第44話『三人の生活』



 ……あの後、定時の馬車に乗り込み、その日のうちに王都へと帰ってきた。


 運賃は四人で銀貨一枚と、決して安くはない。だけど、徒歩で移動したら数日かかっていたことを考えると、本当に楽だった。


 楽だった、けど……。


「……うっぷ」


「うぅ……きもちわるい……」


 慣れない馬車に揺られたせいか、俺とソラナは気分が悪くなっていた。ゼロさん曰く、これは『馬車酔い』というものらしい。


「二人とも、大丈夫?」


 馬車の停留所から屋敷へ向かう道すがら、ルナは俺とソラナの間に立って、交互に背中をさすってくれた。ありがたいけど、どうしてルナは馬車酔いしてないんだ? ゼロさんは公務で馬車に乗り慣れてるって言ってたから、わかるんだけどさ。





「それじゃあな。数日はゆっくり休んで、疲れを取れよ」


 屋敷の入口まで送ってくれた後、ゼロさんは去っていった。俺たちと同じだけ動いてるはずなのに、まったく疲れている様子もない。すごい体力だ。


「も、もう無理……限界……」


「ソラナちゃん頑張って。せめてパジャマに着替えないと」


 馬車酔いでへろへろになったソラナが、ルナに連れられて二階に上がっていくのを見届けて、俺も自分の部屋に向かった。ゼロさんによると、この気持ち悪さは馬車から降りればすぐに治まるらしいけど。本当かな。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……そして翌日から、ソラナを含めた三人での生活が始まった。


「……ソラナさ、シャツ一枚でうろつくなよ」


「あー、ごめん。すぐに着替えるから」


 朝一番に顔を洗おうと部屋を出たところで、薄いシャツ一枚で眠たそうに廊下を歩くソラナと出くわした。


 同行していたルナによると、元の服がかなりボロボロだったということで、パジャマ代わりに用意したらしい。


「それ、俺のシャツ」と少し動揺しながら指摘すると、「ソラナちゃん、私が用意した服着てくれなくて」と、もの悲しそうに言った。


「そう言われても、あんなフリフリな服、恥ずかしくて着れないわよ……」


 直後、シャツの端を引っ張りながら小さく声を漏らす。言われてみれば、ソラナはズボンとか、破れにくいシャツとか、見栄えより機能性を重視した服を着ていたし、女物の服には抵抗感があるのかも。


 ……いやいや。だからって、なんで俺の服なんだ。せめて前はきちんと止めてくれ。いくら家の中だって不用心すぎるぞ。


 ……ルナに言われた手前了承したけど、やっぱり幼馴染とは別の女の子が家にいると、変に意識してしまう。大丈夫かな。俺。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



「それじゃ、いただきまーす」


 身支度を整えて、ルナが用意してくれた朝食を三人で囲む。食卓には、ベーコンと目玉焼き、それにサラダとパンが並んでいた。


「ソラナちゃん、どう?」


「おいしいわよ? ベーコンとか久しぶりだし、オルフェウスの味がするわ。なんか懐かしい感じ」


 スパイスを効かせたカリカリのベーコンを頬張りながら、ソラナは感想を口にする。そういえば、厨房に置かれているスパイスはオルフェウス産だったか。オルフェウス出身のソラナにとっては故郷の味なのかも。


「よかったー」と、顔をほころばせるルナを見ながら、俺も食事を進める。うん。相変わらずこのスパイスは美味しい。


 それにしても、ソラナが来て食卓が賑やかになった気がする。二人だけだと広すぎて、逆に寂しく感じていたし。


「……あれ? ソラナちゃん、朝起きて髪にブラシかけた?」


「へっ? 別にかけてないけど……?」


 そんなことを考えていた矢先、ソラナにサラダをよそっていたルナがそう口にする。


 当の本人は「髪の毛キシキシしてるし、ブラシなんて通んないわよー」と、気にしている様子は微塵もなかったけど、ルナは「駄目だよ!」と憤慨していた。女の子同士だし、気になったらしい。


「……もしかしてソラナちゃん、あまりお風呂好きじゃなかったりする?」


「お風呂なんて入ったことないわよ? オルフェウスじゃ、水は貴重だしねー」


 おずおずと尋ねたルナに対し、ソラナはあっけらかんと答える。国土のほとんどを砂漠に覆われたオルフェウス大陸では、確かに水は貴重だろう。場合によっては砂浴びをするって話を聞いたこともあるけど、それでどこまで体の汚れが落ちるかわからない。


「……それは良くないね。うん。良くないよ」


 ルナはまるで自分に言い聞かせるように頷くと、真剣な表情で俺の顔を見る。


「……ウォルスくん、ご飯食べ終わったら、お風呂沸かして」


「え、こんな朝っぱらから!?」


「うん。できるだけ急いでね」


 さすがの俺も驚いたけど、どこか怖い笑顔を浮かべるルナには反論できなかった。ソラナも同じようで、「あたし、お風呂とか別にいいんだけど……」と、ものすごく小さな声で言っていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※



 というわけで、俺は朝食を済ませるとすぐに家の裏手へ回り、風呂釜用のかまどに火を起こした。


「い、いいわよ! 一人で入れるから!」


「入ったことないって言ってたし、教えてあげるよ。いいから服脱いで!」


「きゃーーーー!」


 そろそろ沸いたかなー……なんて考えていたら、浴室から二人の声が聞こえてきた。ルナもテンション高いし、なんか楽しそうだ。


「あ、ちょうどいいお湯加減。ほらソラナちゃん、まずは石鹸で髪洗うよ」


「わひゃ! 耳の裏弱いの! やめて!」


「すぐ終わるから、我慢してねー」


 ……ごしごしと心地のいい音が聞こえる。当然、その様子はここからじゃ見えないわけだけど、泥まみれの子犬を洗っているような、そんな場面が想像できた。


「よーし、今度はあたしの番よね。ルナ、覚悟しなさい!」


「え、わたしはいいよ。定期的にお風呂入ってるし」


「問答無用ー! うりゃー!」


「わ、わわわ」


 ……火の番として、俺はここを離れられないんだけど、できたらもう少し小さい声で話してほしい。うまく表現できないけど、悶々とした気分になるからさ。


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