第45話『続・三人の生活』



 お風呂騒動の後、少しの休憩を挟んでから、俺たちは溜まっていた家の用事を済ませることにした。


 先日、庭の草を刈ったことで判明した壁のひび割れや、雨漏りしている屋根の修理、三階の物置の整理など、やることは多かった。


 まずは三人で物置の整理をし、それが終わる頃にはお昼を過ぎていた。


 簡単に昼食を食べて、午後からは手分けしての作業。俺は壁の修繕を担当していた。


「ソラナちゃん、大丈夫ー?」


「まかせといてー!」


 近所から借りてきた道具で俺が壁を直していると、ソラナが命綱をつけて、二階の窓からするすると屋根に上がっていった。相変わらず、すごい身体能力だ。


「……お。あの二人はさっそく仲良くやってるみたいだな」


 俺が感心しながらその様子を見ていると、ゼロさんがやってきた。どうやら、様子を見に来てくれたらしい。


「ウォルスも頑張ってるな。これ、差し入れだ」


 どすっ、と俺の前に肉の塊が置かれた。この肉、どうしたんだろう……なんて思っていたら「ここに来る途中、冒険者をやってる友人と会ってな。分けてもらったんだが……さすがにこれ持って城には戻れねーだろ」と、苦笑しながら説明してくれた。


「あ、ゼロさんいらっしゃい」


 俺がお礼を言っていると、その存在に気づいたルナが二階の窓から手を振る。


「ゼロさんからすごいのもらったぞ」と言いつつ、肉を持ち上げて見せると、「夜はごちそうだね」と、弾んだ声が飛んできた。新鮮な肉なんて久しぶりだし、これは楽しみだな。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 その後はゼロさんも作業を手伝ってくれ、日が暮れる前に大方の作業を終えることができた。


「それじゃーな」と帰宅しようとしたゼロさんをルナが呼び止め、作業を手伝ってくれたお礼に夕飯を食べて行ってもらうことになった。


 もちろん、メインに使う食材はゼロさんが持ってきてくれた肉。どんな料理にするか四人で激論を交わした後、多数決によってシンプルにステーキにすることになった。


「はぁー、お肉なんて何年振りかしら。おいしー」


 ソラナがとろけそうな表情で言う。朝のベーコン食べた時も久しぶりだと感嘆していたし、普段、どんな食生活してるんだろう。


「黒スパイスと白スパイスの配合を半分ずつにして、程よく良く効かせてあるぜ。うまいだろ」


「あたしとしては、黒スパイスだけの味付けも好きだけどねー」


 本当に幸せそうにステーキを頬張る。ゼロさんは「そういや、オルフェウスの出身だったな」と、続けながら、ソラナの食べっぷりを嬉しそうに見ていた。


「……しかし、家の中くらい帽子とってもいいんじゃねぇか? ここにいる連中、誰も気にしてねぇと思うぞ?」


 続いて、ゼロさんがそんなことを口にする。言われてみれば、ソラナは入浴していた時以外、ずっと帽子を被っている気がする。


「あー……そーなんだけどねー。なんか、被ってないと落ち着かなくて」


 そう言いつつ、ソラナは被っていた帽子を脱ぐ。印象的な紅い髪が広がり、オルフル族の特徴である獣のような耳が露出する。


「髪洗ったって言ってたな。綺麗になったじゃねーか」


 ゼロさんにそう言われ、ソラナが少し顔を赤くする。直後「か、髪のことよね」と、自分で小さく言っていた。


「てゆーか、ルナやウォルスはともかく、なんであんたはオルフル族に偏見持ってないわけ? 王様なら、当然オルフル族のことも色々と知ってるはずよね?」


ゼロさんは「まぁ、当然知ってはいるが……」と、前置きしたうえで「俺がオルフル族に偏見を持たねー理由は、先の戦争でリシュメリア側についたのは、オルフル族だけじゃねぇからだ」と、答えていた。


「……そんなの、初耳よ」


「機密情報みてーなもんだからな。人間でも、エルフ族でも、いろいろな理由があってリシュメリア側についた奴がいた。それが戦争だ。いちいち気にしてられねぇよ」


 ゼロさんはそこまで話すと、ばくっとステーキにかぶりついた。全て悟っているような表情で、この場の誰もが、それ以上言及できなくなった。


「それにしても、この時期によくお肉が手に入ったよね。猪肉かな」


「いや、これはオークの肉だって言ってたぜ」


「「……」」


 そしてルナが半ば無理矢理話題を変えたけど、返答を聞いた途端に俺を含めて食事の手が止まった。何の肉だって?


「へー、この大陸にもオークがいるのね」


「森の中で時々見かける程度だがな。オルフェウスみたいに、そこらじゅうを闊歩しちゃいねぇよ」


 動揺した俺たちとは裏腹に、ソラナとゼロさんは気にする様子もなく食事を続ける。オークって、確か一つ目の巨人だっけ。セレーネ村の近くにはいなかったけど、食べられるんだ。


「……ん? お前らどうした?」


 固まっている俺たちに気づいたのか、二人が揃って顔を向ける。ソラナは声には出さないけど「食べないの?」とでも言いたげだった。


「な、なんでもないよ。おいしいし、しっかり食べないとねっ」


 ルナはそう言って俺に目配せし、料理を口に運ぶ。


 そういえばゼロさん、この肉を狩人からじゃなく、冒険者からもらったって言ってたなー……なんて思い出しつつ、俺も改めてオークのステーキを口に運ぶ。じっくり味わうと、猪肉より柔らかくて食べやすい。これは新しい発見かも。


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