第14話『不穏な影』



「そういや、ゼロさんも村長の所に行くって言ってたっけ……」


 教会の扉を閉めると同時、そんなことを思い出した。


 もしかして、夜もあの人と一緒になるのかな……とか考えながら、村長の家に向かって歩く。


 するとその途中、村の中心にある井戸の周りに大勢の村人が輪になっていた。皆、夕方の忙しい時間のはずなのに。どうしたんだろう。


「あれ? 皆集まって何してんだ?」


 その輪から少し離れ、木の陰に隠れるようにしていたゼロさんの姿を見つけて声をかける。


「……あれ、見てみな」


 ゼロさんが人混みの中心を指差す。視線を送ってみると、そこには村長と、三人の兵士の姿があった。


 その兵士の中に一人、抜きんでて体格の良い兵士がいた。黒を基調とした鎧を身にまとい、兜の隙間から覗くのは褐色の肌と、赤錆色の髪。


 他の二人に比べると着ている鎧も立派だし、まるで騎士みたいだ。でも、以前見たことのあるラグナレク王国の騎士……とは、格好が違う気がする。


「……じいさん、もう一度だけ聞くぞ?」


 その時、耳をそばだてるまでもなく、野太い声が聞こえてきた。語気が強いし、いらついているみたいだ。


「……この村で最近、変わったペンダントを拾った奴がいないか? 恐らく、女だ」


 ……ペンダントという単語を聞いて俺は息を呑む。思わず隣のゼロさんを見ると、懐を押さえていた。


「ふーむ、知らんのぉ」


 いつもの村長らしからぬ、気の抜けたような返事をしていた。


「見ての通り、寂れた小さな村じゃからのぉ。誰かがそんな品を持っておれば、すぐに噂になるわい」


「……そうかい。よう! お前らも知らないか!?」


 村長相手ではらちが明かないと判断したのか、その黒騎士は集まった村人たちにそう質問を投げかける。


「月のような光を放つ、これくらいのペンダントだ。この小箱に入っていた」


 そう言って掲げられた手には、つい先日に採集の時に見た小箱が握られていた。間違いない。こいつらは、俺とルナが拾ったペンダントを探している。


「こっちは証拠を掴んでるんだ。早く差し出した方が身のためだぜ?」


 黒騎士は腰の巨大な剣に手をかけながら、そう凄む。今度はあからさまに脅しをかけてきた。


「……」


 ……そんな中でも、村の皆は一様に沈黙を貫いてくれていた。


 ルナが朝からペンダントを身につけて、持ち主を探し回っている姿を見ていたにもかかわらず……だ。


「ダンマリか……どうやら、痛い目を見ないとわからねぇか? あぁ?」


「うわぁあ!?」


 そう言うが早いか、偶然目の前にいたダンの胸ぐらを掴んで、高々と持ち上げる。


「あいつ……!」


 思わず身体が動きそうになったのを、ゼロさんが無言で制止してくれる。あ、危なかった。


「お前、知らねぇか?」


「し、知らないよ! そんなもの、見たことも聞いたこともない!」


 そしてどんなに脅されても、ダンは口を割らなかった。


 それを見て俺は察する。皆、ルナを守ろうとしてくれているんだ。


 もしペンダントを渡せば、芋づる式にルナが拾ったことが明るみに出る。そうなれば、あいつらはルナに何をするかわからない。


「……やれやれ。聞くだけ無駄か」


 やがて、黒騎士は放り投げるようにダンを解放した。ダンはかなり太っているんだけど、その彼を片手で軽々と扱っていた。なんて力だ。


「お前らがその気なら、俺たちも次からは多少強引な手段を取らせてもらうぞ。また来るからな」


 そこまで言うと、兵士たちは集まっていた村人たちを押しのけながら村から去っていった。皆のおかげで、この場は何とかなったみたいだ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……あの怪力。さっきの奴はオルフル族だな」


 去っていく兵士の背中を見送った後、ゼロさんがそう呟く。


「え、オルフル族ってなんだっけ?」


「西の空に浮かぶ、砂漠の大陸に古くから住む種族だ。褐色の肌と、獣のような耳、そして怪力が特徴だな」


「ああ、そういえば昔、勉強の時間にそんなことを聞いた覚えがあるような……」


 兜に隠れて耳は見えなかったけど、肌はゼロさんの言う通り褐色だったし、怪力を持っているんなら、ダンを軽々と持ち上げたのも納得だ。


「む、ウォルスよ。戻っておったのか」


 妙に納得していると、俺に気づいたらしい村長が声をかけてきた。


「村長、さっきの奴らはなんだ? 見るからに怪しかったな」


「……なんじゃ、見ておったのか」


 反射的に疑問を投げかけると、一瞬、村長の表情が曇った。できたら見られたくない状況だったのかな。


「お前は何も気にせんでいい。それより、戻ったのなら早く夕飯の支度をせんか!」


 そして次の瞬間、そう一喝された。疲れて帰ってきたってのに、理不尽なことこの上ない。


「まぁそう言ってやるなよ。今日一日、ウォルスはよく働いてくれたぜ?」


「おお、これはゼロ殿。このような時間に村にいらっしゃるとは」


 そのタイミングで、ゼロさんが俺たちの間に割って入る。村長の反応を見るに顔見知りみたいだ。


「あれ? 二人って知り合いなのか?」


「うむ。こんな辺境の村にわざわざ品物を卸してくれるでな。村の会合で何度か会ったこともあるわい」


 確かに街道ができたと言っても、この村は王都からかなり離れている。自給自足が基本の村でも、どうしても手に入らないものとかあるし。ゼロさんみたいな商人の存在はありがたいわけだ。


「ところで、ゼロ殿はどうしてこんな時間に村へ?」


「ソーンに頼まれた荷物があってな。ウォルスやルナと一緒に運んできたんだよ」


 ゼロさんはばつが悪そうに頭を掻く。本来なら馬車があったはずだし、ここまで遅くはならなかったはずだ。


「それで村長、突然で悪いがどこか空いている家がないか? 今晩、泊まるところが無くてよ」


「大方、今日もウォルスの奴が手間取らせたので遅くなったのでしょう。是非うちに泊まっていってくだされ」


 村長はそこまで話すと、俺やゼロさんの返事も聞かずに家の方へ戻ってしまった。えぇ……何この反応の差。


「……はぁ。ということは、晩飯は一人分多く用意しないといけないわけか」


「村長の話からして、お前も一緒に住んでる感じだったもんな。一晩、よろしく頼むぜ」


 思わずそう漏らした俺の肩に手を置いて、ゼロさんは満面の笑みを浮かべていた。


 俺は食糧庫に残っている食材を思い出しながら、大きなため息をついたのだった。


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