第9話 仲介屋

 パイプと錆びに囲まれたリビング兼操縦室、中央に鎮座した金属製のテーブルの上には使い古されたチェスのボードとその駒、現在は黒の優勢、白の勝利は難しくなってきている。


「ホラホラ、早く打たないと俺の勝ちにしちまうぞ」

「あ~も~、ちょっと待ってよ~」


 テーブルの横に置いた朝ごはんのサンドイッチ(リア作)をほお張りながらニヤつくロイを前に、頭を抱えながら彼に打ち勝つ方法を考えるのは妹のリア、当然彼女が白、ロイが黒い駒である。


 もともとロイはボードゲームが得意であり、ギャンブルを得意とするリアが勝てる事は少ない。


 とは言っても、決してリアは弱くない、彼女は運の強さもあるが、ポーカーなどのカードゲームを中心に、自分の手札と捨てられたカード、相手の言動や表情から最善の手を導き出す知略にも長けており、少し強い程度の相手ならばチェスで負けたことなど一度もない。


 だが、ロイはプロ相手でもかなり食い下がれる実力を持っているのだ。


 なれば負けるのも仕方ないのだが、リアにはこの勝負には絶対負けられない理由があった。それは……


「リア、耳を貸せ」


 場に入って来たカイの声にリアが顔を近づけるとカイはそっと耳打ちをし、それを聞いたリアは顔をパッと明るくして女王(クイーン)の駒を移動させる。


「なぁっ!?」


 ロイのまぬけな声と表情を、リアとカイは笑顔で眺める。

 リアがカイの言った通りに駒を動かすと一気に盤上の戦いが互角になったのだ。


「おいおい、ちょっと待てよカイ、俺これに負けるとマジヤバイんだからカンベンしてくれよ」

「んっ、ヤバイとは何がヤバイんだ?」


 アゴに手を当てて尋ねるカイに、ロイは頬杖をかいて返答した。


「俺が勝ったら寝る時に俺のベッドに忍び込むの一週間禁止にできるんだよ……」

「負けた場合はどうなる?」

「一週間ボクと一緒に寝るんだよねー、お兄ちゃん」


 目で分かるほど胸を高鳴らせ、幼い子供のように喜ぶリアの様子にカイは「フム」と小さく頷き思考を巡らせると。


「つまり、その間はロイが私に夜這いをかける事も無くなるわけだ、よしリア、私は全面協力するぞ」

「ホント、やったー」


 立派な胸を自信満々に張って言うカイに、リアは諸手を上げて喜び、ロイは肩を落とした。


「まあいい、どうせリアの城(ルーク)と僧正(ビショップ)はもう取ったんだ、悪いけどこっからは全力でいくぜ」


 女二人組みに不敵な笑みを送り、ロイは歩兵(ポーン)を手に取った。



 二〇分後、激闘の末に僅差でリア、カイは勝利を納めた。


 ロイもかつてない集中力で策を講じたが僅かに及ばず。あと歩兵(ポーン)一つでもあれば勝っていたのはロイだったことだろう。


 はしゃぎ喜ぶ超絶ブラコンマイシスターに辟易しながら、ロイは恨めしげにカイを見やるがカイは視線をそらして逃げた。


「ったく、とんだ災難だぜ、そういや電力はまだ溜まらねえのか?」


 スキップ気味に運転席の計器類の元へ行くリアの背中に、ロイは溜息を送った。


 現在、ロイ達は前に片付けた二件の依頼で手に入った巨神の部品を売りに、首都である中央都市(セントラルシティ)へ向かう途中である。


 しかし、昨日の依頼の時に大半の電力を使ってしまった為、お金のかかる液体燃料を使うのは緊急の時だけと判断し、今はこうやって荒野のど真ん中でエンジンを止めて太陽電池が溜まるのを待っている状態にある。


「あと少しかな、今の電気量だとセントラルに着くまでもたないよ」


 憎らしげにロイが舌を鳴らし窓の外へ視線を向けると、遠くから近づく軍用車両に目が止まる。


「ガトリング……バギー?」


 タイヤの摩擦で荒れた大地を削り、巨大な後塵を巻き上げ荒野を疾駆する迷彩模様に大型ガトリング砲を搭載した厳(いか)つい車両は徐々にスピードを落としながらロイ達の艦に近づき、停止すると運転席からボンネットの上に仁王立ちで乗り手が手を振った。


 黒い手袋に高そうな生地のコート、ツルの細い眼鏡をかけた長身の男はロイにとって、あまりに見覚えのあり過ぎる人物であった。


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