第16話 Re:途中から始まるギャルゲー攻略

 瞼を閉じても容赦なく光が突き刺さってくるため、腕も使ってガードする。

 しばらくすると、


「パパ! 突然どうしたの? 何か思い出したくない記憶でも蘇った?」

「いや、あれは完全に妄想の中でテロリストと戦っていた時のポーズね。そういう年頃なのよ」

「はぁ。すみれには理解しかねますが、そういうものとして受け止めておきましょう」


 たった数十分聞いていなかっただけなのに、やけに懐かしく感じる声が三つ。

 防御姿勢を解除すると、娘たちの呆れた様子が視界に入った。

 知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。


「何で笑ったの? キモッ!」


 結二ゆにの塩対応も何もかも皆懐かしい。


「ふ。お前らは変わってないなと思って、な?」

「父さん、なぜいきなりナチュラル上から目線になったの?」

「医者を呼んだ方がいいのかもしれませんね」


 スルーしながらディスプレイの方を向く。

 ロードしたデータ通り、カレンダーは八月末を示している。


「疲れたから、少し休憩にするか」


 特に反論はなかった。

 むしろ、待っていましたと言わんばかりに身体を伸ばし始める。


「最後の桃山ももやまさんのやつヤバかったからね。ちょうどいいわ」

「あれは何が伏せられているのでしょうか」

「菫、小学生のあなたにはまだ早いわ。気にせず休みなさい」


 ああ、思い出した。あのイベントで初めて■■■とかいう謎の概念が登場したはずだ。

 そりゃ休みたくもなる。

 今までは画面をそのまま放置して休憩していたのだが、メニューからわざわざ「ゲーム中断」という項目を選ぶと何か変化があるのだろうか?

 期待させておいて特に何もないというワザップの可能性もあるが、その程度なら試しても損はないだろう。

 メニューを呼び出して、ゲーム中断をクリック。


 やっぱりワザップじゃねーか、と声を上げそうになった瞬間に、ふわりと身体が宙に浮く感覚がして、意識が闇に吸い寄せられた。

 意識が完全に途切れる前に、娘たちの驚愕と心配に満ちた声が耳朶を打った。


「パパ! どうしたの、パパ!」

「やはり医者を……!」

「ダメよ。これは……ウチらもよく知っているアレだわ!」



§ § §



 長い、クソ長い夢を見ていた気がする。

 冷房のタイマーが切れて蒸し暑くなった部屋のベッドで身体を起こす。

 自分の部屋だというのに、やけに久しぶりな感じがした。

 スマホで時間を確認すると、朝の十時ごろだった。夏休みなのでこの時間に起きても大丈夫。

 つーか、学校がある場合でも俺が出席日数と戦いながら厳選した日以外は昼に起きても問題ないのだが。

 ご飯は朝昼兼用にすることにして、ベッドで転がりながらツイッターを確認する。

学校用のものではなく、ゲーム実況者シスとしてのアカウントで。

 トレンドを流し見して、起床報告の適当な呟きをすると、数分後にリプライがついた。


[シス、生きとったんかワレェ!]


 以下、似たようなリプが幾つかつく。


「は? 死んでねーし。最近こういうスタイルの挨拶が流行っているのか?」


 首を捻りながらふと自分の過去のツイートを遡ると、今日の呟きの一個前は七月前半のものだった。

 今はお盆過ぎだから、一ヶ月以上間隔が空いてしまったことになる。

 ツイッターをしていないということは当然配信活動も止まっていたわけで、配信も動画投稿もなされていない。


「嘘だろ? この一ヶ月の間に、何が……?」


 何もしていないはずはないのだが、記憶が曖昧だ。

 どうにか絞り出そうとしていた時に、別の通知が鳴った。

 モモモモという名前の人物からのメッセージ。


[パイセンたち、昨日は楽しかった! 誘ってくれてありがと!]


 誰だよ、モモモモって。

 しかし、誠に遺憾ながら完全に他人という気にもならない。

 俺がぶち込まれている謎のグループのやり取りを少し遡ると、例の楽しかったイベントとやらの写真が大量に共有されていた。


 俺と、水着の女子が三人映っている。

 他にも色んな人たちが映っている写真も幾つかあったが、写真の分量や構図的に、この女子三人がグループの主要構成メンバーなのだろう。

 このグループ、俺含めて四人だし。

 更に幾つかのやり取りを遡り、写真を何度も眺めていると、不意に記憶が蘇った。


「うわああああああああああああ死にてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 セレブがつけていそうなサングラスを頭に乗せ、フルーツが刺さった飲み物のグラスを片手に、パラソルの下で優雅にビーチチェアに寝そべっているモデルみたいな女が高校三年生の大岡部おおおかべ奈緒なお


 水着の上から服を羽織って、普段の地味な外見からは想像できないグラマラスな肢体を少しだけ覗かせている黒髪三つ編みメガネ女子がクラスメイトの吉川よしかわ美鈴みれい


 フリルのついたピンクのビキニを着てバーベキューにがっついているロリ巨乳が一個下の後輩、桃山ももやま百子ももこ


 そして俺は、七月前半の期末テストに遅れかけて焦って学校に向かっていたら車に轢かれ、謎の空間で出会った自称娘たちを生き返らせるために神が作った謎のギャルゲーをやらされていたゲーム実況者志望の高校二年生、黒田くろだろく


「誰か殺せよおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっ!! 俺を殺してくれええええぇぇっ!」


 しかし家には誰もいないので全く意味がなかった。

 心配して駆けつけてくるご近所さんとかもいない。

 あれ? ご近所さんといえば、あのゲームには確か赤、白、黒をパーソナルカラーにしたポニーテールの自称幼馴染、陽津辺有葉とかいうヤバい女子がいたはずなのだが、このグループにはいないし、幼馴染が家に起こしに来る的なイベントが発生する雰囲気も感じられない。

 やはりあいつは元からいない存在だったのだ。

 確かにゲームを中断した時と同じぐらいの日になっていると思うのだが、これは本当にゲーム内の世界なのか?

 俺が死ぬ前の世界と何が違うのかと言われれば、俺があの女子三人と関わっていることと、謎のゲーム攻略及び自称娘三人に関する記憶を植え付けられていることぐらいだ。


「ん? おかしいな。割と大体覚えているはずなのに娘の名前だけが全く思い出せない」


 一人目はアレだ。家でも制服着てそうなタイプの金髪陽キャギャル。俺の一個下で高校一年生だったはず。

 で、二人目は小学六年生の割に言葉遣いが大人びた和服の姫カット女子。紫系統の色を中心に整えていた気がする。

 三人目はパパ活をするためにネットで検索したら出てくるタイプの外見をバチバチにキメた大学三年生。確か想像を絶するキラキラネームだったことまでは覚えているが、じゃあどんなキラキラネームだったのかまでは覚えていない。

 そして、俺はその三人の父親であり、高校生活中に出会うとされる三人の娘の母親を見つけだして攻略するとかいう謎のゲームを実況させられていた。

 ……そこらへんの陰謀論がかわいく見えるほど狂った記憶だ。

 逆に言うと、そのヤバい記憶が植え付けられていること以外は現実そのもの。

 娘は生き返っていないが、俺は生き返った。


 何だ? 今度はこっちでヒロイン攻略を頑張れってか?


 途端に不安に苛まれた。現実ってことは、ギャルゲーのように都合よくはいかないってことだ。今まではゲーム内の俺くんがうまく処理した結果、ヒロインたちと出会い、連絡先をゲットして、夏休みに一緒に出掛けるなんてことまで成し遂げている。

 完全に別人じゃないか。そいつの真似をしろと言われたって俺には無理だ。

 夏休みの間はどうにか誤魔化せるにしても、そこから先は厳しい。

 ……とりあえず、飯食ってゲームだな。


 久々にゲームを起動すると、前回のログインからバッチリ一ヶ月以上空いていた。

 どうしてゲーム内の俺くんはソシャゲのログインをしていないんだ? 無能か?

 知らない間に人権キャラっぽいガチャが来てるってのに、ちゃんとガチャ回せ?

 三十分後、いつものようにガチャに爆死してあることに気付いた。

 よく見ると財布の中の金が少し増えているではないか。

 これはアレだ。バイトしていたやつじゃないか。人生で一度もバイトをしたことなんてないのだが、あっちの俺は真面目に労働していたようである。

 自分用の通帳を確認するとわざわざ少し貯金してくれていたらしい。

 うーむ、これだけあればガチャ動画が撮れる。今まで金がなくて撮れていなかったが、投稿間隔が空いたことの言い訳の一つにも使えそうだ。

 いや、使えないと困る。

 一回死んで現実世界の自分を主人公にしたギャルゲーを娘の指示に従いながら攻略していたなんて言っても誰も信じてくれないからな。

 しかも一回攻略に失敗しているし、ゲームの最終目的がヒロインとの間に子どもをつくることなのだから手に負えない。

 ソシャゲのログインも配信もしない無能と罵ってしまったが、金を稼いでくれたことだけは有能と言っておこう。

 さて、コンビニで魔法のカードを買って……。


 結論から言うと、大爆死した。

 お天道様は俺のことを見ていないかもしれなくてもソシャゲ会社は俺のアカウントを監視している。そう言いたくなるほど見事な爆死だった。

 まあ、ネタになるガチャ動画というのは神引きか大爆死の二択だから片方に引っかかったのはありがたい。

 編集して動画をあげ、同業者の話題の動画や配信を見る。

 パソコンでやっているゲームを起動し、


「うわ、俺がやってない間にアプデで環境変わってんじゃん。練習しねぇと」


 そんな調子で夏休みが終わってしまった。


 心の片隅では、適当に過ごしているうちに、あの将来の俺の部屋を模したらしいゲーム部屋と映画館のシアターが無理矢理縫い合わされた感じの部屋で目が覚めるのではないか、と楽観的な予想を立てていたのだが、見事にそんなことは起こらなかった。

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