第16話『眠れない夜』



 ……結局その場は解散となってしまい、俺は自室へと戻ってきた。


 身体は疲れているのでベッドに横になるけど、さっきの話が頭から離れず、全く眠気がやってこない。


「深く考えるなって言ったってさ……」


 ……ルナが月の巫女?


 ちょっとどんくさくて、料理と裁縫が得意で、リンゴが好きな、普通の女の子だぞ?


「くそ。なんであいつなんだ……?」


 寝返りを打って悪い考えを消そうとするけど、うまくいかなかった。すごく、胸がざわつく。


「……よう。まだ起きてるか?」


 そんなこんなしていると、ずいぶん時間が経ってしまったらしい。部屋の扉がノックされて、ゼロさんの声がした。


「ああ、起きてるよ」


 このまま横になっていても到底眠れる気がしないし、俺は返事をして、身を起こした。


 直後、明かりを持ったゼロさんが入ってきた。反対の手には二本の小瓶を器用に持っている。


「あんな話の後で、きっと眠れてねーと思ってな。寝酒でもどうだ?」


 そう言いながら俺の隣に座り、小瓶を差し出してきた。これ、酒なのか。


「俺、まだ十七なんだけど」


「お? まだ未成年だったのか。そりゃ悪かったな」


 ゼロさんはバツが悪そうな顔をしながら、酒瓶の一つをしまった。悪いけど、飲めるようになるには後二年は必要だよ。


「じゃあ、眠れるように少し話をしてやろう」


 自分の酒を一口飲んでから、二カッと笑いながら言う。どんな話かわからないけど、少しは気分も晴れるかもしれない。


「他の大陸の話なんてどうだ? 行ったことねぇだろ?」


「いや、ないけど……ゼロさんは行ったことあるのか?」


「おいおい。俺は商人だぜ? 仕入れのために、許可証は持ってる」


 そう言うと、二本の指に挟んだ許可証を見せてくる。本物、初めて見たな。


「最近はオルフェウス大陸に行ってきた。スパイスの仕入れにな」


「もしかして、夕飯のスパイスがそうだったのか?」


「おうよ。あの大陸には、スパイスを使った料理がたくさんあるんだぜ」


「へぇ、そうなのか」


 確かにあの粉を振りかけるだけで豚肉の味が変わったし、特産品っていうのも納得だ。



 ……その後も、砂漠の国の変わった風習や、雪の国にある巨大な雪山の話など、面白おかしく話をしてくれた。


 急に他の大陸の話なんでどうしたのかと思ったけど、先の話で少なからずショックを受けてる俺を励ましてくれたみたいだ。


「お前にその気がありゃ、一緒に商人やらねーか?」


 お酒が入っているせいか、ゼロさんは饒舌だった。


「はは、考えとくよ」


 そうは答えたけど、俺は村の皆に恩返しするためになんでも屋をやっているわけだし、そう簡単に廃業なんてできない。


 あの兵士たちのことが気にならないと言えば嘘になるけど、村から逃げる選択肢は今のところない。


「……もし村を離れたくなったら、いつでも頼れよ?」


「え?」


 まるで心を見透かされたような言葉に、一瞬ドキリとなる。


「今のところ、脱出は考えてないよ。第一、この村が大好きなルナが了承するはずがないしさ」


 そう答えてみたものの、何とも言えない恐怖感が俺の中で膨らんでいた。


 先の兵士たちがルナを狙っているというなら、ゆくゆくは村から逃げるという選択肢もあり得るんだろうか。


 その時は渡航許可証を持つセロさんを頼る必要があるかもしれない。


「……そうか。もし気が変わったら、いつでも言えよ」


 ゼロさんは俺の返事をわかっていたかのように言い、酒瓶を持って窓の外を見やる。


 その窓の向こうには、見慣れた月の国がぼんやりとした光を放ちながら夜空に浮かんでいた。


「……月の巫女、ねぇ」


 ぐびっと酒瓶を傾けながら、ゼロさんが呟く。


「……俺、未だに信じられないんだ。ルナが月の巫女だなんてさ」


「……あの時はああ言ったが、決めつけるのは時期尚早かもしれねぇ。このペンダントが偽物って言う可能性もなきにしもあらずだ」


 その言葉を聞いて、心のどこかでそうであってほしいと願う自分がいた。そうなれば、これまでの不安は全て杞憂になるのに。


「この手の伝説の品ってのは、おのずと偽物が出回るもんだしな。不死鳥の羽とか、聖獣ユニコーンの角とかな」


 身振り手振りを交えながら、そう話す。ゼロさんは商人だし、そういう品物に出会ったこともあるのかもしれない。


「……ただな」


 ゼロさんはそこで一度言葉を区切る。


「もし何か事が起こったら、その時はお前がルナを守ってやるんだぞ?」


「……言われなくてもそのつもりだよ」


 先程とは打って変わって真剣な表情のゼロさんに向けて、俺は自然にそう答えていた。


「その返事を聞いて安心したぜ。そんじゃ、俺の話はここまでだ」


 ゼロさんはそう言って俺の肩を叩くと、右手をあげながら部屋を出ていった。


 色々話せて楽になった気がするし、今度は俺もすんなりと眠れそうだった。


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