第46話『ラグナレク大森林へ』



 俺たちが王都に戻り、身を休めてから数日後。


 準備万端整ったということで、ラグナレク大陸の西に広がる大森林を目指すことになった。


「大陸の西側も、途中までなら街道も整備されてる。なんなら馬車を出してやろうか?」と言ってくれたゼロさんの提案を丁重に断り、俺たちはのんびりと街道を歩いていた。さすがに、あの馬車酔いはしばらく遠慮したい。


「やっぱりこの大陸、のどかよねー」


 ゼロさんと並んで先頭を行くソラナが、青い空を見上げながらそんな感想を口にする。空には無数の浮島が浮かぶだけで、他に雲一つない。太陽の日差しに温められた風も心地よく、これ以上ない旅日和だ。


「オルフェウスに比べりゃ、楽園のような環境だろうな」


「そーねー。オルフェウスは少しでも風が吹いたらすぐ砂嵐が起こるし。何より暑いのよー」


 ソラナが長い髪を風に流しながら言う。ラグナレク大陸も夏はそれなりに暑いけど、オルフェウス大陸はその比じゃないらしい。体験してみたいような、したくないような。




 ……その日は太陽が沈む直前まで歩き続け、適当な場所で野営をすることになった。


 近くに川も流れていないということで、今日の夕飯は非常食が中心。乾パンをかじりつつ、お湯で戻した干し肉を野草と一緒に煮たスープを飲む。味はそれなりだけど、疲れた体にはありがたかった。


「……それが、月のペンダント?」


 そんな食事も済み、たき火を囲んでまったりしていると、ソラナがルナの胸元を覗き込むように言う。


「そうなの。綺麗だよね」


「綺麗なだけで、何の変哲もないペンダントに見えるけど」


 ルナが持ち上げたペンダントをしげしげと眺めながら言う。旅の道中、ソラナにも月の巫女の話はしたんだけど「子供の頃に聞いたおとぎ話じゃないの?」と、半信半疑だった。


「そういえば、ずっと聞きたかったんだけど」


「なに?」


 ペンダントを服の中にしまって、今度はルナがソラナに向き直る。


「ソラナちゃんは、どうしてラグナレク大陸に来たの? その、密航……してきたんでしょ」


「そうよー。商人の荷物に紛れてね。あいつら、商談がまとまったら浮かれるのか、隙だらけになるから」


「耳の痛い話だな」


 俺の隣で話を聞いていたゼロさんが苦笑しながら言う。即座に「あんたは王様でしょ」とソラナが突っ込んでいた。


「それで、あたしが密航までして、この国に来た理由はね……」


 ……そこまで口にして、言い淀む。言っていいものか、悩んでいる様子だった。


「あたし、病気の妹がいるのよ。その子の薬を手に入れたくて、この大陸に来たの」


「え、ソラナちゃん、妹さんがいるの?」


「そ。オルフェウスの砂漠の中にオルフル族だけの集落があって、そこにいるわ。すぐに命がどうこうって病気じゃないけど、ずっと寝たきりだから、かわいそうでね」


「……待て。オルフル族の村があるなんて初耳だぞ」


 再びゼロさんが口を挟む。本当に聞いたことがないんだろう。驚いた顔をしていた。


「上手に隠してるからねー。言っとくけど、場所は教えないわよ?」


「いや、俺は別に興味ねぇよ。それより、薬ならソーンが詳しいな」


「ソーン?」


 ゼロさんが続けると、ソラナが首を傾げる。そういえば、ソーンさんのことは話していなかったかもしれない。


「ソーンって奴はな。いわば、変わり者だ」


 ここぞとばかりに、ゼロさんがソーンさんの人柄を説明する。「あんたより変わってるの? むしろ会ってみたいわねー」と、ソラナもおちゃらけた様子だ。


 あの人は錬金術師だし、村では医者としても働いていた。ソラナの妹がなんの病気かわからないけど、ソーンさんならうまく治療してくれるかもしれない。


「セレーネ村が襲われて以後、あいつは行方不明だが、あわよくばエルフの村に里帰りしてたりするかもな」


 ゼロさんの言葉に対し、「そこまで事が上手く運んでくれたらいいわねー」と口にしながら立ち上がる。


「あれ、もう寝るのか?」


「寝ないわよ。ちょっと練習」


 ソラナはそう言うと、服の中からナイフを取り出した。外見はは古ぼけているけど、たき火に照らし出された刃は綺麗で、きちんと手入れされているらしかった。


「ソラナちゃん、ナイフとか持ってたの?」


「元々護身用に持ってたのよ。大体ピンチになる前に逃げきれるから、使ったことはないけどね」


 右手でくるくると器用にナイフを回してみせながら、ソラナは得意顔だ。使い慣れてるんだろうな。


「ソラナの怪力なら、例えナイフでも屈強な兵士が振るう大剣と同じ威力が出るだろうよ」


「……そこまでは強くないと思うけど。受けてみる? 国王陛下」


「よし。相手になってやるぜ」


 売り言葉に買い言葉じゃないけど、ゼロさんが腕を回しながら立ち上がる。お互いに冗談だって丸わかりだけど、そうと気づかないルナは必死に止めに入っていた。


 ……そんなやりとりを微笑ましく眺めていくうちに、夜は更けていった。


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