第15話『月の国の伝承』




 村長の家へと戻り、厨房脇の食糧庫へ向かう。


 チーズとパンはまだ余ってるからこれを出すとして、メインとなりそうな食材はベーコンとハムが少しだけ。


 もらった野菜はそれなりの量があるから、スープにしようかな。


「よう」


 食材を前に腕組みをしていると、ゼロさんがやってきた。


「せっかくだ。俺も手伝ってやるぜ」


「え、ゼロさん、料理できるのか?」


「おうよ。商人たるもの、いつ何時食料事情が苦しくなるかわからねぇからな。かまどはここを使って良いのか?」


 そう言うと、ゼロさんは慣れた感じにかまどへと向かう。


「ありゃ? 薪はあるが、火打ち石が見当たらねぇな……」


 そしてキョロキョロと周囲を見渡す。実はこの家に火打ち石はない。


「火は俺が付けるんだよ。少し離れててくれ」


 ゼロさんにその場を離れてもらい、俺は薪に向かって手をかざす。直後、何もない所から真っ赤な炎が出現し、薪へと燃え移った。


「……そうだったな。火の魔法が使えるんなら、火打ち石なんていらねぇよな」


 ゼロさんは驚いた顔をしていた。村へと戻る道中、遭遇した魔物を何匹か焼き払ったのだけど、失念していたみたいだ。



 ……その後、ゼロさんと二人で食糧庫を覗き込む。


「良い感じのハムがあるな。ソテーにしないか?」


「それもいいけど、油がないんだよ」


 さっきの話じゃないけど、それこそ、村では手に入りにくい品の一つが油だ。


 燃料として使う木の油はあるけど、匂いがひどくて料理には使えないし。


「俺は商人だぜ。いいもんがある」


 ゼロさんはそう言うと、どこからか小瓶を取り出した。綺麗な琥珀色をしたそれは、どうやら上質の食用油みたいだ。


「オルフェウス産のスパイスもあるから、ガンガン使っちまおうぜ」


 そう言いながら、さっきのとは別の小瓶も取り出していた。スパイス? なんだろう。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……その後、村長を加えた三人で晩飯を済ませた。


 ゼロさんが提供してくれた油のおかげでハムも柔らかく仕上がっていたし、スパイスのおかげで味付けもワンランク上になっていた。


 村長も普段と違う味付けに驚いていたけど、ゼロさんに手伝ってもらったことを話すと「客人に何をさせておるか!」と怒られてしまった。美味かったんだし、いいじゃん。


「……それで村長、昼間の件についてなんだが」


 すっかり日も暮れて、蝋燭の僅かな明かりの下で食後のお茶を飲んでいると、ゼロさんがおもむろに口を開く。昼間の件というのは、間違いなくあの兵士たちの話だろう。


「……何か探し物をしている様子でしたな。まぁ、勘違いでしょう」


 話を切りだしたゼロさんを一瞬だけ見て、村長はそうお茶を濁していた。


「あの兵士たちが探してたの、このペンダントだったんじゃねぇか?」


 ……直後、ゼロさんは懐から例のペンダントを取り出して見せた。それを見た村長は目を丸くする。


「ゼロ殿、これをどこで?」


「日中、ルナから預かった。持ち主を探してほしいってな」


 説明しながら、ペンダントを食卓に置く。


「当初は王都の知り合いにでも見てもらおうかと思っていたが……あの兵士たちを見るに、どうもきな臭い匂いがしやがる。村長、何か知らないか?」


「うーむ……朝早く、ルナがこのペンダントを持って訪ねてきた時は、よもやとは思ったが……」


 村長は口元に手を当てて、考えるような仕草をする。どうやら、俺が朝練に行っている間にやってきていたらしい。あいつ、そんな時間から持ち主を探してたのか。


「……ウォルスよ。これは本当にルナが見つけたのか?」


「ああ。この間、採集の帰りに見つけたんだよ。草原の真ん中に、大きな木箱落ちててさ……」



 ……どこか慎重にペンダントを持ち上げている村長に、俺はペンダントを見つけた時の状況を詳しく話して聞かせた。


「……それで、その小箱はルナが触ったら簡単に開いたんだ」


「その中に、このペンダントが入っていたというのじゃな?」


 村長は普段あまりかけない眼鏡をかけ、まじまじとペンダントを見ていた。


「まさかとは思うが……伝承の通りだというのかのぉ」


「伝承?」


 俺は思わず聞き返す。そんなのあったっけ。


「馬鹿者。歴史の授業できちんと教えたはずじゃぞ。月のペンダントの話じゃ」


「あぁ……」


 言われて思い出した。この世界に遥か昔から伝わっている話らしいけど、その内容はおとぎ話に近かった気がする。


「それによれば、月のペンダントは月の国へ導く鍵だとある」


「つまり、これがそうなのか?」


 俺は卓上に戻されたペンダントをじっくりと眺める。暗がりで見ると、月のような淡い光を放っているように見えなくもない。


「……その話、俺も聞いたことがあるな。月のペンダントによって月の巫女が選ばれ、民を月の国へ導く……ってやつだろ」


 その時、しばらく沈黙していたゼロさんが話に入ってきた。


「……ということは、その月の巫女ってのにルナが選ばれたっていうのか?」


「ううむ……」


「……状況を聞く限り、の可能性は高いだろうな」


 言い淀む村長の代わってゼロさんが俺の質問に答えてくれた。


「俺たち商人の間では、月の国には多くの財宝や、今は失われた技術が眠っている……というのが定説になっている。あの兵士たちの目的はもしかすると……」


 ゼロさんもそこで、言葉を詰まらせる。


 そこから先はどんなに考えても、悪い想像しかできなかった。


 あの兵士たちは月のペンダントに選ばれたルナを探しに来た可能性が高く、ペンダントを返せば万事解決……なんて単純な話じゃなさそうだ。


 むしろ、ペンダントを渡すことで村ぐるみでルナを匿っていた証拠と言われてしまうかもしれない。


「奴らの正体もわからぬし、これ以上は我々の手に余る。明日、ソーン様にも相談することにしよう」


 その場を何とも言えない沈黙が支配した時、村長がそう言って立ち上がる。


「でもさ……」


「ウォルス、深くは考えず、今日はもう休むのじゃ」


 言葉を探す俺をあえて無視して、村長は自室へと戻っていった。



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