは真剣に聞いて、そして。


「ぷっ、あはははは」


 笑った。それまでツンツンしていたバーバラは初めて笑みを溢す。


「あなたは凄いわね。……私にはできなかった」


 バーバラは酒を啜り遠い目をする。


「私ね、壁の外に出たことがないの。だからずっと行商人に憧れていたわ」


「壁の外って、クロッフィルンから出たことがないってことですか?」


「ええそうよ。この街で生まれた女ならそれが普通だもの」


 バーバラは少し離れた席で年配の男達と楽しそうに話すイグに目をやり話しを続ける。


「ビッツ村に行ってみたいってお願いしたこともあったのよ」


「……そうですか」


 リュオの固い反応をクスッと笑うバーバラ。


「ビッツ村ってどんなところだったの?」


「えっと、ずっとずーっと遠くまで麦畑と草原が広がっているところでした」


「ふふ、建物ばかりのこの街にいると想像できないわね」


「田舎ですよ。えへへへ」


 気付けば顔を強張らせていたリュオも笑みを漏らし、二人とも表情を柔らかくしていた。



―――――



 二人は暫く自己紹介や自分の思っていることを話した。お互いに気を使ってイグの話題は話さなかった。


「アタシにはパースっていう相棒がいたんですけど。あっ、パースというのは牧羊の犬で凄く頭がいいんです。それでいつも二人で羊の世話して……」


「素敵ね。私は子供の頃からこの店の手伝いしかしてこなかったら、そういう生活に憧れるわ」


 リュオが店内に目を向けると、たくさんの人が笑って料理を食べ酒を飲んでいた。


「結局一度も外に連れて行ってもらえなかっな」


 バーバラは呟く。


「……」


 リュオはなんとなくバーバラの想いを察した。


(バーバラさんはイグのことが好きなんだ。いつかはイグとこの街を出て旅をしたと思っていたんだ)


 それは正解だった。


 バーバラはずっと外の世界に憧れていた。そしていつの頃からかイグに外の世界に連れっていって欲しいと思うようになった。


 だがリュオのように自分から行動を起こすことはなかった。外の世界が厳しいことはわかっていたし、この街を出たことを後悔するかもしれないと思っていたから。だから彼女はただ待っていただけだった。5年間も。

 イグが「一緒に行こう」と言ってくれるのを。彼の責任でこの街から連れ出してくれるのを。

 最近になって望まない婚約が決まり、冗談半分に「一緒に行商人をやりたい」と言ってみた。それがバーバラの精一杯の一言だった。だがイグに断れてそれで諦めた。






 溜息交じりに頭を掻きながらイグが戻って来る。向こうの席でかなり弄られたようだ。


「さっ、そろそろ店の片付けをしないと」


 そう言いながら、イグに代わるようにバーバラが席を立つ。


「もう行くのか?」


「そうよ。誰かさんがほったらかしにするから酔いがさめたわ」


「すまん」


 席を立つときバーバラはリュオを見てボソッと言った。


「その帽子、似合ってるわ」


「うん」


 リュオはその言葉で少しだけ心が温かくなった。






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