第10話 依頼

 ガトリングバギーを艦のコンテナに収容し終えると、車両の乗り手は操縦室に入室して一言。


「久しぶりだねロイ君、相変わらずハーレム満喫しているかい?」


 飄々とした口調の男の名はライナ・ボルナード、実年齢は二五だがその容貌はもっと若く、青年のように見える時もある。


 整い過ぎてている顔立ちは間違いなく美形の部類に入るし、街へ出れば女の子達がほうっては置かないだろう。


 だが、爽やかかつ優しい笑顔の眩しい青年の正体はこのリブル共和国軍の大佐様である。


「満喫できてるわけねえだろ、カイは付き合ってくれないし擦り寄ってくるのは妹だし、

このままじゃ寂しい身分で二十代(おっさん)になっちまうぜ」


 うなだれるロイの姿に小さく笑ってライナはリアの頭を撫でた。


「だったらおっさん六年目のオジサンは婚期を逃しちゃったかな、まったく、こんな可愛い子にじゃれつかれてご不満とは、贅沢だねえ」

「そうそう、お兄ちゃんと違ってライライは正直だよねー」


 自分よりも頭二つ分は背が高いライナの背中によじ登り、ロイを見下ろすリア、大佐に向かってこんな大胆不敵な行動ができるのはおそらくリアだけだろう。


 ライナもライナで自分の背中を占領するボクっ娘の頭をくしゃくしゃと撫で回しながら楽しそうに笑う。


 軍でも珍しい気さくさは、上司や他の大佐達から嫌厭(けんえん)されるものの、一部の部下や上司、街の人達との強い結びつきを維持するのに役立っている。


 リアにしても、彼女がこうやって自らおぶさる男がロイを覗けばライナしかいないのは、それだけ彼の人間性を好いているからだ。


「こらリア、あまり乗っていると大佐に失礼だろう」


 第四の声が割り込んだのは、リアとライナの姿にやれやれとロイが呆れた時だった。


 ライナの背中からリアを引き剥がし、カバンぐらいの感覚でイスの上に下ろしてカイは頭を下げた。


「申し訳ありません大佐殿、来ていただいてそうそうこのような……」

「いやいや、いいのいいの、オジサンはカイちゃんとリアちゃんに会えて機嫌がいいから

なんならカイちゃんもおんぶしてあげようか?」


「いっ、いえ、そのような、はしたないこと……」


 ライナの申し出にカイは慌て、顔の前で手を振った。


「それより大佐」


 立ち上がってライナを見上げながらロイはさも嬉しそうに破顔する。


「大佐が来たってことは、持ってきてくれたんだろ? 仕事」

「その通り、デカイのとそうでないの、二件の依頼をプレゼント」


 その返答を聞いてロイは上機嫌に座り、カイとリアもそれに続いてイスに着いた。


 このように、ライナは国軍大佐という役所に就きながら、ロイ達の仲介屋のような事もしている。


 リブル共和国軍の目的は巨神の排除と街の防衛である。


 だが、一騎当千の英傑並の強さを誇る巨神相手に一般兵が勝てるはずもなく、必然的に巨神討伐にも街の防衛にもかなりの大部隊を用意しなくてはならない。


 当然、討伐に兵を割き過ぎれば街を守れなくなり、討伐の兵が少なければ討伐隊の被害は拡大する。


 故に、軍自体が解体屋に防衛や討伐を依頼するのはそう珍しくないのだ。


 ちなみに、解体屋の働きが良ければそれを雇った軍人、ここではライナの株が上がり、出世がしやすくなる。


 解体屋も軍の仕事をこなしていれば架空の階級が与えられ、仕事の際に下級の兵に指示を出すことも可能である。


 これは、いくら雇われの身だからといって、一流の解体屋が自分よりも遥かに劣る二等兵や三等兵に頭を下げるのはおかしいという思想から生まれた制度である。


 解体屋は傭兵の一種である。


 傭兵とはいえ兵は兵、同じ兵士同士、上下関係は厳格に決めるのが筋である。


「デカイ仕事の方はやりがいたっぷりだよ、何せ成功すれば君たち全員の昇進は確実だからねぇ」


 操縦室の硬いイスの上でも、ライナは高級ホテルのソファ同様にくつろぎながら話を進める。


 どれほど緩い口調とノリでもその場を自分色に染め上げる存在感はこの年でそうそう身に付けられるものではない。


「ロイ・サーベスト中佐なんて言われるのは確実だろうね、こりゃいつかオジサンが雇えなくなる日が来るかな?」


 嘯くライナにロイは自信たっぷりに笑い返す。


「ハハ、なーに言ってんだか、俺らが昇進するだけ活躍したら俺らをスカウトした大佐だって評価されるし、大佐自身の見せ場だって腐るほどあんだろ?」

「おやおや、そこまで見破られちゃってるかぁ、まっ、准将に昇進するのは決まっているんだけどね、そういえばカイちゃん今大尉だから次昇進したら左官になるね」

「さ、左官……はい、そうなれば嬉しい限りです」


 カイ・シュナックは清廉潔白な騎士である。


 そこら辺の俗物のような出世欲などはないが、平和な時代と違い、今のように荒れた時代での階級とは、後方支援を除けばそのまま本人の戦闘力に直結する。


 解体屋達の持つ仮階級では特にその色が強く出る。


 すなわち、昇進して階級が高くなるというのは、それだけ戦士としての強さを認められた事になるのだ。

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