取引31 伝導アシスト


 電動アシスト自転車に二人乗りし、路側帯を突っ走る。花束はかごに、アタッシュケースは米太が抱えたままだった。


「いいか、米ちゃん、オレは警備が集中した正面から、なるべく派手に突入するから、その混乱に乗じて裏から侵入するんだ」

「お前、どこで警備の情報を?」

「こんなこともあろうかと、こないだ捕まったとき、観察してたんだ」

「すげぇなお前」

「これでもジャーナリスト以下略だ。わかった? 侵入した後の詳しいことは……」

「こっちでなんとか、だろ? 了解だ」

「……ようやく冷静になってきたようだね、米ちゃん。安心した!」

「なんか、楽しいね! 中高時代を思い出す!」

「かもな!」

「じゃ、この辺で、お別れだ」


 自転車を下り、花束を受け取った米太は手を上げ、


「根尾! 気を付けてな!」


「おう。じゃあ、いくぜ!」


 米太と別れた根尾が、全力でペダルを漕ぎ、


「うおおおおお! 公国万歳ィいいいいいい―――――!!!!」




◇◇◇◇◇◇




 ミアの邸宅内。

 ある一室には、所狭しとモニターが置かれ、様々なアングルの監視カメラの映像が映し出されていた。白髪の老執事、ジョエルは、その中で正門を映し出した一角を指さし、


「何やら騒がしいようです。……私は少し正門の様子を見てきます。メリッサ、ここは頼みましたよ?」

「……承知しました」


 ジョエルに続き、監視にあたっていた黒服の男が数人部屋を出ていく。メリッサが無言でその様子を見送ってから、


「……」


 裏門の近くに横付けした、業者のトラックを見つめていた。




◇◇◇◇◇◇




 米太が周囲を見回す。先ほどまで人の気配はあったが、どうやら離れたらしい。この瞬間を好機と捉えた米太は、トラックの荷台からそっと降りる。入場の手続きの際、ドライバーが離れた瞬間に荷台に侵入したのだ。機械系の通路に続くと思われる扉を見つけ、侵入に成功した。奥まで進み、扉を開けようとすると、


「……正門に不審者発見。各班はB形態にスライドせよ」


 黒服を着た警備の男たちが、慌ただしく走り去る雰囲気を感じ取り、様子をみる。人気がなくなったと思ったところで、意を決して扉を開き、


「――花野井くん、ですか?」

「……!」


 後ろから声を掛けられ、思わず動きを止める。ゆっくりと振り返ると、仕事用のベストを着たメリッサが立っている。


「……ここで何を? お金はすでにお義父とうさまから受け取ったと……」


 バレてしまったことに、少なからず動揺を隠し切れないが、米太はメリッサの方に向き直り、


「……ああ。でも、返しに来た!」

「それは、……どういうことですか、何かまた企みでも……!」

「違う! 俺はただ、ミアに伝えたいことがあって来ただけだ!」

「……今さら、貴方が?」

「そうだ。……でも」


「お前! そこで何をしている!」


 警備の男が米太に気づき、掴みかかってくる。米太は逃れようとするが、警備がもう一人やってきて、退路を断たれた。


(このままでは、もう2度と、ミアには……!)


 最悪の想像がよぎった次の瞬間、米太はメリッサに向けて、投げるようにアタッシュケースを転がす。


「これを受け取ってくれ、あと、言づてを願う!! 絶対に伝えると約束してくれ、メリッサ!」


 警備の黒服の一人が、米太に襲い掛かり、羽交い絞めにして外へと引きずり出そうとする。米太はそれに抵抗して、


「――ミア! キミは俺が、初めて好きになった、初恋の人だ!」


「俺は、本当は、キミのことが、大好きだ! 誰よりも! 好きだ!! ……ぐッ!?」

「……黙れこの不審者が!」

 

 黒服が口を強引に塞がれ、上手く発声ができなくなる。それでも米太は足掻くようにして隙間を作り出し、


「メリ……サ! ……必ず、ミアに、……伝え………!!」


「…………無理です」


 静かな声が聞こえた後、


「……あなたは勝手です、花野井くん。昨日の出来事が、どれだけミア様を傷つけたのか、まるでわかっていません。……だから」


 次の瞬間、メリッサの姿が消えた。否、瞬く間にメリッサが間合いを詰め、米太を羽交い絞める黒服二人に向かう。


「え?」


 滑らかな動きで、警備員の一人の懐に飛び込み、襟を取って巴投げをする。かと思うとすぐさま体制を直し、事態を理解できていないもう一人の黒服を放物線を描きながら、大胆に投げ飛ばした。壁に叩きつけられる形となった黒服は、衝撃のあまり、力なく倒れる。


「……め、メリッサ?」


 呆気にとられる米太。メリッサは手をパンパンと払い、


「……それだけで済むと思ったら大間違いです。本気で許してほしいと思うのなら……」


 ほのかに赤く染めた顔を米太の方へと向けた。


「……そういう恥ずかしいことは、全部自分で言ってください。……バカでしょうか」






 メリッサに続いて、広い館内を走る。一切の迷いのなく、入り組んだ進路を取るメリッサが、前方から米太に話しかける。


「実はフローラ様と、一度連絡したんです。どうしても、花野井くんと話がしたいと。でも、出なかった。それでもう、半ば諦めていたんです。……でも」


「今、あなたはお金を手に戻ってきた。それが本当の、花野井くんが出した答えで、そしてそれこそが、公女様じゃなく、ミア様という一人の女の子が知るべき真実のはずです。少なくとも、貴方はお義父とうさまの言うような人なんかじゃない」

「……ありがとう。でも、ひとつ聞いていいか?」

「……なんでしょう?」

「どうして、俺なんか、信じてくれたんだ? あんなにひどいことをしたのに」

「……それは、……後でお話します。それより今は……、……!」


 横から黒服が現れ、二人を取り囲む。間髪入れずにメリッサは半身で一人を投げ飛ばし、


「私が時間を稼ぎます。早くそこの応接室へ。……そのあとは、覚えていますね?」

「ああ、……すまない!」


 応接室に入った瞬間、他の入り口から入ってきた黒服が目に飛び込んでくる。人数は二人。


「待て!」


 ほぼ同時に走り出し、奥の扉を目指す。なんとか扉を開けるが、


「止まれぇえ!」


 追いつかれて、力ずくで引き戻されてしまう。床に尻もちをつくと、黒服がじりじりと迫ってきて、

 その時、チン、とエレベーターの扉が開き、


「……米太様。きっと来てくださると思っておりましたわ……」

「ローラ……!」

「フローラ様! ここで何を!? お下がりください!……コイツは……!」

「……乱暴は、おやめになって。……離してあげてくださいませんか?」


 フローラのゆっくりとした口調を遮るように、黒服が声を張る。


「お言葉ながら! 今回ばかりはジョエル様よりきつく言われております! いくらフローラ様といえど従えません!」

「そうですか。残念ですわ……なら……」


 フローラが、ゆっくりと両手で車いすを漕ぎ、米太達の目の前を通り過ぎる。その場の誰もが行動の意図がわからず思わず見守ると、


「!」


 その先は、地下へと続く下り階段。その急こう配は、とてもじゃないが車いすでは降りられそうもない。……が。


「フローラ様!?」

「……一度やってみたいと思っていましたの……。車いすで階段を下りたらどうなるか……。もし米太様を離してくださらないのなら、よい機会なのでこのまま落ちることにします。はぁ、ドキドキしますわ……」

「何をおっしゃってるのですか! バカなことはおやめください!」


 大声を出す黒服に、フローラは可愛く眉を吊り上げて、


「……貴方こそ、何をおっしゃっているのですか……? わたくしのお願いは聞いてくださらないのに、一方的に要求は通せと……? そんな横暴な方に、バカと呼ばれるのは心外ですわ……。では、皆さん、ごきげんよう、せーの、ふらいあうぇー……」

「フローラ様ッ!!」


 黒服の二人が、一斉に駆け出す。車いすの車輪がバランスを失う直前、間一髪のところで、本人も車いすも抱き抑えられ、


「……まぁ、助かりましたわ、ありがとうございます」

「よかった、……あ」


 黒服の2人が振り返ると、ちょうど扉の奥でエレベーターに米太が乗り込むところだった。自らの失態に顔を青くする警備×2の横で、フローラが淑やかに微笑む。


「……ごきげんようー、米太様。お姉さまによろしく……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る