第14話 ギャルゲー、エンディング前

 また■■■だ。

 脳内の警鐘が鳴りやまない。

 吉川よしかわのメガネがずり落ち、驚愕をこれでもかと表現していた。

 やっぱり人前で言っちゃいけない言葉じゃないの?

 でも俺がそのヤバい何かのジャンキーだという噂を桃山ももやまに伝えたのは吉川なわけで。だとするとこの反応はどこかちぐはぐに思える。


『■■■でパイセンがあたしに勝てたらチョコを本命のやつとしてあげるって話ですよ』

「パパ! どうせゲーム内の話なんだから、恥とか外聞とか気にするだけ無駄だって。分からせちゃいなよ、生意気なメスガキ後輩ロリ巨乳なんて!」


 結二ゆにはかつてなくノリノリだった。

 他の二人が脱落して、最後に残ったチャンスに全力を尽くそうというのは悪くないが、仮にも母親候補に向かってなんつー悪口言ってんの?

 反抗期の男子が母親をババア呼びするのとどっちがダメージデカいのだろうか。


『あれれ? もしかしてぇ、同じクラスの女の子の前で情けない姿を晒したくないってことですかぁ?』


 情けない姿というか、シンプルに公然に陳列すると犯罪になっちゃう姿だと思いますが。


『え? 準備ができていない? 安心してください。そう言うと思ってバッチリ■■■の準備、してますよ?』


 鞄から何かを半分ほど取り出した立ち絵に切り替わる。

 しかし、それが何なのか分からない。

 何故ならモザイクが掛かっているから!

 椅子ごと後ろに下がりながら画面を弱々しく指差す。


「もうダメだぁ。何でそんなにやる気なの? お父さん後輩女子に食われちゃう」

「ママに食べられなよ! パパの仕事でしょ?」


 それ仕事なの?

 もう仕方ない。据え膳食わぬは何とやら、ってなわけで覚悟を決めるしかないようだ。

 ゆっくりディスプレイに近付いていくと、画面が少し暗くなり、新たなテキストが表示された。


『おっと、そうはさせません! 朝起きると何故かガチガチに身体拘束されたままどこかも分からない場所のコインロッカーにぶち込まれていたので登校が遅れてしまいましたが……お待たせしました。親愛なるあなたの幼馴染、陽津辺はるつべ有葉あるはです!』


 吉川と桃山、ついでに、さっき帰ったと思われていた大岡部おおおかべが驚きの表情を見せた。


「ねぇ、これギャルゲーだよね? 『十八禁要素ないって言ってたけどそれはエロ方面の話だけでグロ方面はありまぁす』、とか言わないよね?」

「治安悪すぎでしょ!」


 叫ぶ俺と結二に対して、すみれ釈茶しゃくてぃはどこか冷静だった。


「いえ、これは恐らく……」

「ええ。まさか本当に向こうも干渉してくるとはね」


 驚いた表情の吉川と桃山の立ち絵がまず表示され、次に大岡部単体の立ち絵が表示される。

 大岡部が首を何度か横に振ると、再び二人の立ち絵が表示され、二人の表情が険しくなった。

 吉川が声を絞り出す。


『一体、どこから……!』


 恐らく、さっきのやり取りでは、廊下にいた大岡部に情報提供を求めていたのだろう。


「でもゲームの世界だから突然キャラが来てもおかしくないとは思うんですけどね」


 焦っているのはヒロイン三人衆だけではない。結二もだ。


「桃山ちゃんの謎の伏字三文字の後に陽津辺さんが来たらいつもろくなことにならないじゃん! これ絶対ヤバいじゃん!」


 今までの実績から考えると、その考えを否定できない。てか、伏字の件がそもそもろくでもないんですがそれは……。


『私は優しいので誰があんなことをしたのか見当もつかないな~、などと薄らとぼけてさしあげるのですが、それに免じてこの場はお引き取り願えませんか?』

「それ完全に吉川たち三人がやりましたってアピってるよね?」


 ヒロインたちはもはや敵意を隠す気もないらしい。


『黒田くんと接しておくと面白いことが起きるんじゃないかと思ってはいたけど、まさか笑えないレベルの出来事に巻き込まれるとは思っていなかったわ』

『大岡部先輩、私が始めたことです。先輩をこれ以上巻き込むわけには……』

『吉川さん。気持ちだけ受け取っておくわ。どのみち、逃げ場なんてなさそうだから』


 大岡部の指摘通り、背景の図書室に謎の亀裂が走っていた。

 光を放つ亀裂は徐々に大きくなり、空間を白く染め上げていく。


『ちょっとちょっと! こっちはただ単にパイセンと■■■したいって言ってるだけですよ! 何で毎回こんな全力で止めに来るんすか!』


 白一色に染まった平面とも立体とも分からない空間を背景に、テキストだけが表示された。


『なぜ? 決まっているでしょう。

禄の■■■は私に活力を与えるのです。私の誇るべき財産の一部です。

そして禄も私のもとで■■■をすることに生きがいを感じています。

幸福だと思っています。私のあずかり知らぬ場所で禄が■■■するのは悲しいことです。価値を減ずることです。

時間を浪費する愚行です』


 淡々と語る声音は一周回って神のようだった。

 相変わらず伏字の内容が分からないので良いことを言っているのか、ひたすらに滑稽なことを言っているのかも判断できない。

 苦悶に満ちた声が聞こえる。

 これまで基本的に小さめのボイスで喋っていた吉川が全霊を懸けて叫んでいたのだ。


『どうしてこの期に及んでもだんまりなの? 何故なにも言い返さないの? ■■■が大好きだって誇らしげに言っていたあなたは今どこにいるの! ……くっ、もう限界……!』


 え、マジで俺が吉川に何か言ってたの?

 でもほとんど喋った記憶ないし、このゲーム内の俺が過去に何か言ってたのか? 

 だとしたら伏字の正体がマジで分からんぞ。

 あまりに予想外の展開を前にして、乾いた笑いがこみ上げてきた。


「はは……最近のギャルゲーってやっぱ噂通りアレだな。どんだけ拗らせてんだよ、みたいな。お前らもそう思うだろ?」


 静かな空間で、返ってきたのは静寂だけ。


「おいおい、寝るシーンじゃねぇだろ。それとも、あまりにショックを受け過ぎて失神したとか? ははは……は?」


 ゲーミングチェアごと後ろを向くと、顔面に貼り付けた薄ら笑いが凍り付いた。

 映画館のシアターみたいに暗い部屋にはソファが置かれているだけ。

 数分前にはそこにあったはずのスナック菓子の袋や飲みかけのペットボトルも、最初から誰もいなかったように忽然と姿を消していた。

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