第5話 神父

「安心しろ、私達解体屋はお前達を守るためにいるんだ、明日の朝ここにくる奴も我々が倒して……」ガチャリというドアの開く音に視線を向ける。


「おや、貴方はもしや町長さんが呼んだという解体屋の方ですかな?」


 奥の戸を開いて出てきたのは、黒い僧服に身を包んだ若い神父だった。


 長めの栗髪は綺麗に手入れがされており、整った顔は笑顔の形を成してカイに向けられている。


「ええ、町長に依頼されまして、機甲兵とは明日の朝に戦うこととなります。ですからその時間は家にいてくださると助かります」


 自分を射抜く青い瞳に、カイは僅かにだが声に敵意が籠ってしまう。


 それを感じてか、僧服の男は手招きで少女を呼び寄せると、彼の目にも鋭さが宿る。


「私はこの教会の神父をやっているノーデルと申します。この子はメイリー、この教会に住んでいる、私の家族ですよ」

「ここに? すると両親は、いや、何でもない……」


 言いかけて、カイは口をつぐんだ、言わずとも、今の時代で人が死んだ。それも両親揃ってと言えば、そのほとんどが巨神によっての事である。


 だがメイリーは首を横に振った。


「いいえ、気にしていませんから大丈夫ですよ、あの頃はまだ、ラーバ神様の事を知らなかったから、でも、ラーバ神様に祈りを捧げている今なら、きっとラーバ神様が死んだお父さんとお母さんを楽園へ導いてくれているはずです」


 メイリーの言葉にカイの中で異物が生まれ、続けて神父が……


「明日、あの忌まわしき悪魔達と戦うというのなら、今日ここへ来たのは正解ですよ、奴らはとても強く、そして残忍ですが、ラーバ神様が貴女方を勝たせてくれるでしょう」


 その言葉を聞き終えた時、カイの中の異物が喉までせり上がり、そして……


「貴様、己の虚言を町の人間に吹き込み恥ずかしくはないのか?」


 気がつけば、口までせりあがってきた異物を吐き出していた。


 無論、ラーバ様とやらを妄信する二人の目は大きく開かれていた。


「何が神だ、何がラーバ神だ、貴様はそいつに会ったことがあるのか? 話したことがあるのか? ただ人の言っている事や本に書いている事を信じ込んでいるだけじゃないのか?」

「メイリー、中に戻っていなさい、この人は……」

「そもそも貴様ら宗教家の言う信じる者は救われるというのがそもそも胡散臭い」


 ノーデル教主の言葉を潰し、カイは胸の内を吐露する。


「信じる者、すなわち自らを崇める者は救い、自分に敬意を払わぬ者には救いの手を差し伸べない、そんな者は悪魔かタチの悪い独裁者と何も変わらないではないか! 真の神ならば、神が本当に万民を愛し救おうと思う気持ちがあるのならば、何故全てを救わない!?

何故、同じ人間の中で差をつける!?

その矛盾こそが偽りの神たる証拠ではないのか!?」


 カイの思いがけない言葉に同様するメイリーを、ノーデルは無理矢理ドアの近くへ連れて行くが、彼女を教会の奥へ移動させるよりも早く、カイはノーデルの胸ぐらに掴みかかり、熱い記憶をぶちまける。


「本当に神がいるなら! 神が人類を救う存在なら! 私の父と母は何故戦争で死んだ!?

人々の安寧のため、その身を戦場に晒し、幾度となく戦友たちを救ってきた父を何故神は守ってくれなかったのだ!?」


「き、君は一体何を!? 君も戦災孤児かね?」


 今までの余裕をすっかり失い、狼狽の色すら見える神父に、カイは普段の冷静さをかなぐり捨てて叫ぶ。


「そうだ、酷い戦争だった。私の友人は皆死んだ。

バズとアレイは四肢を撃たれてから頭を潰されポーシアとアンは兵士に犯されながら背中を撃たれた! 特にミンは信仰深くて私の誕生日にお守りをくれた。でも彼女も私の目の前で男達の玩具にされながら内臓を裂かれて死んだ! 彼女の神は何故助けてくれなかった!? ミンと違って他の連中は無宗教ではあったが皆良い奴ばかりだった。友がケガをすれば悲しみ祝いごとがあれば皆で喜び、そして国の役に立つために必死に勉強をしながら暮らしていた。

それとも神はいかなる善行を積んでも自分を崇めない者は平気で見捨てるのか!? それが神の正体か!?」


 そこまで叫んで、カイは我に返ってメイリーの顔を見た。


 呆然と立ち尽くし、思考が話しに追いつけない少女の様子に自省し、カイは額を抑えて首を振った。


「すまん……ただ、私は……」ふらつく足で体を出口に向ける。

「失礼ですが、仕事が終ったらこの町を早々に出て行っていただけますか?」


 出口へ向かう自分を、冷ややかな声で送り出すノーデルに対し、カイは戦闘時のような眼を向けようとして、しかしメイリーの存在にその気を消され、結局、何も言わずに協会を出て行った。


 カイが教会から離れると、窓の外に立っていたロイは嘆息を漏らして憎たらしいほど紅い空を仰ぎ見る。


 どうやらカイの事が気になりこっそりと話しを聞いていたようだ。


「神……か……」


 そんな者がいるなら何故巨神を裁かないのか、あるいは、巨神とは神が人間を裁くために作り出したものなのかもしれない、などと思ったところで無神論者の自分が何を考えているのかと苦笑してロイはカイよりも先に艦に帰るべく小走りに教会を離れた。



 明朝、ロイとカイの二人は町から西へ離れた所にて待機していた。

 ヤル気に満ち溢れたロイと違い、昨日の出来事が気にかかり、カイは陰鬱な気を漂わせ頭の中で何度も教会で叫んだことを反芻(はんすう)し、自分は何がしたいのだと悩む。

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