第4話 教会

 もうすぐ日が落ちるだけあって、教会の中は、しんと静まり返り、その静謐さが教会の中の神秘性を引き立たせる。


「……」


 視線を持ち上げると、荒廃した世界には珍しい、実に見事なステンドグラスがその存在を示し、その下にはラーバ神の白い像が立っている。


 そのまま視線を下ろすと、一人の少女に目が停まる。


 薄暗い境界の中にあって、ステンドグラスから差し込む夕日に照らされた少女は、さながらスポットライトに照らされた舞台上の登場人物のようにさえ思えた。


 白いワンピースを着て、金色の髪を肩口まで伸ばした少女はカイに背を向けたまま、像に祈り続けていた。


 カイという来訪者を知らせるドアの開閉音に気付かないのか、それとも祈りを途中でやめたくないのか、どちらにしろ彼女の熱心さの現れであることには違いない。


 声をかけてはいけない状況を考慮したのもあるが、自分で声をかけるよりも向こうから気付いてもらったほうが楽なので、カイはわざと少し強めに足音を鳴らして少女に歩み寄った。


 すると、少女との距離が一メートルまで近づいたところで第三者の存在に気付いた少女が見事な金髪を揺らして振り返った。


「お姉さんもお祈りですか?」


 振り返りざまに言った少女の顔は、想像していたのよりもずっと幼い、もしかするとリアよりも年下ではないだろうか。


 夕日のライトに照らされた少女は間違いなく舞台のヒロインだった。


 それほどに少女は美しい、茶色い瞳を飾り立てる長いまつ毛に白い肌、細い手足などは精巧に作られた人形を思わせる。


 美しさでいえばカイも申し分無いのだが、自覚の無いカイは少女の容貌に一瞬見惚れてから言葉を作る。


「いや、ただ何となく足が向いただけだ、そういうお前はいつもここにくるのか?」


 カイの問いに、少女は可愛く笑って応えてくれる。


「はい、ラーバ神様に祈りを捧げるのはわたしの日課ですから、それよりも、この辺では見かけない顔ですが……」


 少女の明るい声に、カイはかすかに頬を緩ませ、だが声の冷たさはそのままに返した。


「私はこの町の人間ではない、明日の朝、この町に来る巨神を倒しに来た解体屋だ」


 カイの返答に、少女は手を叩いた。


「ああ、あなたが町長さんの言っていた人ですね、でも、機甲兵を巨神だなんて、ラーバ神様に失礼ですよ」

「……これで呼びなれているんでな、本当にあんな機械人形を神だと思っているわけではない」

「それでもですよ、そうだ、解体屋をしているなら、お姉さんは機甲兵について詳しいんですよね?」

「んっ、それは、まあそうだが」

「実はわたし、機甲兵について詳しくないんです。子供だからって誰も教えてくれないんですが、本当は大人の人達も知らないんだと思います」

「……」


 少しの間を空けて、カイは教会のイスに座ると隣の席を指でこづいて座るよう促すと、少女は嬉しそうに座って見上げてくる。


「そうだな、簡単に言ってしまえば、あれは戦争の遺産なんだ」

「戦争?」

「そうだ、今から一五年前、アーゼル帝国とバルギア王国という二つの軍事大国が戦争を始めた。

それは酷い戦争だったよ、数え切れないほどの人が死んで、死なずに済んだ人達も家族や友人を失った悲しみにくれていた」


「なんで戦争なんて始まったんですか?」


 無垢な問いに、カイは目を細め、遠い日を見るような眼差しで語りを続けた。


「……恐かったんだよ、両国は国境が隣接していたし、どちらも大陸で一、二を争う軍事大国だったから、いつか相手が攻めてくるんじゃないかって、互いにくだらない被害妄想に捕らわれて、勝手に殺し合って……そうやって始まった戦争は、最初こそ拮抗していたんだが、アーゼル帝国が最強の陸戦兵器、巨神型自立機甲兵を発明を開発してからはアーゼル帝国の圧倒的優勢、バルギア王国は苦戦を強いられ続けた」


 一度を言葉を切り、カイは足を組替える。


「そして、開戦から五年後、丁度いまから一〇年前、アーゼル帝国はかつてない大量の機甲兵をバルギア王国に投入した。

この戦いにバルギア王国の敗戦は確実だろうと周辺諸国の代表達は戦争の終結に安堵したのも束(つか)の間、機甲兵達は何故か周辺諸国にまで無差別の攻撃を開始、これはどういうことかと被害にあった国々は使者や間諜を放った。その調査結果は……」


 語るカイの目が長く閉じられて、彼女を包む気配に鋭さが帯びる。


 話を聞いていた少女もそれを感じ取り、思わずカイを見る眼に力が入ってしまう。


「アーゼル帝国、バルギア王国の両国が滅んでいたというものだ」


 少女の目がこれでもかというぐらいに開かれる、機甲兵が何故他国を攻撃していたのかそして何故両国は滅んでいたのか、それを理解するには、少女は幼すぎたのだ。


「この事件を境に、制御を失った機甲兵達の恐怖が大陸全土を覆うこととなった。アーゼル帝国とバルギア王国ほどの機械技術を持たぬ国々は機甲兵に対抗できず、人類は衰退の一途を辿り続け、今に至っているというわけだ……」


 自分の隣に座らせた少女の戸惑った顔に、カイは優しく笑うと頭を撫でてやる。


「安心しろ、私達解体屋はお前達を守るためにいるんだ、明日の朝ここにくる奴も我々が倒して……」ガチャリというドアの開く音に視線を向ける。


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