第3話 町の歪み

「この度は依頼を受けていただき、ありがとうございました。」


 ロイ達に頭を下げるのは三〇代半ばの男で、一応はこの村の村長らしい、それは良いのだが、自分達を取り囲む状況に、ロイ達は違和感を感じずにはいられなかった。

 単刀直入に言えば、人がいないのだ。


 村の入り口でロイ達を待っていたのも、自分の家へ案内したのも村長一人なら、今村長の家でもてなしてくれているのも村長一人である。


 村や町が解体屋へ取る態度には大まかに分けて四パターンある。


 一つ目は、自分達の敵を倒してくれる英雄として歓迎される場合、二つ目は人の足元を見てほうがいな依頼料を巻き上げる山賊まがいの連中として渋々呼び寄せる場合で、村人達から陰口を叩かれるが、良心的な値段でしか戦ったことしかないロイ達がこのパターンに遭遇したことはない。


 三つ目は完全に珍しがられる場合である。何せ解体屋は軍隊を除けばこの世で唯一巨神に対抗できる存在の上に、持っている武器などの装備も一般人が日常生活でお目にかかれるようなものではないため、好奇心で村人が集まってくることがある。この場合、人々はお礼も言わないが罵りもしない、ただ眺め回してくるだけだ。


 そして、今ロイ達が置かれている状況こそが最後のパターン、他の三パターンは態度に違いはあっても人が集まってくるのは同じであるが、最後のパターンは別、村人が寄って来ないである。


 どういうことかと言うと、興味が無いのである。


 とは言っても自分達の生死を分ける最強の傭兵団に興味が無いという事態があるはずもなく、二つ目の歓迎されないパターン同様、別の解体屋から聞いた話で、ロイ達はこのパターンに出くわしたことは一度も無かった。


「……村人が無反応なのが気になりますか?」

「まあな、仮にもこの村を守ってやろうとわざわざ来てやったんだぜ、それともみんな知らねえのか?」

「いえ、解体屋の方に依頼した事は全員に伝えたのですが……」

「どゆこと?」リアが頭の上に疑問符を浮かべる。


 視線を落とし、大きなため息をついて村長は村人の反応について話してくれた。



 解体屋は、万が一にも巨神が町に到達した時のことを考え、町の地理やどのような建物があるかを覚えておくものである。


 村長の話を聞き終えたロイ達もその為に三人で町を見て周っているのだが……


「チッ……!」


 ロイが辺りを眺めながら舌打ちをする。


 どの方角を見ても、彼らの視界には必ずと言って良いほどに存在する看板、張り紙、そして民家の玄関に備え付けられている人型の置物。


 看板と張り紙にはどれも「ラーバ神様の加護あれ」とか「ラーバ神様はいつも観ている」などと書かれている。


 謎の人型像のデザインはそのラーバ神とやらを象(かたど)ったものなのだろうが、極めつけて怪しいのは、中年男性の顔がプリントされ、その下に「ノーデル教主はラーバ神の代行人」と書かれたポスターだった。


 村長の話では、この村に住むノーデルという神父が広めているラーバ教という宗教に村人はご執心で、神に祈っていれば巨神が来てもラーバ神が守ってくれると信じ切っているらしい。


 当然ながら、巨神を巨神とは呼ばず、機甲兵と呼んでいる。


 とにかく、この町の人間は神が守ってくれるから解体屋はいらないと思っており、故にロイ達が自分達の運命を握る重要人物とは思っていないのだ。


「やれやれ、神様拝んで助かるなら俺ら解体屋はいらねっつの」

「ホントだよねー、インチキ宗教なんかに町を牛耳られて、あの町長さんカワイソ」


 不満を露(あらわ)にするロイとリアにカイも賛成のようで、冷淡な声を漏らす。


「こんな時代だ、例え偶像だろうと、人々には何か拠り所が必要なのだろう、もっとも、私ならありもしない救いにすがる余裕があるなら自分自身を鍛えるがな」

「はは、違えねえ」


 カイの言葉にロイは苦笑で返した。


 一〇年前の大戦でアーゼル帝国が残した遺産は、歴史上稀に見る災厄として大陸中に降り注いだ。


 制御する者を失った巨神達は敵国であるバルギア王国を滅ぼし尽くすと大陸中に散らばり、他国の人間と人工物の破壊に取り掛かった。


 最強の陸戦兵器の前に……世界は荒廃し、国は衰退した……


 国は国を維持出来なくなり、大陸には無法地帯が増加し、役人は皆、主要な都市に逃げ込んで軍を保身のために使っている有様である。


 見捨てられた国民達は家屋に移動設備として機械の脚部やらキャタピラを取り付け、巨神という恐怖が近づくたびに町ごと逃げ惑う生活。


 幸いにもロイ達が闊歩するリブル共和国はそれなりの軍事力を保有していたおかげで主要都市以外の比較的大きな街にも軍が配備し、解体屋にばかり頼るのではなく、積極的に遠征軍を出し、国内に侵入した巨神を排除しようと尽力している。


 それでも、年々国内の町や人口は減少の一途を辿り続けているのだ、カイの言う通り、何かしらの拠り所を欲するのはロイとリアも理解はできる。


 だが、ロイとリアはこの町の人間が好きにはなれなかった。


 罪無き両親を巨神に殺され戦災孤児となり、この世には神も仏も無く、自分の身は自分で守るという人生観を持った彼らには、神に頼る精神が鼻持ちなら無いのだ。


 しばらく町を歩き回り、空が茜色に染まるとロイは相変わらず不機嫌そうな顔で嘆息を漏らした。


「じゃ、明日に備えてもう帰るか……」

「そだね」


 踵を返したロイとリアにカイも続こうとすると、彼女の青い瞳に、ふと一軒の建物が写り込んだ。


 夕方の空よりもはっきりとした赤色の三角屋根とステンドグラス、屋根の頂上には十字の飾り。


「……教会?」


 おそらく町人が熱心になっているというラーバ教の教会だろう、ただ、カイは自分でも理解できない衝動に足が止まってしまった。


「どうしたリア? 置いてっちまうぞー」

「置いてっちゃうぞー」ロイに続けてリアが言った。


 二人の呼びかけに、カイはやや黙ってから返した。


「悪いが先に帰っててくれ」


 カイの言葉にロイは「そうか」と軽く行ってリアと一緒に村長の家へと向かった。


 町長の観測では巨神が町に到達するのは明日の朝らしい、今日は早めに帰り、明日に備えるのが一番なのだが、カイはどうしても教会の中を覗きたくなったのだ。

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