第15話 セミファイナル
「どうなってんだ、これ」
急いでディスプレイの方を向き直る。
電源はまだ入っており、白い空間を背景に赤、白、黒を基調とした髪型とファッションの女――
『あ、少し遅れてしまいましたがまだ日付は変わっていませんからね。これ、私からのチョコです。もちろん、本命ですよ?』
テキストが表示され、フルボイスで読み上げられると同時に、今までずっと紙芝居みたいな形式のゲームだったくせに、流行りのバーチャルユーチューバーみたいに口や瞳、上半身全体がヌルヌル動き始めた。
「うわあああ何じゃコイツ! めっちゃ動いたああああぁぁっ! ていうかマジでこのゲーム何なんだよ! 無理無理! 怖えよ! あとあの三人……結二と菫と釈茶はどこ行ったんだよ! そもそも誰なんだよお前ぇ! 俺をモデルにしたゲームなのに最初から最後まで意味分かんねぇんだよ!」
俺の反応を無視してゲームは進む。
陽津辺の右腕がヌルりと動いて、丁寧にラッピングされた平たい箱を差し出してきた。
ご丁寧に中身が見えるようになっており、ハート型のチョコが激しく主張している。
一拍置いて、三つの選択肢が表示された。
一、『受け取る』
二、『ありがたく頂戴する』
三、『その場で食べる』
「全部同じじゃねーか!」
こっちの言葉に反応して一瞬だけテキストが表示され、再び三択に戻る。
『これだから恋愛素人はダメなんですよ。もっとよく見てください』
目に力を込めて一秒、二秒、三秒。
「やっぱ全部同じにしか思えないね! 何なんだよ、この茶番はよぉ! どこからが夢でどこからが現実なんだ?」
テキストには表示されず、ただ陽津辺の声だけが届く。
「あなたが車に轢かれて死んだところも含めてずっと現実ですよ」
「人間は死後の世界を現実なんて言わねぇんだよ!」
「まあまあ。似たようなものじゃないですか」
確かに、延々と論点をずらしても仕方ない。
ここは向こうの言葉を信じて、現実――実際に体験できている出来事として処理しよう。
「それより早くチョコ受け取ってくださいよ。エンディングが見れないじゃないですか」
「うるせぇ。こっちの質問に答えてもらってからだ。いきなり娘とか名乗る見知らぬ人間に頼まれてゲーム実況やらされたんだから、ちょっと質問に答えてもらってもいいだろ?」
「仕方ないですねぇ。日々アップデートされる現代の全知の神の御使いたる私に答えられる範囲でよければ、ですけど」
神ってアップデートされるの?
とか思ったが、今すべき質問ではない。
今、何よりも優先すべき質問は、
「ゲームを始める前の注意書きでも確認したが、適切なヒロインを選ぶと、俺とそのヒロインの間にできるらしい娘が生き返るって話はマジなんだろうな?」
「はい。正確に言うと、あなたはどのヒロインを選んでも生き返ります。ただ、生き返った後にヒロインたちと結ばれる確率がゼロになるので娘たちは生まれません。というわけで頼れるあなたの幼馴染、陽津辺有葉を早く選んじゃってください」
「まだだ。さっきまであっちの部屋にいた三人はどうなったんだ?」
「ゲーム的にというか、リアルにヒロインたちとの可能性がなくなったので消えちゃったってだけですね」
さも当然のように言ってくれる。
「ささ、早く愛情たっぷりのチョコを」
「ゲームで散々伏せられていたアレって何なの?」
無駄にクオリティの高い口笛を吹くのが聞こえ、
「それはコンプライアンス違反なのでノーコメントで」
「ああ、そうかい!」
一回机を叩いて立ち上がる。
「おいおい、シャレになんねぇよ。あれだけ大見得切ってハーレムルートを超えた撮れ高つくるとか言っておいてさぁ」
「いえいえ、十分な撮れ高がありましたよ。この一連のやり取りとか、サイコー☆って感じです!」
「お前がサイコなだけだろうがよ! バッドエンド引いてちゃ意味ないんだよ」
「とんでもない! 私が全て肯定してあげますから。さぁ、チョコを! そろそろ手がダルいので」
部屋の中をグルグルと歩き回る。
時折画面を確認すると、陽津辺の立ち絵の瞳がガッチリとこちらの動きに合わせて動いていた。
「キモイよぉ~。こっち見んなよ~~」
「女子に向かってなんてこと言うんですか!」
どうにかゲームを放置したままこの部屋を出ていけないかとドアノブをガチャガチャする。
「トイレ休憩ぐらいさせろよ! それも長時間実況の名物だろ? この部屋から出せよ!」
「それはそうですが、この空間の人間には必要ないように調整していますので」
話を聞きながらもドアをガチャガチャさせる。
「いい加減諦めちゃってくださーい。えいっ」
指パッチンの音とともに、ドアから吹き飛ばされた。
フローリングに倒れ伏す。
「痛ぇ……」
「しつこい男は嫌われちゃいますよ? まあ、私は肯定してあげられますけど。名残惜しいのは分かりますが、神の神による神ゲーの神エンディングを見ましょうよ!」
這いつくばったまま、誰もいなくなった観客席の方を見遣る。
今でも俺の子どもと言われても半信半疑だが、悪いやつらではなかった。
外見とか全然似てないようなえげつない美少女だったし、少し反抗的なところもあったし、
良い意味で異性として見れないというか。
「もしもーし。そろそろ終わりにしませんか? このゲーム」
「やだね」
一言呟いて床を左右に転がったり、手足をジタバタさせたりしながら叫ぶ。
「やだね! やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだったらやだ!」
「男がそれやると、センシティブ方面以外には大体寛容なことに定評のある御使いも流石にドン引きですよ」
クレームをガン無視して、
「だって俺、実況者として全然いいところなかったしさぁ、誰一人攻略出来なかったしさぁ、こっちから振るつもりだった相手に振られるしさぁ。
大体、あいつらはあいつらで指示出しがウンコっつーか、母親のこと全然理解してなかったじゃん。あんな状態じゃ勝てるものも勝てねぇって。
てか、指示とか別に要らねぇから、お父さんとの楽しい思い出とか何か無かったんですか、って話だよ。
なあ? 母親の方とは違って、俺との記憶は特にダメージなかったってことだろ?
その上でディスる時だけは一丁前だったしよぉ……どういう教育してんだよ!
おい! 聞いてんのか? 説教するネタが思い浮かんだ時にはもうどっか行ってるし。
親より先に消えるとか、ありえねぇだろ、テメェら! 分かったら返事しろ! いつまで反抗期やってんだよ!」
どれだけ不満を垂れても相変わらず無反応なままのソファを見つめていると、力が抜けてきた。ここまで手応えがないと、キレる甲斐もない。
実況を始めたばかりで視聴者数が一桁でコメントも全然流れなかったあの頃だってこんなに惨めな気持ちにはならなかった。
あの頃は毎日輝いていた。
確かに伸び悩むこともあったが、やればやるだけ手応えを感じていた。
積み上がることばかりで、少しずつ明るい未来に向けて前進できている実感があった。
だが、今は喪失感しかない。
コメント欄にはヤラセの神様しかいないし、指示厨はどこかに行ってしまったし、ヒロインたちは本命のチョコを誰一人としてくれなかった。
恋愛シミュレーションゲームなのに。
最悪なことに、今何をやれば帰ってくるのか全く見当がつかない。
もうここに来る人はいないし、去る者を追おうにも、俺はこの部屋以外のどこにもいけない。
ニートだってコンビニぐらい行けるってのに。
関わった全ての人に置き去りにされてもなお、みっともなく足掻いている。
人間、黒田禄としては別にここで終わっても受け入れられる。
むしろ貴重な体験だったとポジティブに捉えられるだろう。
だが、実況者シスとしては受け入れられない。
沽券にかかわる。
実況や配信ってのは、突き詰めれば自己満足の世界だ。
自分を満たせないのに視聴者も満足させられるわけがない。
まだ、終われねぇ!
決意を新たにして、とりあえず再び床でジタバタする。
「ふふっ」
「何がおかしい?」
「一回動き止まったかと思ったら突然動き出して、セミみたいだな~って」
「セミって。しかもそれ死にかけのやつじゃん」
「ふふっ。ふふふふふふふふふふふふふふふふ……あっはっはっは!」
ひとしきり笑い終え、陽津辺が口を開いた。
「いいリアクションですね。だからこそ惜しい」
「惜しいって、何が」
もったいぶったように一呼吸おいて、
「あなたがまだこのゲームの神髄を見ていないことですよ」
「まだ何かあんの? 勘弁してよぉ!」
「あら、お気に召しませんでしたか?」
自分でも無意識のうちに口角が上がる。
これが黒い背景だったらキモいオタクの顔面がチラついて集中できていなかったと思うのでありがたい。
「んなわけあるか。あの公然わいせつトークを超えるインパクトがあれば腹がトリプルアクセルしちゃうかも、程度の問題しかねぇ」
「ええ。では、私の口から説明するのはコンプラに抵触しちゃうので、ワザップを参照してくださいね」
要するにコメント欄を見ろ、ということだ。マジで信用ならないが。
[都合が悪くなったら良い感じのセーブデータをロードするのはギャルゲーの基本だぞ? エアプか?]
[ゲームを一旦やめたい時はメニューからゲーム中断を選ぶと休憩できるやで]
概ねこの二種類の内容が書かれていた。
言われてみれば完全に盲点で、ギャルゲーエアプが炸裂している。
チョコの押し売りの選択肢をガン無視して、メニューを呼び出し、ロードを選択。
中盤までは割とこまめにセーブしていたから思っていたより多くのデータが候補に挙がった。
問題は、どれを呼び出すか。
序盤の方からやり直しても途中までは大体同じ流れを繰り返しそうだ。
今回の反省点は、ヒロインにあまり積極的に絡めていなかったことに尽きる。
ギャルゲーは女子がチヤホヤしてくれるもの、という先入観に引っ張られていた。
ヒロインたちともっと多く会話できていれば、そこから娘たちが何かを思い出せていたかもしれないし、単純にヒロインからの好感度も上がっていたかもしれない。
特に、秋以降に目新しい内容の会話があまりなかったことが一番の反省点だろう。
なら、ロードすべきは、夏に大岡部先輩の別荘で宿泊したイベントが終わった直後ぐらいのやつがいい。少し余裕をもって秋に備えられる。
「こいつで勝負だ!」
目的のデータをクリックすると、周囲が眩しい光に包まれた。
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