第47話『エルフの村を探して』



 翌日。街道が無くなった後もひたすら西に向かって歩いていると、やがて大きな森が見えてきた。


「あれがラグナレク大森林だ。この中に、エルフの村がある」


 詳しい場所はゼロさんも知らないのか……なんて考えていると、ゼロさんが小さな声で「あんま、行きたくねぇんだけどな……」と漏らしていた。


 どういうことだろうと思いながらも、俺たちは迷わないように木に目印をつけながら、慎重に森の奥へと進んでいった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「は、は、はっくしゅ!」


 森に入ってしばらくすると、ソラナが急にくしゃみをし始めた。鼻水もすごいし、どうしたんだろう。


「もしかして風邪か? 昨日、腹出して寝てたしさ」


「それくらいじゃ風邪ひかないわよ……ぶえっくしゅ!」


 声をかけると、再び大きなくしゃみをした。それを見ながら、ゼロさんが「たぶん、胞子病だな」と笑っていた。


「……胞子病? なにそれ」


「この森特有の病気でな。個人差はあるが、森の中に自生してるキノコの胞子を吸い込むと、身体が反応して涙と鼻水、くしゃみが出る」


「それだけ?」


「ああ。それだけだ。森から出れば自然に治まるせいか、特に治療法もない。鼻に栓でもして、耐えるんだな」


 がははと笑うゼロさんを尻目に、ソラナはなかなかにきつそうだ。あれだけ鼻水が出てたら。匂いも分からないだろうし。


「胞子ってくらいだし、鼻からキノコ生えてきたりしないわよね……」なんて、冗談とも本気ともつかないことを言っていた。


 初めて森に入る俺やルナには症状が出ていないし、個人差があるってのも本当らしい。まして、ソラナは砂漠の国の生まれだ。植物が少なくて、耐性がないのかもしれないな。




 ……そんなことがありながらも、俺たちは森の中を進む。時折ソラナが豪快なくしゃみをする以外は、特に何も起こらなかった。


 まぁ、地面に苔が生えてて滑りそうになったり、木の根っこに足を取られたりと、森特有の歩きにくさはあったけど。


「ここまで来てあれなんだけど、もし……」


 ざくざくと落ち葉を踏みしめながら歩いていると、後ろの方でルナが小さな声で言う。


「なに?」とソラナが聞き返すと、「もし、ロッドさんがいなくて、この鍵が直せなかったらどうしよう」と、遠慮がちに言葉を紡ぐ。


 ルナの不安はもっともだ。いくら長命のエルフといえ、いつまでも村にいるとも限らない。もしかすると、何十年も前に村を出ていってしまってるかも。


「その時はその時で考えればいいのよ。鍵を壊しちゃった責任もあるし、いざとなったら、あたしがその鍵のかかった扉を叩き壊してあげるから」


 ソラナは努めて明るくそう言って、「考える暇があったら、さっさと進むわよー」と、ルナを鼓舞していた。


 ……扉を叩き壊す。ソラナなら本当にやりかねないと思った。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……次第に森の奥深くへと進んでくると、突然開けた場所に出た。十字路のように道が伸び、その真ん中に一本、大きな木が生えていた。


「ちょうどいい。ここなら見晴らしも良いし、少し休もうぜ」


 ゼロさんがそう言って、木の根を椅子代わりに座り込む。慣れない森歩きに俺たちも足に来ていたので、ゼロさんに倣って腰を下ろす。


 ソラナは「あー、きっつぅ……」と言いつつ、その辺の葉っぱを拾って鼻をかんでいた。目の周りも赤いし、胞子病はますますひどくなってるみたいだ。


「ところで、分かれ道みたいだけど、エルフの村はどっちかな」


「わからねぇな……この気を目印に、それぞれの道を一本ずつ調べてみるしかねぇ」


 ゼロさんが後ろ手で、座っている木の幹を叩く。こりゃ、一筋縄じゃ行かなそうだなぁ……なんて思った矢先、頭上から甲高い声が聞こえた。見ると、一羽の大きな鳥が翼を広げた格好で俺たちを見下ろしていた。


「げ、何だあの鳥」


「ラグナレクイーグルだ。まだ生き残ってたんだな」


 ゼロさん曰く、王家の紋章にも使われている高貴な鳥らしい。それこそ、その羽根はまるでロイヤルブルーのような綺麗な青色だ。一方でその数は減っていて、ゼロさんも久しぶりに見たらしい。


「あの鳥さんに聞いたら、エルフの村がどこにあるか教えてくれたりしないかな」


 でかい鳥だなぁ……なんて思っていると、ルナが呑気にそんなことを言っていた。いや、さすがにわからないと思うけど。


 その矢先、鳥が再び大きく鳴いた。身体も大きい分、声も大きいな。


「あー、このまま西にまっすぐ進めって言ってるわよー……っくしゅん!」


 ソラナが再三くしゃみをしながら、当然のように答える。思わず「え、本当?」とルナが聞き返していた。


「ホント。あたし、こう見えて動物の言葉が分かるから」と、得意顔で返す。


「動物との会話……オルフル族特有の能力だな。半信半疑だったが、本当だったのか」


 ゼロさんが感心し、ルナは「動物と話せるなんて素敵だよ。なんで黙ってたの?」と驚愕の表情を見せる。


「だって話せるってわかったら、オルフル族ってバレちゃうじゃない……はっくしゅ!」


 ……そういえば、初めて会った時もソラナは猫と喋っていた気がする。あれ、本当に言葉がわかってたのか。


「動物だけで、魔物とは意思疎通できないけどねー。はっくしゅん! ううー……」


 ……ソラナ、本当にきつそうだな。こりゃ、早くエルフの村を見つけないと。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 鳥に示された道を進んでいくと、急に一面の花畑が現れた。


「こりゃまた、唐突だな」


 先頭のゼロさんが足を止め、咲き乱れる花を眺める。


 俺も隣に立ち、同じように花畑を見渡す。見たこともない黄色い花だ。全く日も当たっていない森の中で、どうしてここだけ花が咲いてるんだろう。不思議というか、妙な違和感を感じた。


「奥に道が続いてるし、あの鳥に騙されたってことはないだろう。進もうぜ」


 その違和感を払拭できないまま、俺たちは花畑の中を進む。花自体は何の変哲もない花だ。ただ、綺麗すぎるような……。


「……わあっ!?」


 その時、背後からルナの叫び声がした。


 振り返ると、俺とゼロさんの後ろを歩いていたルナとソラナが、真っ黄色の煙に包まれていた。あの煙、どこから湧いてきたんだ?


「あ……れ……?」


 驚いていると、ルナが力が抜けたように、その場に倒れ込む。即座にソラナがその身体を支えてくれていた。


「おい、二人とも大丈夫か!?」


「ウォルス、近づくな!」


 二人の方へ行こうとした直後、ゼロさんに制止される。


 反射的に下がると、地面から何本もツタが飛び出してきた。続けて花畑が盛り上がり、赤黒いカエルのような大きな生物が現れる。


 俺たちが呆気にとられていると、そいつは背中に生えた大きな蕾の中へ二人を飲み込んでしまった。なんだあいつ。魔物なのか!?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る